忘れないで

「あなたの絶望と誰かの切望が重なり合った時、そいつは実行する」


急に声がしゃがれていてビックリする。


「だから、忘れないで…。もう、相手と自分が溶け合って相手の意識になったとしても…。切望してはならない!相手が切望した事を切望すれば…。次は、お前の場所が奪われる」


最後の語尾の声量が大きくてビックリして私はお婆さんを見つめる。


「それだけは、忘れてはならない」


そう言って手をゆっくりとあげる。真っ赤なマニキュアを塗った爪が光っている。


「大丈夫!何もかも心配しなくていいから…」


そう言って、私は橋の欄干から離れて歩き出した。

お婆さんをもう見る事もせずに…。


子供がいない人生、旦那さんに愛されてる人生、普通ぐらいの収入があって、家があるのがいいわ、紅茶のティーカップがあって、手を伸ばせば買えるのにわざわざハイブランドを買わなくて中くらいの、そうMARSみたいなブランドぐらいがいいわ!後、日中はダラダラしても怒られなくて、ピシッとしてない方がいいわ!それから、宝石をもっていて欲しい!沢山なくたっていい!そこそこあって、キラキラを見つめられて!あっ、私みたいに虐待されていないのが条件じゃない。


(見つけたぁぁぁぁぁー)


低い女の人の声が響いた。


「えっ?」


「何?」


「何?」


突然現れた女の人が私を掴んでくる。


「離して」


ヒョイっと私と彼女の片足が浮いた…。何、この手…


見るからに大きな手がそうしている。


「やめて」


「いやー」


ゴンッ…


ゴロゴロ…


私と彼女は、河川敷の坂を転がっていく。


「嫌よ」


「やめてー」


ゴンッ……


嘘でしょ?


大きな手が、石を彼女と私に向かって投げつけた。

顔の周りに灼熱が広がる気がした。痛みがある…。彼女は、頭から血を流している。


【大丈夫、大丈夫。心配ないのよ】


まるで、子供をあやす母親の声がする。


【ほら、しっかりお手手を繋いで帰りましょうねー】


そう思ったのも束の間、不気味な女の声に変わった。

私と彼女の体をギュッーとその手がくっつける。


【足るを知らないから、こうなるのよ!フフフフフフフ、アハハハハハハハ】


狂ったように笑う女の声が響き渡る。


【あなたの絶望と彼女の切望がうまく重なり合ったわ!よかったわね】


私は、その手に頭を撫でられる。


【でもね、本当に幸せになれるのはね!………だから】


何を言ったのか聞き取れない。


【もしかするとその間にとんでもない事が起きたとしても!大丈夫!全部忘れちゃうから…。フフフフフフ、アハハハハ】


女の笑い声がどんどんどんどん遠くなっていった。


瞼が縫われたように、張り付いている。私は、まだ目を開ける事が出来ないみたい。

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