第7話

「しかもあっちの姫は獣人だしな」


 少年が口をはさんだ。水島のおばあちゃんも残念そうにうなずいた。


「獣人だって人だけどねぇ。年寄りにはまだ亜人種との結婚はやっぱり抵抗があるわねぇ」


 そこまで言って、水島のおばあちゃんはあわてて綾に向き直った。


「あ、でも、そんなに心配はないのよ。この世界での亜人種は、綾ちゃんの世界での外国人と同じくらいの感覚だからね」


 必死にとりつくろう水島のおばあちゃんの様子に、少年は目を丸くした。


「もしかして、アーヤの世界には亜人種がいないのか?」


 綾はまゆを寄せた。


「言っていることがよくわからないんだけど……亜人種っていうのが人に似た種族っていう意味なら、いないわ。人魚とか半魚人はお話の中になら出てくるけど」


「そうか。人魚や半魚人はいるんだ。あいつらも亜人種だよ」


「だから、お話の中だってば。想像上の生き物っていうことになっているわ」


「想像上ねぇ……。じゃあ、獣人もわからないんだ」


 水島のおばあちゃんが少年を軽くたたいた。


「余計なことを言わなくていいの。綾ちゃん、心配しなくてもいいのよ。みんな同じ『人』なんだからね」


 そんなふうに念をおされると、綾はますます不安になった。頭の中には狼男や雪男、野獣などがドレスを着て、小太郎と並んでいる光景が映し出された。


「ばあちゃん、こいつ、たぶん正しい想像してるぞ」


 綾は今度こそ本当にめまいを起こした。

 気がつくと、綾はドーのふさふさと柔らかな羽に寄りかかっていた。


「あ、ごめん」


 とっさに謝ると、ドーはクェッと答えた。


「大丈夫か?」


 少年がのぞきこんだ。綾ははずかしさに目をそらして、小さくうなずいた。水島のおばあちゃんが優しく語りかける。


「綾ちゃん、帰りましょう。お友達の小太郎君は、お父さんとお母さんのいる外国へ行ったんだと思って。ね?」


 このまま帰っていいのだろうか。水島のおばあちゃんの話が本当なら――いや、本当なのだろう。それなら、小太郎を助けたい。……でも、どうやって? わたしなんかになにができる?


 綾はうつむいて、こぶしを握りしめた。


「ね、綾ちゃん」


 水島のおばあちゃんが綾の肩に手を回す。

 綾はきつく目をつむった。

 なにがなにだかわからない。だけど、このまま小太郎に会えなくなるのはいやだった。


「待てよ、ばあちゃん」


 少年の声に綾は顔を上げ、水島のおばあちゃんは手を離した。

 少年は綾の正面にかがみこんだ。それから、綾に向かって右手を差し出した。


「おれ、カン。おまえがここに残るつもりなら力になるぜ」


 綾は目を見張った。


「これっ、カン!」


 水島のおばあちゃんはカンをしかりつけた。


「こんなことを言うのは気が引けるけど、子供になにができるというの? コタ様がパドキアへ婿に行かれたことで、何十年も何百年も苦しんできたこの戦を終わりにできるのよ?」


 カンも負けてはいない。


「じゃあ、ばあちゃんはコタ様が人質にとられたままでいいって言うのかよ」

「人質じゃないでしょう。婿入りよ」

「毛むくじゃらのお姫様のところへか?」

「カンッ!」

「クェーッ」


 ドーが叫んだ。丘のふもとから子供が走ってくる。


「ばあちゃーん! カン! 大変だ! 今、長老のところに前線から伝令が来た! パドキアが攻撃をやめないって!」


 話がちがう。小太郎がパドキアに行けば戦は終わるんじゃなかったのか。


 綾は勢いよく立ち上がった。もう迷いはなかった。小太郎を助けに行く。

 綾は、カンの前に右手を差し出した。


「カン、力を貸して!」


「おう!」


 カンは力強く握り返してきた。

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