第41話 マリンの素顔

 

 黒い鳥の精霊の尋問を終えたクイーンの話を地下の尋問部屋を目指しながら聞き、話をどう理解するべきかと脳の処理速度が追い付かない。尋問を実行したクイーンでさえ、お手上げだと肩を竦めた。


 牛の精霊モリーと共に行った尋問で得た情報はクイーンもどう飲み込むべきかと悩む程だった。精霊は嘗て『魔女の支配』を使って王国乗っ取りを企てた養子の憎悪の思念が精霊に乗り移った存在だった。当時のクイーンを知る口振りから、まさかと予想を立てたクイーンが厳しく尋問して漸く嘴を開いたのだ。

『魔女の支配』自体は精霊の力だが、目的の為に動いていたのはマリンだと。



「マリン=コールドの目的ってのがな」



 大きな溜め息を吐いたクイーンの心情は分からないでもない。

 悪女メーラを本来はヒロインマリンと結ばれるヒンメルと結ばれ幸福なハッピーエンドへと導くのがマリンの目的だと語られた。まず、ヒロインとは何だとクイーンは精霊に言いたくなるも口を挟まず言わせ続けた。



「ヒロインって……小説のヒロインの事でしょうか? 悪女がメーラ様なら、メーラ様と殿下をモデルにした小説があったのですか?」

「違うだろうな。俺もどう説明すればいいのか悩んでる。精霊から聞いた話をマリン=コールドに聞く。この方がいいだろう」



 親友と表しても過言じゃない仲の良さが目立ったメーラとマリン。そのマリンがメーラを悪女と言った。


 地下の尋問部屋に着き、見張りの騎士に声を掛け鉄の扉を開けさせた。

 中は質素なベッドとテーブルが置かれ、マリンはベッドの上で顔を膝に埋めていた。

 名前を呼ぶとマリンはゆっくりと顔を上げた。目元に出来た濃い隈と少々窶れた頬。いつもハーフツインに結んで揺らしていたオレンジ色の髪はボサボサ。尋問部屋の中ではまともに手入れはされない。虚ろだった目がラフレーズとクイーンを捉え光りが戻った。そして目を大きく開き高笑いを上げた。

 急なマリンの変化を緊張が格段に増した眼で固まったラフレーズは咄嗟に前に出たクイーンに隠された。



「あ、ははははははははははははは!!!!! ほらあ!!!! やっぱり、やっぱりラフレーズはクイーンを選んだ!! 私のしたことは無駄じゃなかった、これでメーラは、悲劇の悪女はヒンメルとハッピーエンドになれるのね!!!」



 耳を塞ぎたくなる甲高い笑い声に混ざった不可解な言葉を聞き逃さなかった。満足するまで笑ったマリンは肩で息を切らしつつ、顔に出す感情はまだまだ笑っていた。



「マリン嬢、今のはどういう意味ですか。私がクイーン様を選んだって」

「ええ? その通りじゃない。クイーンといるってことはヒンメルは捨てたんでしょう?」

「なっ」



 あんまりなマリンの言葉に絶句したんじゃない。

 瞳孔を開き、顔全体に狂気の笑みを押し出すマリンに恐れを抱いてだ。



「……俺がラフレーズといるとヒンメルはファーヴァティ公爵令嬢と一緒になるってか?」

「ええ、そうよ。メーラはね、可哀想な悪女なの。舞台装置の登場人物にとって役割は、物語を進行させる上でとても重要なのは私も分かってた。でも許せなかった。美貌も権力も才能も何もかもを持って生まれたのに、大人の下らない事情のせいで家に居場所が無かったメーラの性格は自分を守る為に歪み、好きな人には嫌われ最後には悲惨な末路。悪女だからって理不尽な終わり私は許せない!」

「1つ聞くが大人の事情って?」

「ふーん? クイーンのくせに知らないのね」



 目の前でメーラの家庭事情を話す少女は学院で何度か見掛けたマリン=コールド本人なのかと問いたくなった。学院にいるマリンと目の前にいるマリン。あまりにも違い過ぎて別人ではと勘繰りたくなる。

 王国で最も長生きな人外の魔術師が知らない情報を自分が知っている優越感に浸りながら、メーラの家庭事情をマリンはあっさりと話した。


 自分勝手で我儘、プライドだけは人一倍強く、下位の者を下に見るのは母メーロのせいだと。メーラが双子の妹アップルと夫トビアスの不貞の証というだけで虐待にも近い厳しい教育を課してきたメーロを憎むのは自然の成り行きだった。実母がメーロではなく、ふしだらと内心嘲笑うアップルと知らないメーラは厳しいだけのメーロより、誰よりも自分を認め愛してくれる父トビアスにしか懐かなかった。幸いにもメーラの周囲にはトビアスが直々に選抜した使用人しか付けられず、怖いメーロから守るように大事に育てられた。

 あらゆるお願いを叶えてもらったメーラは成長するにつれ、かなりの我儘な娘に育った。グレイスよりも厳しい淑女教育を受けさせていたメーロを益々嫌っていった。


 母には愛されず、姉にはどこか遠慮され、父だけが沢山愛してくれた。



「メーラの純粋な気持ちはヒンメルに向いたわ。ラフレーズが婚約者じゃなかったら、すぐにヒンメルの婚約者になれたのに!」

「どうだかな」



 政治のパワーバランスを平衡に保つのにファーヴァティ公爵令嬢が王太子妃になると権力が片方に集中してしまう。

 既に形成された性格ではヒンメルの心は動かされず、どころかラフレーズに嫌がらせをする嫌な女の認識を持たれた。



「お前が精霊に祈ったのはラフレーズとヒンメルの仲違いが多かったと聞くぞ。事実か?」

「当たり前でしょう。メーラを好きになってもらうには、まずラフレーズを遠ざけないと。まあ幸いにも、ヒンメルは元からラフレーズを嫌っているから、あまり強い力は使ってないって言ってたわよ」

「……何をどう願った」

「簡単よ」



 両手を組んで祈りの体勢を取った。こうして心の中で願ったのだと言う。


 ラフレーズとヒンメルの仲が悪くなりますように。

 ヒンメルに冷たくされたラフレーズの心がヒンメルから遠ざかりますように。

 ラフレーズがいなくてもヒンメルの側にメーラがいますように。

 メーラとヒンメルが結ばれますように。


 と、何度も願った。

 マリンの純粋な願いを黒い鳥の精霊が聞き入れ『魔女の支配』を使って叶えてきたのだ。『魔女の支配』と名前を出すがマリンは首を傾げた。どうやら力の効果は知っていても、名前までは知らなかったらしい。



「お前が願いを叶うよう頼んでいた精霊が使っていた魔法だ」

「あっそ。知らない。だって、私の願いは叶ってるんだもん」



 悪びれることもなく、満足と笑うマリンは足を伸ばして壁に凭れた。

 マリンの願いの数々を聞き、黙っていたラフレーズが不意に前に出た。「ラフレーズ?」クイーンから心配の声が上がるも大丈夫だと首を振ってマリンを見つめた。



「何故、その様な願いをっ」

「言ったでしょう。メーラとヒンメルのハッピーエンドの為だよ」

「それはメーラ様のハッピーエンドであって、殿下のハッピーエンドではないのでは?」

「はあ? メーラが幸せならそれでいいじゃない」



 つまりマリンにとって大事なのはメーラだけの幸福。これだけ。他はどうなろうがマリンにとっては無関係なのだ。

 震える手を握り、ある事を訊ねた。



「……さっき、私と殿下の仲が悪くなるようにと祈ったと言いましたね?」

「言ったねー。というか、ラフレーズは最初からヒンメルに嫌われてたんだから今更でしょう」

「私が殿下に歩み寄ろうとしても殿下が拒んでいたのは、マリン嬢と精霊の仕業ですか?」

「さあ? そうなんじゃない? ヒンメルとラフレーズが絶対に仲良くなりませんようにって願いはずっとしてるし」

「っ」



 手を握る力が強くなった。元からあったヒンメルの感情を利用したとも聞こえる。



「あんたにはクイーンがいるんだし、ヒンメルをメーラにあげたとこで損はないじゃん」

「殿下は物ではありません。マリン嬢が殿下や私の未来を勝手に決めないでください」

「そんなこと言って、もうヒンメルを好きじゃないでしょう? 小説とかなり内容がかけ離れたけど、あんたがヒンメルを再び好きになることは2度とない」

「勝手に決めないでくださいと言いました。私がこのまま殿下を嫌いなままでいるか、再びお慕いするかは私自身で決めます」



 ヒンメルからの耐え難い仕打ちが『魔女の支配』による増長だったなら、誰も気付かないのは納得もの。

 再び高笑いしだしたマリンを視界に入れつつ、不仲の原因を知れても許す気には簡単になれない。受けた仕打ちをラフレーズは覚えている。この先消える事も忘れる事もない。


 疲れ笑いを止めたマリンへの尋問はこの後も続けられたがどれも理性を疑う内容ばかり。長くしても時間の無駄だと判断したクイーンに部屋を出される間際、マリンに振り向きメーラの末路を伝えた。



「マリン嬢が話す悪女の末路は知りませんがメーラ様の末路ならお教えしますね」

「は」

「メーラ様は南国のハーレム王に嫁ぐことが決定しました。父親であるファーヴァティ公爵も一緒です」

「は……?」



 目を見開き、歪に口端を上げていたマリンは顔の動きを止めた。何度も瞬きをする姿が地味に怖い。

 瞬きを繰り返し、話の内容を飲み込んだらしいマリンの面が瞬く間に憤怒に染まった。怒り狂ったマリンが襲い掛かって来るも、クイーンによって展開された結界に激突してズルズル座り込んだ。

 俯いて肩を震わせていたマリンが顔を上げるなり、とても聞いていられない罵詈雑言を大声で食らった。



「何で、何でよおおおお!! クイーンといるなら、メーラはヒンメルといるんじゃないの!? なんでいないの!? 南国のハーレム王? そんなの、そんなの原作通りじゃない!! 南国に嫁がされたメーラは目の前で父親を殺されて剥製にされ、メーラ自身もハーレム王好みだからって裸にされた状態で絵の中に閉じ込められるのよ!?」



 南国のハーレム王は特殊な性癖を持っていると少し父シトロンが語ったが詳細な内容までは聞けなかった。こうやって聞くと話し難さを感じた。


 狂った叫び声を上げ続け暴れるマリンを外で待機していた牢番が入り込み鎮静剤を打たせた。やがて大人しくなったマリンをベッドに寝かせ、ラフレーズとクイーンは尋問部屋を後にした。





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