第7話 クイーンの言っていた精霊

 

 教室に戻ろうとしたものの、今の気持ちを思うと足が重くなった。今日は体調不良を装って早退した。メリーくんもその方がいいと鳴いた。あんな喧嘩腰でヒンメルと別れたのは初めてだった。大体は、不機嫌で黙ったままのヒンメルと俯きどんな言葉を掛けるか悩む自分がいただけ。遠目で見えた大きな鳥の精霊が介入したからああなった。帰る前にあの精霊に会わないと。

 今は何処にいるのだろうと、鞄を持って校舎を出たラフレーズは聞こえた呼び声に従い、校門ではなく裏庭へ足を運んだ。



「まあ」



 そこには、あの時いた精霊が待っていた。大きな白い体の鳥。見た目アヒルにしか見えないが、いかんせん体が大きい。例えで出すとダチョウ並に大きい。背中に小さな鞄を背負った精霊は、ラフレーズやメリーくんに初めましてと挨拶をした。礼儀正しく頭を下げたのでラフレーズも淑女の礼を取った。メリーくんも頭を下げた。



「クワ、クワワ」



 精霊は名をクエールといい、クイーンに事情を説明されて協力してくれる精霊だった。



「あなたがクイーン様の言っていた精霊なのね。よろしくお願いします」

「クワ!」



 任せろと羽を広げ胸元を叩いた。

 早速、クエールの知っている情報を聞くこととなった。

 寂れた長椅子の汚れを払い、上にハンカチを乗せて座った。



「クワ、クワ」



 クエールは魚が好きなのだが、学院に生える草も好物で。よく、牛の精霊と此処の草を食べに来る。今年の新入生が入学した辺りから、急に衰弱した精霊の数が多くなった。クイーンに助けを求め精霊を治しているが原因が不明。



「衰弱した精霊は魔力が枯渇しているのよね?」

「クワ」

「例えばなのだけど、精霊に魔力を借りて使用する魔術はあるの?」

「クワワ」



 ない、とクエールは首を振った。メリーくんも同意した。精霊が見える者にも不可能だと。確かにクイーンが精霊の力を借りて使う魔術があるという話はしたことがない。

 メリーくんがクエールに何かを言うが、言葉を遮断されてラフレーズには何を言っているか分からない。難しい顔をして両腕を組むように羽を組んだクエールが呻る。幾分かして首を振った。クエールも鳴き声を発するも、メリーくんと同じで言葉を遮断されたのでラフレーズは分からないまま。メリーくんに何を話したか訊ねても言えないと俯かれた。精霊同士の会話には触れない方が良いのかもしれない。


 ラフレーズは話題を変えた。



「じゃあ、衰弱した精霊が発見されてから変わった現象はある?」

「クワ」

「これもない、か。そうなると、衰弱した精霊を見つけた時に周囲を探る必要があるわね」

「メエ、メエ〜」

「今のところ衰弱した精霊の気配はない? ありがとう、メリーくん」



 メリーくんが周囲に感知能力を使って探って、今は異常が起きていないと知り、今日はもう早退すると教師に告げたので一旦解散となった。

 馬車を待つよりも早いとクエールが転移魔術であっという間にベリーシュ伯爵邸付近まで運んでくれた。驚く間もない。精霊にも人間と同じく、弱い精霊、強い精霊は存在する。クエールは長生きしているのもあり強い部類に入る精霊なのだとか。人間1人運ぶのは得意と胸を張られた。

 許可を貰って膨らんだ胸を触った。フサフサだった。



「ありがとうクエール」

「クワ!」

「メエー!」



 再び転移魔術を使ってクエールが姿を消すとラフレーズは歩いて門へ近付いた。門番はすぐにラフレーズに気付くと駆け寄り、事情を説明されると邸内へ飛んで行き執事を連れて来た。



「ラフレーズお嬢様! どうなされたのですか? それに歩いて帰られるなど……」

「ごめんなさい。具合が悪くなって今日は早退したの。歩いては帰ってないの、精霊が送ってくれて」

「そうでしたか。連絡が来ていなかったので驚いてしまい」

「私が戻るのが早かったのよ。お父様やお兄様は?」

「シトロン様は先程、王宮から遣いの者が来て登城しました。メルロー様は騎士達の鍛錬をするべく、騎士団鍛錬場へ。メルロー様は夕食までには戻るとのことです」

「ありがとう」



 2人の予定を執事から聞き、その内戻る父にヒンメルとの婚約の誓約魔術を解除したと告げよう。

 部屋に入ってソファーに腰掛けた。侍女が入り、気持ちが安らぐハーブティーが飲みたいと告げると「はい、お嬢様」と準備をするべく部屋を出て行った。



「お父様に話したら、どう言われるかな……」



 母が命を懸けて生んだ自分を大層可愛がり、大事にしてくれる父。ヒンメルからの仕打ちで何度も隠れて泣くラフレーズを案じ、婚約解消をしようと言ってくれたのも父。だが、その度に嫌だと言ったのはラフレーズ。

 頑張れば、頑張れば、ヒンメルはきっといつか認めてくれると信じていたから。


 ……結果は、悲しい結末に終わった。


 ラフレーズが意地を張ってヒンメルとの婚約に拘らなければ、もっと早くヒンメルは愛するメーラと一緒になれた。ラフレーズも要らぬ傷を負う必要もなかった。父や兄を心配させることもなかった。



「婚約の誓約魔術を解除したことだけじゃない、殿下との婚約を解消してもらえるようにお父様に言ってみましょう」



 こればかりは難しいかもしれない。

 何せ、ラフレーズとヒンメルの婚約は隣国との関係にも繋がる。現在、隣国は母の兄が王位を継いでいる。王の姪にあたるラフレーズに何ら問題がないのに、王太子との婚約が解消されれば黙っていない。両親の政略結婚も国同士の関係改善の為であり、2人の婚約も更なる関係強化の為。また、ベリーシュ伯爵家特有の膨大な魔力量に目を付けた国王の思惑もある。

 ヒンメルに他に好いた相手がいようが、ラフレーズが嫌われていようが個人の気持ちで簡単に解消されない。



「でも、いつまでも暗くなっていても物事は動かないもの」

「メエ」

「うん。クエールのお陰かな、まだ気持ちが強気でいられるの」



 魔術の効果が切れてしまう前に話してしまいたい。

 父の早い帰宅を願うラフレーズの願いは叶った。それからと割とすぐにシトロンの帰宅を知らされた。



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