第3話
「ねぇ、開けてみようよ」
「むりだよ。いつも鍵がかかっているんだ」
「おばあちゃんに聞いてみたことある?」
「あるよ。納戸だって言ってた」
「なんど?」
「物置部屋のことだよ」
「中を見たことは? 開けたところを見たことある?」
「……ない、けど」
綾はここぞとばかりに小太郎につめよった。
「物置なんでしょ? 使うものだからしまってあるんでしょ? 出したりすることがないなんて、おかしいじゃない」
「そんなこと言ったって……」
小太郎の返事など期待していなかったように、綾は勝手に扉に手をかけた。
「アーヤってば」
小太郎が止めるのも聞かずに、綾は取っ手を引いた。ガチッと鍵がかかっている音がした。ガチャガチャと何度も動かしてみるが、全く開く様子がない。
「やっぱりなにかあるんでしょ!」
「ないってば。それよりさ」
小太郎はまゆを寄せて難しそうな顔をした。
「アーヤに話があるんだ」
「なによ?」
「――ぼく、転校するんだ」
「え?」
「急に決まったんだ」
「なに、それ。もうすぐ卒業なのに?」
「うん。でも、その前に行くことになると思う」
「いつ?」
「わかんない」
「……あんたって『わかんない』ばっかりね」
綾は勢いよく立ち上がると、階段を下り始めた。
「アーヤ?」
小太郎に呼ばれて、綾は足を止めた。
振り返って見上げると、二階の窓から射しこむ西日を受けて、色素の薄い小太郎の髪がキャラメル色に光っていた。ほほは陶器のようになめらかで白い。今にも消えてしまいそうな少年に、綾は夏の日差しを思わせるような力強い笑顔を向けた。無理にでも笑顔をつくらないと泣いてしまいそうだった。
「今日は帰るね」
「アーヤ、ぼく……」
「小太郎、また明日ね」
綾は小太郎の言葉をさえぎって、手をヒラヒラ振って帰っていった。
家に帰った綾は、誰もいない部屋でじっとひざを抱えていた。
小太郎がどこかへ行ってしまうなんて、考えたこともなかった。小さい頃からいつも一緒に遊んでいた。中学生になってもなにも変わらないと思っていたのに。
日が落ちても、明かりもつけずにいたせいで、帰ってきたお母さんが、暗闇にいる綾を見て悲鳴を上げた。
「びっくりするじゃないの! 電気くらいつけなさいよ!」
お母さんの悲鳴がきっかけで我に返った綾は、ゆっくりと顔を上げた。
大丈夫。小太郎はまだいなくなったわけじゃない。
そう自分に言い聞かせた。
次の日、綾は少し熱っぽい感じがした。肌寒くなってきたこの季節にじっとしていたせいで風邪をひいたのかもしれない。
「お母さん。なんかほっぺが熱いかも」
「はいはい。急がないと遅刻するわよ」
お母さんは上の空で返事をしながら、いつものように綾を追いたて、自転車を走らせて行ってしまった。
綾自身も気のせいかなと思ったし、学校にいるうちにだんだん体調が回復し、熱っぽかったことなどすっかり忘れていた。
しかし、熱に浮かされたせいか、もうひとつ忘れているものがあった。そのことに気づいたのは下校した後だった。
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