12 樋川 絢音


虎太郎くんから、スマホに

“今、ドアの前だよ” と、読みようによっては怖い気がするメッセージが入って、ドアを開けた。

麻衣花が寝てるって伝えたから、たぶん気を使ってくれたんだろう。


「おじゃまします... 」と、小声で挨拶する 二人に

「どうぞ」と 挨拶を返して入ってもらう。

リビングへ通すと、虎太郎くんに

「絢音くん、これ お土産。こっちは南瓜プリンだから、冷蔵庫に入れといてもらえる?」と、ケーキ屋の箱を、美希ちゃんからは

「これね、お昼に作ってた ただのチャーハンなんだけど、絢音くん、朝も お昼も食べてないんじゃない? 虎太と食べて」と、二つのパックを渡された。


「うん、ありがとう」


どちらも受け取って、プリンの箱を冷蔵庫に入れると、冷蔵庫に入っている 飲み物をチェックする。水か お茶しかなかったので

「お茶でいいかな?」と 聞くと

「絢音くん、よかったら 私が注ぐよ。

グラスの場所だけ教えて」と、美希ちゃんが代わってくれた。


正直、何もする気になれなかったので、お礼を言って リビングへ戻ると、虎太郎くんが “どこに座っていいものか” といった感じで立っていたから、ソファーを勧める。


「麻衣花ちゃん、大丈夫?」


寝室のドアは開けっ放しにしていて、いつでも様子を見れるようにしてる。

ついさっきも覗いてみたけど、寝返りを打って横向きになっていた 麻衣花は、普通に寝ているようにしか見えなかった。


「うん、今のところはね」


朝の麻衣花には驚いた。

同級生が亡くなったことや、事件現場でスマホが見つかったことを知って、ショックを受けてしまっているのだろうけど、爪を噛みながら テレビ画面を見ていた顔が忘れられない。

まるで何かを憎んでいるような目になっていた。


本当に大丈夫なんだろうか... ?

俺自身が その不安を打ち消したいのか、虎太郎くんたちに聞かれると、“大丈夫” と答えてしまうけど。


「虎太、グラス 一個 持って。

絢音くん、ごめん。スプーンある?」


「おう」

「あ、うん」


美希ちゃんは、パックのチャーハンを皿に移して、電子レンジで温めてもくれていて、いつだったか 麻衣花が、“美希って、たまにママみたいになるの” と言っていたのを思い出した。こういうところなのかな?


スプーンを 二本 出して

「はい、絢音くんの」と渡されたチャーハンの皿も持って、リビングへ戻った。


床に座ると、テーブルに お茶を置いてくれた 美希ちゃんが

「ちょっと、麻衣花の傍に居てもいい?」と聞くので、頷き

「チャーハン、いただきます」と断って、虎太郎くんと食う。... 美味い。

焼豚と卵のチャーハンなんだけど、家庭で作った って感じの味で、ほっとする。

虎太郎くんたちの、こういう気取らないところが なんかいいんだよな。

自分では気付いていなかった 身体の緊張も解けた気がする。


「... あのさ、絢音くん」


虎太郎くんが 声をひそめて

「前に話した、あの女のことなんだけど」と、少し早口で言った。

美希ちゃんに聞かれないように だろう。

このくらいの声なら寝室には届かない。

届いたとしても、話の内容までは聞き取れないと思う。


「俺、警察に話してみようと思うんだよ」


スプーンで焼豚チャーハンを掬いながら、そう続けているけど、俺も小声で

「でもさ... 」と 返した。

「そのモデル級の女は、麻衣花たちの近くに “居ただけ” なんだよね?」と。

虎太郎くんは、その女が 麻衣花のバッグから スマホを盗ったところを見た訳じゃない。


「そうなんだよな...

“怪しかった” とか “勘です” じゃ、話にならねぇもんな... 」


残念そうに 山盛りに掬ったチャーハンのスプーンを口に運んでるけど、虎太郎くんも 麻衣花のことを心配してくれてるんだよな。それに、俺のことまで。


「俺も、その女は怪しい... とは思うよ

麻衣花のスマホを拾って、一度 話した人も女だったから 余計に」


チャーハンが口に入っている虎太郎くんは、“だろ?” と目で返し、飲み込むと

「警察から、まだ美希には連絡がないんだよな」と 首をひねっているけど、麻衣花のスマホを調べれば、クラウド上やマイクロSDに保存された 美希ちゃんとの写真も出てくるからなんじゃないかな?

メッセージアプリ上での会話も、捜査の名目でアプリの会社に問い合わせれば、やり取りの記録も分かるだろうし。

つまり、美希ちゃんは疑われてない と思うんだよな。

捜査に行き詰まったりしたら、“些細な情報でも... ” ってことで、何か聞かれるかもしれないけど。


そういうことや

「現場から回収されたスマホに、指紋とかは残ってなかったのかな?」とか

「犯人は 麻衣花のスマホで、被害者の子と何を話したんだろう?」と 話しながら、皿を空にした。


虎太郎くんに「美味かった! ごちそうさま」と お礼を言って、グラスも空にすると、コーヒーを淹れようか... と 二人分の皿を持って立った。

寝室の入口に寄って、美希ちゃんにも小声で お礼を言っていると

「絢音くん、これ... 」と、虎太郎くんが テーブルの上のスマホを指している。

俺のスマホは 棚の上で充電中で... あれは 麻衣花のスマホだ。


皿を持ったまま テーブルへ戻ると、虎太郎くんと 一緒にスマホの画面を見つめる。


画面は明るくなっていた。

着信や、メッセージの通知が入った訳でもないのに...


画面に並ぶアプリのアイコンを無視して、左上の方から黒い文字が現れてきた。


“i” と入ったものが、“い” に。

“m a” が “ま”、“d a” で “だ” となると、“今田” と漢字に変換された。


二人で 黙って画面を見つめ続けているけど、虎太郎くんも俺のように ゾッとしていることは分かる。こんなこと、ある訳がない...


文字は まだ続いた。

“k”... “来いよ”...  “戻って来い”...

“俺は、ここに居る”...


「麻衣花... 」


寝室から 美希ちゃんの声がすると、虎太郎くんが咄嗟に麻衣花のスマホを取り、電源を落とした。

それを俺に渡しながら

「起きた のかな? 見てきてあげたら?」と、上擦った声で勧め

「皿、よかったら、俺が運んでおくよ」と 手を差し出してくれている。


「あ... うん、頼める?」


虎太郎くんに答えた俺の声は 震えていた。

声だけでなく、二枚の皿を持っていた手も。


カチカチと音を立たせながら 皿を渡し、麻衣花のスマホは ジーパンの後ろポケットに突っ込む。

本当なら 処分したかった。

これを持っていたくない。

ベランダから投げ捨ててしまいたかったけど、そういう訳にもいかない。いかないだろう。


足が もつれないように気を付けながら、寝室まで歩いて 中を覗くと、ベッドの手前に座っていた 美希ちゃんの向こうで、麻衣花が半身を起こしていた。


「... あれ? 美希?」


自分を見上げている美希ちゃんに気付いた 麻衣花は、いつもの寝起きの感じと変わらなかった。

起きたら美希ちゃんが居た... と、不思議に思っているだけ という風に見える。


なるべく普段通りの声になるように、ふう... と 静かに息を吐いて、静かに吸い

「さっき、来てくれたんだ」と 麻衣花に言うと、入口に立っていた俺に気付いてなかったようで

「わっ、絢音」と 目を丸くして軽く驚き

「うん、そうなんだ」と、美希ちゃんに向き直った。 普通に見える。


「私、なんで寝ちゃってたのかな?」


眠る前のことは覚えてないのか... ?

それなら その方がいい気もするけど...


「いろいろ、疲れちゃってたんじゃない?」


美希ちゃんも普通の調子で返していて、麻衣花は

「そうかな?」と ベッドから足を下ろして、腰掛けた形になった。


「なんか、呼ばれてるような気がして、目が覚めたんだけど... 」


ドクッ と鼓動が跳ねた。

嫌でも、スマホ画面に変換されていった 黒い文字が浮かぶ。


「夢?」と聞いている 美希ちゃんに、首を傾げて応えた 麻衣花は、“ん?” と何かに気付いたように、シャツの上にから 腹に手を宛てた。


今度は「どうしたの?」と聞いた 美希ちゃんに

「なんだろう?

むずむずする っていうか、かゆい のかな?」と 答え、シャツの中に手を入れて 腹を触っている。


「なに? これ... 」


手を止めた 麻衣花が、おそるおそるシャツをめくると、赤いものが見えた。

ミミズ腫れのような線が 大きく十字に...


「麻衣花!」


美希ちゃんが 麻衣花の手を掴んだ時に、寝室の中へ走り、麻衣花を抱きしめると、腕の中で がたがたと震えている。


「大丈夫。大丈夫だから。な?」


根拠もなく、同じ言葉を繰り返した。

恐ろしさと、“どうして こんな目に?” という 微かな苛立ちも感じながら。


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