いざ、お茶会

 平和な昼下がり。屋敷のティールームに通されたのは5、6人ばかりの淑女たち。

 あの園遊会で悪評が広まったせいで王宮では誰に声をかけてもドン引きされて終わったけど、「異世界の一流の人しか食べられないスイーツやグルメがある」という口説き文句でやっと落とせたのが彼女たちだ。


 どこの世界でも、女の噂に勝る口コミ力はない。

 まずは地道なところからコツコツ攻めて、サイラス様の魅力を王宮じゅうに広めていくのだ!


 私は意気揚々、集まった淑女たちに挨拶する。


「やー、どうもどうも、皆さん来てくれてありがとう! 今日はどっさりごちそう食べて、たっくさんおしゃべりして帰ってくださいな~!」


「聖女様、本日はお招き下さり、ありがとう存じますわ」


「まさか聖女様じきじきにお茶会に招待いただけるなんて……」


「たいへん光栄ですわ」


 皆、社交辞令を口にしつつも顔色はどこか緊張を帯びている。

 そりゃ、強引に連れてこられたようなもんだし、そうだよね。

 私はにこにこ笑顔を振りまきながらひとりひとりにティーテーブルの椅子を引き、ホスト役に徹する。


「いやもう皆さん貴重なお時間使って来てくださって! もうほんとこちらこそ光栄ですーって感じです! 絶対、損はさせないので! 絶対、ぜーったい、皆さんの人生の思い出に残るお茶会になることをお約束しますっ!!」


「お気遣い、痛み入りますわ。わたくしたちもちょうど喉がかわいていたので、お招き感謝いたします」


最後に椅子を引いたのは、私の前だとどこかこわばっているレディたちの中で唯一ものおじしたところのない、堂々としたご令嬢だった。

 ハニーブロンドの流れるような長髪に、本物と見まがう赤い薔薇のコサージュを細い手首に纏った彼女は、これまた目を引く真紅のドレスを身に纏い、大輪の華のような艶やかな存在感を放っている。

 その周りの雰囲気に流されない、泰然自若とした大物ぶりに、私は内心で感心したものだ。


 ま、美貌もドレスの着こなしも、サイラス様のが上なんですけどね!!


「実は、今日は皆さんにお茶の前にご紹介したい方がいます」


 全員に着席してもらうと、私はもったいぶって言った。

 皆の顔に疑問が浮かぶのを心地よく感じながら、ドアの向こうへ呼びかける。


「どうぞ、お入りください」


 そして、そっと押し開かれるドア。

 少し遠慮気味の、楚々とした足取りでやってくるのは、淡いローズピンクのシフォンドレスを着たひとりの淑女――にしか見えないサイラス様――だ。

 半ば透けるようなシフォン生地の向こうで、下地に描かれた花々の繊細な刺繍が可憐に咲き誇る。下半身には連なる花に見立てた飾り紐がゆったりとこぼれ、蔓薔薇のように静かな美を添えていた。

 麗しい目元には、どこか大人っぽくも愛らしいモーヴピンク。

 黄金色のまつげをそっと伏せ、ドレスを着たサイラス様は私たちの目の前に立っている。


「ま、あ……」

「なんて、美しい方……」


 そのあまりの美貌に、ご令嬢たちの口から自然とため息と賛美の言葉が漏れる。

 即座に私はガッツポーズをしたい衝動に駆られつつも、サイラス様のもとに駆け寄り、その手をとる。


「さあっ、お座りになってっ」


「あ、……」


 サイラス様をテーブルに着かせると、異様な沈黙がその場に流れた。

 ご令嬢たちは優雅な扇子越し、あるいはちらりと横目にサイラス様を伺っている。

 内心、いったいどこの貴婦人かと探りたい気持ちでいっぱいに違いない。

 でも、恐れ多すぎて声もかけられないって感じ?

 私は、ニタァ……と気色悪い笑みがこみ上げるのを抑えきれなかった。


「皆さん、先代の国王に、呪われた王子がいたという話はご存知ですよね?」


 静寂に私の声がよく響く。


「その王子は生まれながらの呪いによって周囲に差別されつづけ、あげくの果てに父である国王に廃嫡を受けました。王宮の人間も誰ひとり彼を顧みることはありません。すべては呪いのせい。……だが、しっかーし!」


 私に集まる、注目。


「彼には、大きな祝福もあったのです!! それが今! 皆さんの目の前に顕現しています!!」


 奮い立った私は広げた両腕を向ける。

 そのとき、サイラス様が少し頬を染めてうつむくのがわかった。

 視線は急速にサイラス様のもとへと集まる。

 誰かが息を呑む音がした。


「まさか……その方は……?」


「そうでーす!! この美女はなんと、さきの王太子にして翡翠騎士団の団長! サイラス=ラインドール様なのです!!」


 私の宣言に、お嬢様たちがどよめく。


 計・画・通・り。


 「ほらほらよくご覧になって! まさかこの麗しい方が男性だなんて誰も思わないでしょう!? サイラス様には女装の才能があるんです! もーほんとに大天才! 才能の塊すぎて怖い! まさに天下一品の女装力!! 女性より女性らしさを極めた、真のレディとはこのこと!!」


 私はテンションMAX。

 めいっぱいサイラス様を称えまくり、レディたちの関心に火をつける。


「もーこんなに美しくってどうしよう! って話ですよね!! あっ、サイラス様とお友達になりたい方は私に言っていただければ先着でご紹介しま………」


「――見目が優れているから……それが、いったいなんなのでしょう?」


 すとん、と扇子を畳んで下ろす音。

 私はやけに落ち着いたその声の方を振り向いた。


「聞けば、少し女装がおできになるから、女性よりも女性らしい? 真のレディですって? よくわたくしの前でそこまでの大言壮語を仰るものですわ」


 麗しい瞳を冷たく光らせ私たちを見据える、真紅のドレスを纏ったその人。

 あまりに堂々とした物言いに、私は言葉を失った。


「わたくしは、決して見目がよいからという理由だけでお友達を選ぶことはありませんわ。

 なのに聖女様のその仰りようは、私たちに“彼”をむやみにちやほやせよと言わんばかりですわね。

 私たちはその方の引き立て役になるために招待されたのかしら?」

 

 ドキ。

 ……ドキ。

 

 ………ドキィッ!!



 あまりにずばずばとした物言いに、あまりに厳しいまなざしに、私の脆いハートはずたずたになる。


 この人は、サイラス様の女装した姿にさして感動していないのだ。

 

 予想外のリアクションを喰らって私が思考停止する間に、他のご令嬢も「そうですわね……」「確かに……」などと密かにつぶやき合う。

 これじゃサイラス様の女装がスベッたみたいだ。


 ……まずい。

 この流れだけは……!!

 


「……そっ、そうですよねー!! いきなり紹介でしたもんね! まずは仲良くならなくちゃ!

 さあさあっ、お茶会を始めましょうか! とっておきのお茶菓子をご用意したので、サイラス様と楽しくご歓談しながらご賞味くださいっ!!」


 私はなるべく波風立てないように返答すると、ぱちん! と指を鳴らしてセバスチャンたちを通す。

 セバスチャンとアミリーたんが静々と押すサービングカートに載せられてやってきたのは、アフタヌーンティーには欠かせない豪華な三段重ねのケーキスタンド。

 そこに満載された、この世界にはない色も種類とりどりのスイーツたち。

 それは全部、私が現代日本から通販した、お取り寄せランキング上位の極上の逸品だ。

 和菓子から洋菓子。存在感のある主役級のスイーツばかりを揃えたから、これにはレディたちもご満足のはず!

 

「さあっ、どうぞ召し上がって! 異世界の美食を楽しんでください!」


 私に促されて、彼女たちはしょうがなしといった風情でお菓子に手を伸ばした。

 まずはひとくち。

 すると、その顔に驚きと感動が宿る。


「まあ……美味しい!」


「こんなお菓子は食べたことが……!」


「これが異世界の……!」


 先ほどの空気を忘れて、ぱあっと華やぐ顔色。

 私はその雰囲気を察してほっと胸を撫で下ろす。


「どんどん食べてってくださいねー! あっ、お腹減ってる方は軽食もありますから!」


 次第に彼女たちの指はお菓子をつまむので忙しくなる。

 セバスチャンとアミリーたんが高級茶葉(これも通販)の紅茶を淹れて、かぐわしい香りがお茶会に華を添える。

 どうやら彼女たちは現代日本のスイーツたちを気に入ってくれたようだ。

 

 ……ただひとりを除いては。


「――なってませんわ」


 パンッ!

 という軽快な音とともに、真っ赤な扇子が広がる。


「これはまた、ただひたすら豪華で見目が麗しいだけのお茶会ですわね。

 まるでそこにいる団長さんと同じです。見た目ばかりに終始して、大事なことを見据えていない――」


 扇子越しに、ちらりとつまらなさそうにケーキスタンドを見下ろす彼女。


「このケーキスタンドには何もまとまりがありません。ただ目を引くように華やかなお菓子たちを並べただけ。

紅茶も香りの個性ばかりが強すぎて、お菓子たちとの親和性が何もありませんわ。

この空間にあるすべてのものの底が浅いのです。これでは、聖女様の仰るような人生の思い出に残るお茶会などにはなりえませんわね」


 私がその不遜な態度にあっけにとられている隙に、彼女は淡々と続ける。


「アフタヌーンティーとは、一期一会の出会いなのです。季節、人、お菓子、お茶、そのおしゃべりの内容……どれも完璧に同じものはありえませんわ。

それは人間が顔を合わせてお茶をするという平和な日常のなかに潜む、刹那なのです。

その一瞬を彩るのは、めくるめく季節に馳せる感傷であり、人と人とのつながりが生む思いそのものなのですわ。

真にホストがゲストを思えばこそ、揃えられたお菓子やお茶には一貫性と協調性があり、まとまりを持って美しくティーテーブルの上で存在するのです――」


 そう言ってかすかに目を伏せ、思いをこぼすひとりの淑女。

 その言葉たちはとても理性的で、落ち着きを孕んでいて、私の思い上がりを冷静に指摘する。


 このただものじゃない言い回しに、風格に――この人は、いったい、何者?


 私の疑問に呼応するかのように、背後にすっくと長身が立つ。


「――ご説明いたしましょう! こちらにおわす方は、イライザ=ライオンハート伯爵令嬢!

エレンディア貴族社会において突出した才能と名声を持つ才媛たちに与えられる称号、【四大令嬢】のうち一角を担うお方なのです!」


【四大令嬢】!!?

 何そのすごいいかつい響き!!!


 セバスチャンの説明に色んな意味で私はひっくり返りそうになった。

 私はどうやらなんか知らないうちに、とんでもない大物を呼んできてしまったらしい。



「大仰な言葉で前置きされたこのお茶会ですが、わたくし、まったく気持ちを動かされません。


このお茶会は、無なのですわ」



 そう毅然と言い切る彼女の言葉につられたか、他のご令嬢たちはお菓子を手に取ることをやめ、居た堪れなさそうに自分の膝を見つめている。

 なんだか早く帰りたくてたまらなさそうだ。


 そうだ――。

 私はただの社畜気味な元OLで、お茶会の作法なんて知らずに生きてきた。

 ただ雰囲気で知った気になって、高級なお菓子を並べればそれっぽくなるだろうと――。


 私は自分の無知を断罪されてすっかり動揺していた。

 だが、追い詰められた勢いで慌てて抗弁する。

 

「……そっ、そうです……! 異世界に来たばかりで、私、お茶会のことなんてなんにも知らなくて……!

私の無知がご不快を呼んだなら謝りますっ! でもせめて、おしゃべりぐらいしていきませんか? 人間の最大の利点は話し合えることですから! まずはお話ししましょう、そこから仲良くなることだって――」


 こんな最悪な空気のまま解散だなんて。

 私は少しでも挽回できるチャンスを求めてそう言ったが、相手のまなざしは嫌になるほど落ち着き払って――、

 

「あら、でしたら何か素敵なお話をして下さるのかしら?」

 

 彼女は扇子を持って、押し黙るサイラス様の方を振り向く。

 いきなり水を向けられたサイラス様は肩をびくんと震わせた。


「あ、……あ、私は……いや、わたくし、は……」


 極上の艶を宿したピンクの唇をもどかしそうに捩らせ、サイラス様は言葉に詰まる。

 その喉からそれ以上言葉が出てくることはなく、サイラス様はいつもより小さく見える肩を落として沈黙してしまう。


 だめだ。

 これは、まずすぎる。


 こうなったら……!


「レオンハルトッ、代打でなんか話して!」


「は? 俺?」


 レオンハルトはサイラス様の後からティーテーブルについて、今までずっと食べ物を口に詰め込んでいた。

 粗忽だけどイケメンだから、そこにいるだけで華やぐだろうとお茶会に放ったものの、いきなり矢面に立たされたレオンハルトは困った顔を見せる。


 頼む……!

 何かこの空気を入れ替える、素敵な話題を!!


「話……話ねぇ、そうだ、お前ら王宮の中庭の木にカブトムシ来るの知ってるか? すげー大物がいることあるんだよ。去年も捕まえようとしたんだけど……」


 私はとっさに嫌な予感がした。


「庭師に内緒でハチミツ塗って待ち構えてたんだけどよ、全ッ然来る気配なくて、それでカッとなってウチの団員を裸に剥いてその上からハチミツ塗りたくって朝まで動かないように指示したら、見たこともない大物のカブトムシが股間に……」


「――ひぃやあぁぁぁーっ!!!」


「助けてーーーー!!!!!」


「お母さまーー!!! お父さまーーーー!!!!!」

 

 絹を裂くような悲鳴。

 レオンハルトの言葉にしたハレンチな光景を脳裏に思い描いたか、令嬢たちは真っ青な顔で髪を振り乱し、狂乱する。


 お茶会は大混乱だ。

 その中でも颯爽と立ち上がったイライザ嬢は、まっすぐにティールームの出入り口を目指す。


「皆さん、帰りましょう。このお茶会はまったくもって不毛ですわ。

わたくしの屋敷でアフタヌーンティーをやり直すといたしましょう!」


 扇子で先導するようにして歩き出したイライザに、他の令嬢たちが親鳥についていくひな鳥さながら追従していく。

 わーっと退避する勢いで去っていく令嬢たちの後ろ姿に、なすすべなく置いていかれる私たち。


「……やっぱ女に昆虫の話はダメだったか……」


 ぼそりつぶやくレオンハルト。


「お前の話がアウトだったのはそこじゃなーい!!!!」


 瞬間、私は怒りが頂点に達し、レオンハルトに飛びかかった。


「あんたのせいでー!! あんたのせいで滅茶苦茶よぉっ!!」


「いや俺のせいかよ!? そもそも空気壊滅的だっただろ!」


 ………うん。

 責任転嫁してもどうにもならない。

 私はレオンハルトの腰のベルトに両手をかけたまま嘆息した。


 すべての原因は明白。



「――異世界の令嬢を侮っていた……!!」


 

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