不思議な気持ち

「どうも」


「こんにちは」


誠は、その人に頭を下げる。


「どうぞ」


その人は、家にあげてくれる。


「お邪魔します」


誠と私は、家に上がった。


懐かしい感覚がよぎる。

何でかな?私の親は、あんなに酷い人なのに…。


「お茶出しますね!そっちに…」


そう言って、寝たきりのお爺さんの所に連れてこられる。女の人は、緑茶を三つと麦茶を一つ持って現れた。


「どうぞ」


「いただきます」


誠は、迷うことなく麦茶を飲んだ。目の前にいる老夫婦は、ボロボロと泣き出している。


「葵、楓を抱かせてあげて欲しい」


「葵さんって言うんですか?」


「はい、初めまして!田辺誠の妻の葵です」


「初めまして、葵さん」


「来てくれてありがとう!葵さん」


そう言って、二人はボロボロと泣いている。


「娘の楓です」


そう言って、二人は楓を見つめる。


「ちあ、お二人にそっくりね!楓ちゃん」


そう言って女の人は、泣きながら楓の頭を撫でている。


「ありがとう、本当にありがとう」


そう言って、泣いている。

誠も泣いているから、私まで泣けてきてしまった。


「また、会えますか?」


さっきの人と同じ事を聞いてくる。誠は、首を横に振った。


「そうか!仕方ない」


お爺さんの言葉に、誠は涙を拭った。


「長生きしてください!いつか、大きくなった楓と会いに来ますから」


その言葉に、二人は頷いた。


「葵さん、誠さん、お元気で」


「ありがとう、わざわざ来てくれて」


老夫婦は、深々と頭を下げた。私と誠は、その家を後にした。誠は、チャイルドシートに楓を乗せる。


「帰ろうか?」


「うん」


誠は、車を走らせる。


「膝、痛くない?」


「大丈夫だよ」


「楓が保育園に入ったら、私も働くから」


「いいよ!無理しなくても…。まだ、貯金あるんだから」


「ありがとう」


あの日、誠は私の両親に300万を渡した。そして、家族全員で逃げるようにこの街を出た。私は、流れる景色を見つめながら思っていた。私が手にしたかった幸せを誠は与えてくれた。確かに、色んな事があったし、許されない事も沢山したけれど…。

それでも、今ささやかながら幸せを繋いでいるのは事実。


「葵」


「何?」


「わがままを聞いてくれてありがとう」


「いいの!全然。でも、三人とも素敵な人だったね!私達の両親とは、違った」


「そうだね」


「あんな人の子供に産まれたかった」


「そうだね」


「でも、誠のお陰で私は今、とっても幸せよ!だから、これからもよろしくね」


「当たり前だろ!俺だって、幸せなんだよ!今、凄く幸せだよ」


そう言っている誠の声は凄く明るかった。


「雪那と恭介も迎えに行こうか!」


「そうね」


「唐揚げ作るよ」


「嬉しい」


私と誠は、ニコニコ笑いながら帰る。ささやかながら、幸せな日々を手に入れる事が出来た喜びを私は、毎日噛み締めている。あの、地獄のような日々は過ぎ去り、普通に近い生活を手に入れる事が出来た。抜け出せないと思っていたのに抜け出せたのだ。だから私は、もうこの日々をけして手放したりはしない。

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