第14話 魔術具

この世界の魔術書を読んでがっかりした。

まるで壁に掛ける綴織つづれおり(タペストリー)を見ている気分であった。

この1つ1つの絵にも意味がある。

魔方陣と組み合わせて短文詠唱で魔法が発動できる。

この理論は同じだ。

だが、目的がまったく違った。

魔法の詠唱を盗まれないようにワザと複雑に詠唱を作っている。

詠唱を端折ると詠唱が成立しない。


初級魔術の魔術書だから残念なのか?

初級魔術ですら隠蔽の対象になっているのか?

この世界の魔法使いの意図が読めない。

魔術書には1つ1つの言葉が持つ意味の説明がなかった。

これでは精霊との対話が成立しない。

本当に発動するのか?

暗号解読書の間違いではないかと首を捻った。


賢者の魔法はもっと単純だ。

○△□を基本の形に定め、礫、矢、槍、柱などの象形文字と光・闇・火・水・風・土の精霊紋を組み合わせる。

配置に意味があり、その魔法の種類や威力が変わってくる。

さらに距離や方角を組み込んでゆくと完成する。

無駄なモノをすべて削ぎ落とし、魔法の発動速度のみと求めていた。


「これがそよ風の魔法だ・・・・・・・・・・・・」


俺がぶつぶつと一人言を呟いていると姉が声を掛けて来た。

少し放置し過ぎたようだ。


「ア~ル、何しているの?」

「パズルです」

「私もやる」

「判りました。待って下さい」


うん、姉の返事が軽快だ。

俺は手書きでわら半紙に『そよ風』の魔方陣を2つ書いた。

1つ魔術書の魔方陣を移し、もう1つは賢者の魔法陣だ。

配置は違うが恐らく同じ魔法だ。


「同じモノを探します」

「同じモノって?」

「この三角形が、こちらのここに隠されています」

「わぁ、ホントだ」

「ですから、こことこちらの絵は同じです」


うんうん、姉が頷く。

判っているは怪しいが、素直に聞いてくれる。

次の角を指差して、次の形と絵が同じと理解してくれた。

指を差して「これとこれも同じね」と当てた。

最初の三角形を理解できて喜んだ。

だが、そこで終わりだ。

次に四角の配置を教え始めるともう飽きたらしい。


「ア~ル、お外に行きましょう」

「姉さん、俺は・・・・・・・・・・・・」

「お外に行くの。うちに籠もっていてはダメって母さんもいった」


俺は魔術書を片付けるとお散歩だ。

まだ、遠くに行っては駄目と言われているので家がある6区の周辺を回っている。

6区の東側に林があり、兄らの秘密基地があるそうだ。

姉もその場所を知らない。

どうやらワザと知らせていないようだ。

何となく判る。

林の先に倉庫街があり、その先が中央道だ。

だが、姉は林に向かわず、店の前を通って南に降った。


「この草むらの向こうにわたしたちのお花はたけがあるのよ」

「私達? 姉さんも友達がいたのですね」

「いるわよ」


ふんと姉が横を向いた。

気分を害したようだ。

姉は近所の女の子らからは避けられており、友達になれる雰囲気はない。

ガキ大将は顎が潰れて喋るのに苦労している。

この世界は治癒魔法があるので直るそうだが、貧乏な家ではそんな金はどこにもない。

体が無事ならば、問題ないという感じだ。

11区に入ると、えへへへとにこやかに子供達が姉さんに挨拶してくる。


「ふ~ふん、11くではてんしと呼ばれているのよ」


11区の女の子で苛められている所を助けてあげたらしい。

その倒した子供らが子分になった。

隣の区がちょっかいを出してくると姉が助っ人に入って調停する。

どんな調停なのだろうか?

ちょっと心配だ。

しかし、6区の悪魔は11区では本当に天使のように思われているだと?

子分の目もキラキラしている。


「姉さん、おはようございます」

「アネィサーさん、いつもお美しいです」

「これが例のお坊ちゃまですね」

「ア~ルよ」

「宜しくお願いします」


こいつら、ヤクザの子分か?

まぁ、確かに慕われているようだ。

子供達が姉を見つけて群がってくる。


「アネィサーさん、今日はどういう御用でしょうか?」

「ちあを知らない」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「どうしたの?」

「その・・・・・・・・・・・・何と言いますか。ちあなら売られたそうです」


先日、親戚の人が来て、ちあと呼ばれる女の子を引き取って行った。

隣町の商人の子に仕えさせる為に同い年の子を探しており、その家の使用人だった親戚がちあを引き取りに来た。

名目は丁稚奉公でっちほうこうだが、立派な人身売買だ。

僅かな金で娘を売った。

勤め先から奉公の給金の一部が実家に送られる。

お嬢様に気に入られれば、一緒に学校に通えるかもしれない。

母親が井戸端でそう話しているのを聞いた子がいた。


「俺、賄い奉公の子は妾にされるって聞いた」

「ちあはそんな子じゃない」


姉はちあの家に行ってちあを引き戻るように頼んだが、聞き入れてくれない。

貰ったお金はもう使ったそうだ。


「あんたがちあを買ってくれるのかい。それならば、手紙を書いて呼び戻してもいいよ」

「それはむり」

「じゃあ、家の事に口を出さないでくれるかい」

「でも・・・・・・・・・・・・」

「お嬢様に気に入られれば、ちおも幸せになれるのさ。邪魔をしないでおくれ」


そこで姉は黙った。

どうやら自分の無力さに落ち込んでいるらしい。

家に帰って、俺は母さんに聞く。

奉公は親戚などの素性が知れている者を使用人として雇うらしい。

賄い奉公はその使用人の下に付く。

身分が低い者が雇われる。

正式な使用人ではなく、手伝いとなり身分が保障されない。


扱いはその家によってまったく違うので、良かったか、悪かったかは一概に言えないようだ。

オバさんが言ったように家の者に気に入られて、使用人に昇格する者もいる。

お嬢様の使用人となり、ご学友になれる。

初等科を卒業できれば、どこでも就職できるようになり、好きな人と添い遂げる。

理想的なシンデレラストーリーだ。

だがしかし、奴隷に近いのでお手つきになる者もいる。

一家のお手つきなら大事にして貰える。

最悪なのは使用人の処理係にされ、孕めば無理矢理に降ろされて命を落とした娘もいたらしい。

すべてが運次第だ。

その日の姉さんはずっと静かだった。


昼から日課を終えて、夕食を終えると真夜中に魔道具の仕様書を読む。

どんな効果がある魔術具だろうか?

賢者の世界では魔力を高める指輪などが多く作られた。

仕様書などというモノがあるので、魔力を貯めて魔術を放つタイプかもしれない。

そう考えながら仕様書を開いた。


「嘘だろう!?」


そんな言葉が漏れた。

だが、俺の目はキラキラと輝いて魔道具を捕えて放さない。

あり得ない。

奇跡のような魔術具だ。

考えて見れば、転生者の記憶を探る魔術具もかなり高度な魔術具だ。

賢者の世界ではそんなモノは存在しない。

迂闊だった。

初級魔術の魔術書が陳腐ちんぷだったので勝手に落胆していた。

早計だった。

この世界の魔術も賢者の世界に劣るモノではない。


秘匿する事に特化している。

それだけ魔術の価値が高いと国が認識しているのだ。

様々な世界から知識を得ようとする貪欲さ。

そこから推測するべきだった。

この世界の魔術はかなり高いと判る。

だが、それを探るのは大変だ。

この世界の魔術はどうやら秘匿する事に特化している。


“魔術具を解体したい”


そんな願望が沸々と湧いてくるが実行できない。

壊す事はできない。

この指輪は、魔法陣の代わりになるのだ。

10個の魔法陣も収納できる。

仕様書には使用限度も書かれていない?

あり得ない魔術具だ。


この魔術具があれば、魔王の討伐も簡単だっただろう。

魔力が尽きるまで放つ事ができるとなれば、魔法使いの魔力量が重要になる。

戦略が一変する。

ありったけ魔法攻撃で魔王を弱らせてから攻撃を掛ける事ができる。

賢者も死なずに済むだろうし、勇者も楽だった。


魔法紙に書かれた魔法陣は10回程度で使えなくなる。

体に入れ墨で魔法陣を書く者もいたが、100回以上も酷使すれば、肌がボロボロになって使えなくなる。

肌に刻む魔法陣は複雑なモノは書けない。

それでも複合すれば、魔力の威力を上げられた。

魔王討伐の記録が記憶から湧いてくる。


あぁ~すれば、良かった。

こうすれば、効果が上がった。

あの選択は間違いだ。

生まれ変わっても賢者は後悔していた。

魔王の居ない世界、魔法も使えない世界で魔王を倒す事を只管に考察し続けている賢者は、何かに取り憑かれているように思えた。

あの魔道具では賢者の感情は入って来なかったが、1,000回以上も繰り返されれば、怨念は伝わった。

そのお陰で魔法の基礎もバッチリだ。


さて、どうするか?

この指輪には10個の魔法陣が書き込める。

10個を複合すれば、様々な魔法が組み込める。

夢が広がる。

賢者が羨ましがるに違いない。

何の魔法を組み込んでやるか?

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