第12話 細いつながり

 登校してみると、1階に設置されている掲示板に人だかりができていた。

 俺は割と高身長なので、最後部から見る。

 内容はこんなだ。


『学校近くの〇〇公園で8月20日に花火をしていた生徒、担任まで申し出なさい』


「……」


 俺だった。

 いや、正確には俺たちか。



 あの日はそう……。

 神社のお祭りがあって、出店で遊んでいたところ、景品で花火が当たったんだ。


 そんでもって、ひとり寂しくやるのも気乗りしなくて、ひとのいない場所に。

 座って、祭りの喧騒やら流れてくる音楽に耳を傾けていた。


 そんな時だったよ。


「ひとり?」


 不意に話しかけられた。

 電球が灯っていない場所だったから、どんなやつなのかひと目ではわからない。

 ぼんやりと見えるのは、平均的な身長で胸がふくらんでいる人物。


「見ての通り」


 俺はすんなり答えた。

 すると彼女は俺の隣に腰かけて。


「わたしもね、ひとり」


 今にも消えそうな声に、ぞっとしたわ。

 ひょっとしたら幽霊なんじゃないかって。

 まあそんなことあるわけないんだけど。


「あなたも花火セットが当たったのね」


 宙ぶらりんになっている俺の手にある物を見たのだろう。


「きみもか?」


 俺は聞き返す。


「うん」


 簡潔。

 いったい何が目的で近づいてきたのか、さっぱりわからない。


「ねえ」

「ん?」

「あなた、その花火どうするつもりなの?」


 彼女が聞いてきた。

 ひとりでやるのも虚しすぎる。

 その辺に捨てる? 駄目でしょ。

 家に持って帰る? 邪魔に思われるだけだな。

 誰かと遊ぶ? 俺はひとりだ。


「よかったら、私と一緒に花火をしない? こっちもひとりだし……」


 その発想はなかった。

 見ず知らずの異性といきなり花火をしようなんて考え、俺には浮かびそうもない。

 俺は何の疑いも持たず。


「いいぜ」


 とだけ答えた。

 そして、近くのコンビニでバケツを買って、公園を見つけて花火をした。


 色んなものを試したが、線香花火がいちばん印象に残ってる。

 はかなくて、美しくて……。

 彼女の横顔に意識を持っていかれそうになって。


 はしゃぐことなく、淡々と花火の在庫を消化していくと。


「おわりね」


 彼女が言う。


「ああ」


 俺は淡泊に返す。


「片づけは任せてもいい?」

「おう、やっとく」

「ありがとう。楽しかったわ。ところで……」

「?」

「あなたの名前を教えてくれない?」


 俺は教えた。

 ついでに通っている高校名も、だ。

 すると、彼女は速くもなく遅くもない、ごく普通の足取りで、去って行った。



 と、いう経緯があって、掲示板の書かれているのは俺のことだが。

 呼び出される理由に見当がつかない。


 おそるおそる担任に申し出てみた。

 すると、生徒指導室へ……と思いきや、理事長室へ通された。

 俺の通う学園は偏差値50程度の私立高校だ。

 でも何の取り柄もないわびしい学生なので、お偉いさんと接点なんて微塵もない。


「あのぉ……俺なんかまずいことしました?」


 顎に立派なひげを生やしたおっさんに話しかけた。

 おそらく理事長だろう。


「用があるのは儂ではない」


 彼が断じた直後。

 その背後……飾られていた学校の校旗の裏から何者かが姿を現した。


「あ、きみは!」

「また会ったわね」


 一緒に花火をした子だった。

 理事長が俺に向かって。


「儂の孫なのだが、どうにも友だちを作るのが下手なようでな」

「それと俺に何の関係が?」

「仲良く花火をしたそうじゃないか」

「……」


 仲良く……と呼べるものなのだろうか。

 まあ俺も友だちは多くないから、彼女の気持ちがわからんでもない。

 クラスメイトがわいわい騒いでいる時に、じっと読書をしている振りとかするし。

 我ながら痛々しいったらありゃしない。

 彼女にも当てはまるのかはわからんけど。


 理事長は顎ひげを手でさすりながら。


「事情は察してもらえると思うが」

「大体わかりました」


 当の彼女はというと。


「友だちできちゃった……」


 驚いた様子。

 そんなに特別なことだろうか。

 いや、彼女にとっては特別なことなのだろう。


 弱々しくつぶやきながらも、必死に存在感をアピールする彼女からは……。

 どこか、あの日にふたりで見た線香花火を思い起こさせられた。

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