第12話

 昼すぎには町を見下ろす丘の上に着いた。大いなる太陽はわずかに北に傾いている。丘は見晴らしがよかった。頂上に巨大なブロッコリーみたいな木が一本あるだけで、一面、野原のように草が生えている。


「町に入る前に昼飯にしよう」


 ふたりはドーの鞍から麻袋を下ろし、パンと水を取り出した。出発前にシャーマンが持たせてくれたものだった。


 カンは短剣に水をかけて洗うと、大きなパンをいくつかに切り分けてくれた。なにかをはさんだり、塗ったりしたわけでもないのに、パンの甘さと香りでじゅうぶんおいしい。


 なにか動物の皮で作ったという、きんちゃく巾着袋のような水筒には、泉の水が入っている。少しぬるくなっていたが、これもおいしかった。


 食べ終わると、ふたりはおなかが落ち着くまで休むことにした。並んで草の上に寝転がり、ゆっくりと流れていく雲を眺めた。


 綾はずっと気になっていたことをたずねてみた。


「あのさ、カンはなんでわたしと一緒に来てくれたの?」


 村にいることが安全なのかどうかはわからないが、子供ながらに敵国へ向かうことの方が危険なのは確かだ。


「おれさぁ、もう家族がいないんだよね」


 そんな大切なことを、カンはまるで「今日も晴れたね」と言うみたいにさらりと言った。


「おれだけじゃない。村人のほとんどは家族をなくしているんだ。アーヤは気がついたかい? 村には大人の男はいないんだよ。みんな戦に行っている。おれも大人になったら、ルーランドの兵士になるしかないんだよ。

 戦うことが怖いわけじゃない。うーん、ちょっとちがうな。怖いけど、それ以上に悲しくなるんだ。人を殺すためにおれは生まれてきて、人を殺すために大人になっていくのかと思うとね」


 小さなチョウが目の前をひらひらと横切っていく。


「そこへあんたが来た」


「わたし?」


「そう。コタ様が安全でいられるほど平和な世界からね」


「でもわたしの世界でも戦争はあるわ。わたしの国がしていないだけで」


「そうかぁ。じゃあ、アーヤの国はいい国なんだね」


 綾はそんなふうに考えたことはなかった。うらやましそうなカンに申しわけない気持ちになって、なにも答えられなかった。


「アーヤがコタ様を助けたがっているのを知って驚いた。なにもしなくても平和な毎日を送れる人が、危険を冒してでも人を救おうとしているなんて。おれはなにかできるかもしれないと思った。もしアーヤの力になることができたら、おれは人の命を奪うためだけに生まれたわけじゃないって思えるような気がしたんだ」


「……」


「だから今ここにいるのはアーヤのためなんかじゃない。おれ自身のためなんだ」


 綾ははずかしかった。自分はそんな立派なもんじゃない。ただ小太郎と離れたくないだけなのだ。自分のわがままなのだ。


「クェッ、クェッ」


 ドーがやってきて、カンの服を引っ張った。


「なんだよ、ドー」


「クゥーッ」


 ドーは必死になにかを伝えようとしている。

 カンと綾は顔を見合わせ、ドーについていった。丘の上まで来ると、ドーは、あっちを見ろというように首を木の方に向けた。ゆっくり近づいていくと、木の向こう側に人がいるのが見えた。カンと同じか、少し年上の少年だった。


 どうやら木の根元になにかを埋めているようだ。辺りをよく見ると、いくつもの土の山がある。それはまるで墓場のようで、綾はゾクッとした。もしかすると、戦死者の墓なのかもしれない。少年は土の表面を手でたたき、ドーム状に整えた。それをしばらく眺めてからほっとしたように顔を上げ、綾たちに気づいた。そして、突然怒鳴った。


「帰れっ! おまえらに売るような剣はないっ!」


 それから、ひどくイライラした様子で、町に向かって丘を下ろうとした。


「待てよ! あんた、なんか勘ちがいしてるぞ!」


 少年は、カンの呼びかけにも足を止めない。カンはさらに言った。


「おれたちはべつに剣なんかほしくない」


 少年の足が止まった。カンは続けた。


「確かにおれたちは戦うことになるかもしれない。けど、その相手は剣なんかで倒せるやつじゃないんだ」


 少年がふり向いた。

 かん癇に障ったのか、片方のまゆをつり上げて不機嫌そうな顔をしている。


「剣なんかだと?」


 綾は思わす後ずさりした。


「おまえらになにがわかる? 剣のなにがわかるっていうんだ!」


 少年は崩れるように座りこみ、手当たり次第に草をちぎっては投げた。その様子をふたりと一羽は黙って見守った。やがて少年は落ち着いてくると、はずかしそうに「すまなかった」とつぶやいた。

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