飛花落葉〜様々な情景〜

蒼河颯人

第1話 小さな嘘

 時計はもうすぐ夜八時半を指そうとしている。

 今日の道は思ったほど混んでいないようだ。


「今日はどちらの駅から帰る?」

 

 ハンドルを握るあなたからの問いかけに、

 

「今日は通勤の最寄り駅から帰りたい」

 

 と答えた私。

 その駅はいつもの駅より、少し遠い所にある。

 その分、家に帰り着くのが遅くなる。

 あなたも、同じく家に帰り着くのが遅くなる。

 ちょっと申し訳ない気持ちだ。


 普段は早く帰りたいから、あなたにいつもの駅まで送ってもらっている。

 だけど、今日はもう一つの駅から帰りたい気分なのだ。

 明日も朝が早いから、なるべく早く家に帰って明日の準備をしなくてはならない。

 頭でも分かっている。

 それでも、今日は家に早く帰る気にはなれないのだ。

 

「ああ、あの駅ね。駅でクロワッサンのお土産でも買って帰るの?」

 

 とあなたに聞かれ、

 

「ううん。定期券を買って帰りたいから」

 

 と、咄嗟に答えた私。

 

 ※ ※ ※


 本当は、嘘。

 本当は、あなたと一緒の時間を少しでも長く共有したかったから。

 ただ、それだけ。

 カオル、嘘ついちゃって、ごめん。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る