第4話 イエローの恋(1)

「あっ、イエロー。今日みんなでカラオケ行こうって話になったんだけど、イエローも行くだろ?」


 トレーニングルームから作戦室に戻って来たイエローは、ブルーからそう誘われた。


 今は午後五時前、もうすぐ待機時間も終わる。


「悪い、用事があるから、俺はパスするよ」


 イエローはブルーにそう答えた。


「えー、イエローは行かないの? ブルーの下手な歌を余計に聴かなきゃいけなくなるじゃない」

「お前はいつも一言余計だな!」


 いつものブルーとブラックのやりとりをイエローが微笑ましく見ていたら、作戦室に待機時間の終了を告げるブザーが鳴った。


「おっ、定時だな。じゃあ俺は帰るから」


 イエローは仲間に挨拶して、そそくさと作戦室を後にした。



 イエローはカラオケが嫌いな訳じゃない。むしろ歌うのが好きなぐらいだ。じゃあなぜみんなとカラオケに行かなかったのか。それは会いたい人が居るからだ。


 電車に乗って最寄り駅で降り、アパートまでは徒歩で帰る。賑わいのあるバス通りから外れ、人通りの少なくなった住宅街を進むと、イエローは目指していた「山岡お弁当店」と言う名のお弁当屋に着いた。


 「山岡お弁当店」は小さな個人経営のお弁当屋。清潔で明るく店の雰囲気も良いのだが、いかんせん人通りが少なく流行っている様子はない。おまけにバス通りには大手チェーンのお弁当屋があり、手ごわい競合となっている。


「お弁当お願いします」

「あっ、いらっしゃいませ!」


 イエローが店頭で挨拶すると、中から感じの良い笑顔の女性が迎えてくれた。彼女の年齢はアラサーぐらいか。営業スマイルとは思えない、自然な笑顔で接客する女性で、この店を一人で切り盛りしているようだ。


 イエローは一か月ほど前、気分転換にいつもと違う道で帰ってこの店を見つけた。その時にこの店を利用して、店主である彼女の笑顔に一目ぼれしてしまったのだ。その日以来、イエローは毎日のようにこのお弁当屋を利用している。


「いつものお弁当で宜しいですか?」

「あっ、はい、お願いします」

「はい、それではミックスフライ弁当の特盛ですね。ありがとうございます」


 イエローは毎回同じ時間に同じ商品を注文し続けたので、二人の間では「いつものお弁当」で通じるようになっている。


 イエローはカウンターから店長さんが働く姿を見ているのが好きだった。一生懸命な姿を美しいとさえ思っていた。


「お待たせしました!」


 店長さんが出来上がったお弁当をイエローに手渡す。


「あれ? 頼んでないサラダが入ってますよ」

「ああ、いつも脂っこい食べ物ばかりじゃ体に悪いと思って、サービスで付けておきました。バランスよく食べてくださいね」

「あっ、それは申し訳ないんで、サラダの分も払います」


 イエローは慌てて財布を取り出そうとした。


「いえ、実はそれ消費期限が切れそうなんですよ。帰ってすぐに食べる分には全然問題ないんで、遠慮なく食べてくださいね」

「そうなんですか……じゃあ、遠慮なく頂きます。ありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとうございました!」


 彼女はまた笑顔で見送ってくれた。


 店を出たイエローは、店長さんの笑顔に癒され、幸せな気分で歩いていたが、少しすると心配になってきた。


(やはり、店は流行ってないんだろうか?)


 イエローが店に通って以来、他のお客を殆ど見ていない。このままで営業し続けられるんだろうかと心配になった。


 これほど、想っている店長さんに対して、イエローは何もアクションを起こしていない。気持ちを告白したいとは思うのだが、それが出来ない理由があった。彼女の左手の薬指には結婚指輪が輝いていたからだ。

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