第9話 チームリーダーの悩み(2)

 レッドが入院して三日が過ぎた。今は病室のベッドの上で、タブレットを使いサイコレンジャーチャンネルの動画を観ている。


 自身の入院休養報告動画には、沢山のファンから励ましのコメントが寄せられていた。ファンのみんなが気遣ってくれていることに、レッドは勇気づけられる。


 一方、最新の動画は、昨日のワルダ―を撃退した映像だ。ヘリコプターの操縦士が操作するドローンで撮影された、レッド抜きで戦うメンバー達。新兵器のサイコリボルバーを使い、見事ワルダ―戦闘員を撃退していた。


 動画には多くの賞賛コメントが書き込まれている。そんなファンと同じように、メンバー達の活躍を喜ぶべきだと思うのだが、レッドは動画を観て焦りを感じていた。


(俺が居なくても……)


 レッドは器の小さい自分を責めた。



 その日の夜、レッドは病室を抜け出し街に出た。病室を抜け出す行為自体は、彼の能力からすれば容易いが、真面目なレッドが規則を破るのは極めて稀なことだった。


 レッドは駅前に出て、おでんの屋台で飲み始める。


 自分自身が嫌になり自棄になって飲み始めたが、飲んでも飲んでも気が晴れることは無く、逆にどんどんマイナス思考に陥っていくだけだった。


「オヤジさん、お代わりください」


 レッドは屋台の店主にコップを差し出した。


「お客さん、大丈夫? もうかなり飲んでるけど」


 店主はレッドが酔いつぶれて面倒なことにならないか心配しながらも、コップにお酒を注いだ。


 レッドは注がれたお酒を一気に飲み干す。


「おいおい、無茶したらいかんよ」

「俺はね、リーダーなのにみんなの足を引っ張ってしまったんですよ。リーダー失格なんです……」


 レッドは独り言のように呟いた。


「ええっ、考えすぎでしょ。リーダーだってミスする時はあると思うよ」


 店主は事情が良く分からなかったが、自虐するレッドをなだめる。


「俺は小さな頃から、立派なリーダーに憧れてたんです。リーダーたる者、強くて、真面目に一生懸命チームを引っ張って行くべきだって。

 でもね、そんな堅物で面白味の無い人間は人気が無くて、ノリだけで生きているようないい加減な奴の方がリーダに選ばれたりしていたんですよ」

「まあ、よく分かんねえけど、案外生徒会長とかそんなタイプが選ばれたりするよな」


 店主も思い当たることがあるのか、レッドに同調する。


「今はやっとリーダーになれたのに……でも、みんなの足を引っ張ってしまった。リーダー失格だ……」

「そう気を落としなさんな。ホント真面目に考え過ぎだと思うよ。部下の人達も……あっ、お客さん、寝ちゃ駄目だよ。もうすぐ店を閉めるのに……」


 酔いつぶれて寝てしまったレッドに焦る店主。


「まだ大丈夫ですか?」


 と、その時、一人の若い男が屋台に顔を出した。


「あっ、すみません。もう閉店です」

「そうですか……あっ、ハヤテ」


 男はレッドを見て驚いた。


「お客さん、知り合いですか? 良かった、どうしようかと困ってたんですよ」

「ああ……分かりました。連れて帰ります」


 男は代金を立て替えた後、レッドに肩を貸して店を出た。半分寝たような状態のレッドを近くにある駅前のベンチに座らせると、その場を少し離れてスマホを取りだした。


「ああ、真心さん? 実は第六感が働いて街に出て来たら酔い潰れたハヤテを見つけてね……」



「うう……」

「大丈夫か? ハヤテ」


 レッドは頬を軽く叩かれて目を覚ました。


「大地……どうして? ここはどこだ?」


 レッドの目の前にはブルーが居た。今居る場所を確認したくて、レッドは周りを見る。飲んでいた屋台から少し離れた駅前のベンチだった。


「どうしてって、屋台に来たらハヤテが寝てたんで、店主さんに頼まれてここまで連れて来たんだよ。ホント重くて大変だったぜ」

「そうなのか……それは悪かった……」


 レッドはそう言って立ち上がろうとしたが、酔いでふらつき、また倒れ込むようにベンチに座る。


「おい、大丈夫か? どうして病院を抜け出して来たんだ?」

「俺だって羽目を外したい時があるんだよ!」

「俺って……。 いや、だってハヤテに早く帰って来て貰わないと、俺達だけじゃ大変なんだよ。俺や若葉や剛士は適当な人間だし……」


 ブルーはいつもと違うレッドの様子に戸惑いながらも、言葉を続けた。


「俺が居なくても大丈夫だろ? 前回の出撃もちゃんとワルダ―を撃退出来てたし」

「ああ……あれね、実は出撃が一時間遅れたんだよ。朝一の出撃命令だったんだけど、遅刻してきた奴が居てさ……」


 ブルーがきまり悪そうに状況を打ち明ける。


「遅刻で一時間出撃が遅れただと! 誰だよ、そんな不真面目な奴は!」


 レッドは酔いが一気に醒めて立ち上がる。


「いや……ぶっちゃけ、俺なんだけどね……」

「お前か大地! 何やってんだよ! しっかりしろよ」

「若葉だって三十分遅刻したんだよ! 俺だけ責めないでよ……」

「マジかよ……俺が居ない間に何やってんだよ……」


 レッドは愕然として、また倒れ込むようにベンチに座る。


「剛士もデートだと言って早退するし、真心さんも手に負えないってヒステリックになるしでね……」


 ブルーの呟きを聞いて、レッドは立ち上がる。と同時に、気合を入れるように、自分の顔を両掌で叩いた。


「おい、どうしたんだよ」

「今から病院に戻って、無理にでも退院する」

「ええっ?」


 レッドの言葉に驚くブルー。


「サイコレンジャーのリーダーは俺だ! 俺がみんなを引っ張って行かなくちゃ」


 レッドはそういうと、アッと言う間にブルーの前から姿を消した。酔っていたとは思えない程の動きだった。


 ブルーはそれを見届けると、ポケットからスマホを取り出した。


「ああ、真心さん? 言われた通りにしたら、上手くいったよ」


(そう、それは良かった。お芝居お疲れ様。あなたが、第六感でハヤテさんを見つけてくれたお陰ね)


「これでうちのリーダーが立ち直ってくれるなら、一芝居打つなんてお安い御用さ。ハヤテ以外に俺達のリーダーは勤まらないからな」


(ホントそうよね。ハヤテさんほど信頼できる人は居ないもの)


 ピンクはレッドと病室で二人っきりになった時に、初めて彼の心の声が聞こえ、悩みを知っていた。だが知っていても、直接的にどうすることも出来なかったのだが、今回ブルーから相談されたタイミングでお芝居するようにアドバイスしていたのだ。


 ピンクとの電話を終えて、ブルーはレッドの姿を追うように、病院の方角を満足気に見つめた。

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