第14話 風を切れ!

 俺たちはいま、学校の体育館で男女混合となってバドミントンをしている。

 本当ならば分かれて授業を受ける予定だったのだが、雨で男子はサッカーができず女子に混ざることとなった。


 ダブルスなので、チームメイトがいる。

 違うクラスの知らない女の子だ。

 半袖のスポーツシャツにハーフパンツ姿をしており、まだ春なのに寒くないのか、とも思えてきて、見ているこっちまで寒くなってくる。

 身長は平均的だし胸もそこそこなのだが、やわらかそうな二の腕や股の筋肉に視線を奪われてしまう。


 さて。

 フォーメーションはよくわからないので、自陣のコートを半々に受け持つことに。

 よって、俺から少し離れた真横に、彼女の姿がある。


「楽しくやりましょうね!」


 彼女は、にっこりと笑顔を浮かべながら、そう言った。

 楽しむ? それは勝ってこそだ。負けたらなんも面白くない。悔しいだけ。

 だから、まず勝つ。とにかく勝つ。


 俺はオイルの乾ききったロボットのように、ぎぎぎ……とぎこちなくうなずく。

 を押し通したい否定と、彼女を傷つけたくない肯定がせめぎ合ったのだ。

 彼女に俺の心境などわかるはずもないが……。


「いっくわよー! 準備はいいわねー?」


 彼女の掛け声がはじまりの合図となり、打ち合いが始まった。

 バドミントンにおけるボールである『シャトル』が行き来する。


 シュパーン! シュパーン!

 彼女の打球は乾いた音を放つ。

 すごく心地よい音だと思った。


 対して、俺や相手チームの打球は……。

 パコンッ! パコンッ!

 なんか、違う。


 俺たちは、ネットを越えてかつ床となるべく水平な軌道を取るショット――覚えが確かなら『ドライブ』と呼ばれるものを打ち合っている。

 ただ、初速に比べて相手陣地に入ってからの減速がかなりあり、へなへなと球威がなくなってしまう。音が変なのは、たぶんそのせいだろう。……


 動きも、相手チームは、ぎこちない。きっと俺も似たようなもんだろうけど。失速してしまったショットを拾おうとすると、身体が前のめりに泳いでしまうのだ。それに対して勢いを戻すのは、俺と組んでいる隣の女子。

 というか、横目で見りゃあ、彼女の動作が異常になめらかなことくらいわかるし。よほど的外れなショット以外でなければ体勢を崩さない。重心は安定しており、あたかも手足の生えた一本の樹木が打ち返しているかのよう。それでいて素早い動きすら可能なのだから、特殊訓練を受けたエージェントなのではないか、なんて妄想をしてしまう。

 いったい何者だよ、と疑念を抱いたそのとき。


「ごめんね、ちょっといい?」


 彼女が相手チームに呼びかけて、打ち合いを中断した。

 どうしたの? とネットの向こう側から発せられる。


「わたしのバディが自分の打球に納得がいっていないみたいなの」

「ぐぬっ」


 見抜かれていた。

 なんだか負けた気分だ。

 俺が彼女のほうを見ると、彼女も俺のほうに向き直っていた。


「これでもバドミントン部所属の経験者ですからね。教えましょうか?」

「くっ」


 バドミントン部だったのか!

 どうりで……っ!


 このまま彼女の力で相手チームを押し切るのは簡単だ。

 だが、それはいわゆるひとり勝ちというやつで、俺が役に立ったとは言いがたい。

 そんなを許せるはずもなく……。

 俺は素直に教えを請うことにした。


「どうすりゃ、あんたみたいな打球音がだせるんだ?」

「あら、嬉しいことを言ってくれるのね」

「え?」

「わたしはね、バドミントンでラリーするときに聞こえる音が大好きでやってるの」

「打球音とショットの質って関係あるのか?」

「うん」


 彼女は、ぽんぽんぽーんとシャトルを垂直に打ち上げながら、しゃべり続ける。

 なにげにすごい。だって、んだぜ?

 正確無比にもほどがあるだろ……。

 相変わらず音もいい。打楽器で高音域の音を出した際に似ているだろうか。


「他の球技だって、優れた打球って音が違うでしょう?」


 彼女は言う。


「ほら、野球のホームランなら、『快音を響かせて』とか表現されるじゃない?」

「確かに」


 テニス、スカッシュ、サッカー、野球、卓球、などなど。

 どの競技も、優秀なプレイヤーは、放つショットから発する音がどこか違う。

 俺は聞き返す。


「バドミントンも同じだってのか?」

「ええ。重要なのは腕から手首までをしなるムチのように使うこと」

「む、ムチ?」

「ちょっと素振りしてみて」

「おう」


 彼女はシャトルのリフティングをやめて、俺の挑戦を見届けてくれる模様。

 ちなみにネットの向こう側ではコートを横に使って近距離での打ち合いをはじめていた。放っておいても平気だろう。

 と、いうことで……少し距離を取り。


「やるぞ?」

「どうぞ」


 ぶんっ! ぶんっ! ぶんっ!

 俺が勢いよくラケットを振ると、そんな音がした。


 それを見た彼女は。


「こっちが経験者の音よ」


 ひゅおんっ! ひゅおんっ! ひゅおんっ!

 風だ。風を切る音がした。切られた風が波打って俺にまで届いたかのようだった。

 なにそれ格好いい。

 俺はたまらず、彼女にずいっと寄って聞く。


「どうすりゃ同じような音が出せるようになるんだ?」

「本気の目ね。うーん、練習するとしか……。けっこう難しいのよ?」

「と言うと?」

「さっきもちょっと触れたけれど、肩、腕、手首の連動が難しいのよ」


 それでも……。

 ただの意地だが、俺は彼女に負けたままでいることが我慢できなかった。

 この気持ちがなんなのか、どこから来ているのかはわからない。

 だからこそ張り合う。知るために。勝つために。


「練習ってどこでできるんだ?」

「えっ、独学で身につけられるほど甘くはないわよ?」

「なら……」

「なら?」

「俺も、バドミントン部に入る!」


 そう宣言すると、彼女はしばらくきょとんとしていたが……。


「ふふふ……嬉しい」

「?」


 いったい彼女にとって何が嬉しかったのかわからない。

 俺のほうはと言えば、自分の胸が熱くなるのを抑えきれずワクワクが止まらないのだった。

 雨はあがり、高校一年生の春にふさわしい陽光が、体育館2階の窓から差し込んでくる。

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