第5話 制裁

 オークも囚人だと!?

 シュランに言われて彼らの格好を改めて見てみる。


 確かに僕の着せられている服と似た服を着ている。命の危険が迫っていたというのもあるが、破けていたり、腰に巻いたりしているので今の今まで気づかなかった。


「念の為に確認したいんだけど、ここはアルカーゲンとかいう島で合ってる?」

「そうだね。合っているよ」

 収容される場所に間違いはないようだ。なら知らないといけないことがある。


「なぜ、僕らの国の島にオークがいるんだ? あいつらよそ者じゃないか」

「ああ、最初はビックリするよね。僕もそうだったな。この島は一般的な刑務所では管理下に置けないような囚人だらけさ。オークを普通の人間に管理させるなんて難しいだろ? 他にはスキル持ちや魔法適正者もいるね」


「いや、オークだよ? 人間がオークと同じ扱いなの?」

「まあ、そうだね。知性がある生き物は皆平等という考えが広まったせいだね。僕らの国は他種族の国や村とも交流を深めているし、犯罪者であっても、ぞんざいに扱えないんだろう。昔だったら他国籍・他種族の犯罪者なんて見つけたら殺していたらしいけど、今は捕まえて、この国のルールに則って裁かないといけないのさ。この島には他にもリザードマンやドワーフ、エルフとかがいるよ。ここでは彼らと対等に接しないと生きていけない」


「殺せないのなら、オークの村に返せばいいのに」

 僕はぼそりとつぶやいた。


「そんなことして、また犯行を企てられたらたまったもんじゃないだろ? この島に入れたほうが人々は安心するんだよ」


「そういえば船の中には人間しかいなかったけど」

「僕のときも人間だけだったな。他種族は人間より気性が荒かったり、匂いがきつかったりするからね。できるだけ種族ごとに分けて運んでいるみたいだよ」


 この島を出れたやつはいない。

 船で聞いた言葉の意味がやっと理解できた。


 他種族との共存なんて考えられない。オークやリザードマンは人間より体は大きいし、するどい爪や牙も持っている。武器を持っていない人間が敵う相手ではない。


「それはそうと大丈夫? 顔色が悪いよ」

 シュランが僕の顔を覗き込んできた。確かに体がだるい。海に落ちたり、焼かれそうになったせいだろう。


「疲れたんだね。早く休まないと」

 シュランはやさしく僕を気遣ってくれた。

 もう日もだいぶ落ちている。


「僕の寝床に入れてあげたいけど。ごめんね。訳あって無理なんだ。困ったな」

 しばらく考え込むシュラン。


「しばらく歩ける?」

「オークから離れられるのなら頑張れるさ」

「よし。ここから少し離れているけど人が住んでいるエリアに行こう」

「それって種族ごとにテリトリーがあるってこと?」

「そんな感じだね。このあたりはオークが多く住んでいる。人間は港付近に多いかな。過去にいろいろあって棲み分けが進んだらしいよ」


 こっちだよ、と言うとシュランは僕を海沿いに連れ出し、灯台の方向に歩き出した。


 僕はオークのテリトリーを犯したから死にかけたらしい。それなら、なぜシュランは無事なのだろうか。答えを出すにはこの島のことを知らなすぎる。


 道中、彼に聞いていいものかずっと悩んでいた。考え込んでいる僕を見て体調がかなり悪いとでも思ったのだろうか、シュランは話しかけてこなかった。そして目的地に着いた。


「見えてきたよ。あそこがこの辺りのグループが拠点にしている建物だね」

 石造りの大きな建物だ。窓がたくさんある。まるで宿みたいだ。


「あんな建物もあるんだね。なんだか安心したよ」

「昔、この島は有名な魔晶石の採掘場だったらしいよ。魔晶石があまり取れなくなってから長年放棄されていたんだけど、しばらくして刑務所の代わりに犯罪者を送り込むようになったみたい」


 そんなことを話していると、何者かがこっちに近づいて来るではないか。離れているが人間だとわかる。


「何だお前?」


 目の前に現れたのは体の至るところに切り傷のある男だ。凶悪な犯罪者だったのだろうか。だがオークに比べるとかわいいもんだ。物怖じせずに話すことができた。


「今日、この島に着いたレイと言う者だ。突然で悪いけど、休む場所を提供してもらえないだろうか」


 人の話を聞いているのだろうか。男はキョロキョロと周りを見渡している。

「おい、さっきここにシュランはいなかったか?」

「シュランなら近くにいるはず……あれ?」

 気づいたらシュランはいなくなっていた。


「あいつまた何か企んでいるな。で、お前は何だっけ?」

 やはり話を聞いていなかったか。仕方ない。もう一度話そう。僕は今日この島に送り込まれた囚人であること、そして助けてほしいことを伝えた。


「いいよ。来な」

 意外にあっさりと受け入れられてしまった。しかし、シュランはなぜ黙っていなくなったのだろうか。この人はシュランのこと知っているみたいだし、何か理由があるのだろう。せめてお礼を一言伝えたかったな。


 男に付いていくと建物に案内された。港や灯台に近いことから以前は宿舎として使われていたのだろう。「ボスの元に案内してやる」と言われ、食堂に連れて行かれた。


 食堂に行くと囚人が集まっていた。十数名はいるだろうか。その中心に二人の男がいる。片方の痩せた男はおどおどしている。どうやら目の前の男に怯えているようだ。その目の前の男は大柄で両腕にタトゥーがある。彼がここのボスに違いない。オーラが違う。


「お前が酒を盗んだのか? ああ!?」

「アザミ様、違います。私は盗んでいません。信じてください!」

「本当にお前じゃないんだな?」

「本当に本当です!」

「だとしてもだ、酒の数が合わない。貴重な酒が減ったのは管理担当のお前の責任だ」

「それは……うわっ! やめろ!」

 突然、周囲の囚人が痩せ男を捕まえ、あっという間に床に押し倒してしまった。


「アザミ様、何をするんですか?」

「お前がミスをしたのは今回が初めてだからな。小指で許してやるよ」

「ちょっと、待ってくださいよ。指って、小指をどうするんですか?」

「切り落とすに決まってんだろ!」


 他の囚人がアザミに何かを渡した。あれは刃物だろうか。


「無駄なあがきはするなよ。手作りのナイフは切れ味が悪いからな。抵抗すればするほど傷口が汚くなるぞ」

「嫌だ、許してください。何でもしますから」

 痩せ男は喉から声を絞り出して頼んでいるが、アザミは小指にナイフを当て、ゆっくりと刃を動かしだした。


 これ以上は見ていられない。

 僕は彼らに背を向け、目をつぶった。


 しばらくの間、男の叫び声が食堂に響いた。

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