第32話 迎撃でござる

 ナナが半泣きで慌てるその中で、リンネは冷静だった。

 これが避難訓練の効果なのかと自分でもビックリする反面、こんなの昔に比べたらと変な自信があった。

 リンネはキッチン背後の棚、飴玉がギッシリ詰まった瓶をどかす。


「リンネさん、なんスかそれは」

「この家をトラップハウスにする術式です。えい!」


 リンネが壁に描かれた魔法陣に手のひらを当てる。

 すると「ビー!」と家に警報音のようなものが響き渡ると、窓という窓に赤い魔法陣が出現。立ち入り禁止とばかりに、魔法陣の中に大きくバッテンが描かれていた。

 拒絶の術式。これを張られたガラス戸は衝撃の他あらゆる侵入を拒む。解除するならば専門の解除魔術師ディスペルマスターを呼ぶか、壁ごと扉をふっ飛ばすしかない。


「これでしばらく外からは入れません。ですけど、中に一人いますね」


 ナナにはリンネが下を俯いているように見えただろう。

 だがリンネには壁越しにうっすらと魔力の動きが見えている。エルフの目のお陰だ。

 階段を登ってくるのは人型の何かはこちらに気づいているようで、恐怖を煽るためにわざわざギッ、ギッと板を鳴らして階段を上がってくる。


「リンネさん! 何か来る!」

「パミー!!」

「タワシちゃん落ち着いて。首に巻きついてないさい。ナナ、そこらへんに紐ありません?」

「へ? 紐?」


 ナナが見回すと、確かにそこには紐のようなものがある。

 それはキッチンの端、普通なら気にもとめない場所にあった。


「このトイレ流すやつみたいな? 天井から釣り下がってるヤツです?」

「そーですそれです。合図があったら……あ、今です引いて!」


 ナナは訝しむも、とりあえずクイッと引いてみる。

 するとどうだろう。いきなりバタバタバタ! と何か複数のものが倒れる音がする。


「ほんぎゃ!」


 ゴロゴロゴロゴロどっしーん。

 冗談のような音が響く。


「へ!? 何が!?」

「階段が倒れて坂になったんですよ。はいナナ、もっかいその紐引いて」

「は、はいっス!」


 グイッとナナが引く。

 すると階段の踊り場あたりからパカッと何かが開く音。

 そしてゴインという音と、何やら金属の空洞に響く音。最後にガランと鳴った。


「???」

「廃寺院にあった古い釣鐘です。頭に落とせばひとたまりもないでしょう」

「なんてバチ当たりな!」

「使えるものは使った方がいいですから……って!」


 ハッと天井を見ると、ボヤッと何人かが屋根にいるのが見える。

 窓に魔法が展開されているからだろうか。屋根を何かハンマーのようなもので叩こうとしていた。

 確かに窓からの侵入は困難になったが、ならば穴を開ければいいという事なのだろうか。

 単純に見えてなかなかどうして。今打てる中で一番良い手であった。


「……屋上から逃げるプランはだめですね。一階に行きますよナナ」

「敵がいるんじゃないですか!?」

「大丈夫。曲者は入ってきていません。今は裏口と天井にいます」


 この時ばかりは、リンネは己のエルフの目に感謝した。

 アルザは「それは使いようによっては最高のスキルだよ」と言っていた。

 また無意識下のタラシ文句かと思っていたが、なるほど確かにそうだ。


「はいここ降りて」

「下に何か倒れてますけど?」

「……ニンジャですかね。やっぱり旦那様、誰かコロコロしましたね? そりゃ追われますよ」


 滑り台と化した階段を滑り降りる二人。

 踊り場には頭に鋼鉄の鐘を被って伸びている黒装束の男がいる。

 それをクッションにして滑り降りると、バックヤードの方から怒声が聞こえてきた。

 かすかに聞こえるのはぶち破れだの何だのと荒っぽい言葉だ。

 正面玄関のガラス戸には全て拒絶の術式が張られているのでこちらはいい。

 だとするならば――


「ナナ、そこらへんの壁を叩いてください」

「うわ、何この隠れ扉!?」

「その下に避難しますよ、と、その前に」


 ナナが早く早くと急かす中で、リンネはカウンター下にある紐をグイッと引っ張る。

 何も起きなかった。しかしリンネはふーっと額をぬぐう。


「え、今の何スか?」

「気にしないでいいですよ。ほらナナ行きますよ!」


 ナナの手を引っ張って地下へと走っていく。

 その最中に一階から破壊音のようなものが聞こえてきた。

 おそらく裏口のドアが壁ごと破壊されたのだろう。

 首元に巻き付くタワシちゃんがフルフルと震えている。

 リンネも本当は怖くて怖くてたまらなかったが、タワシちゃんとナナを守ると考えると不思議と冷静でいられる。

 地下道を駆け降りて扉を開き、すぐに鍵をかけて閉める。

 だが相手はたかだか少女二人に複数で掛かる連中だ。これも時間稼ぎにしかならないだろう。


「リンネさん、ここ、行き止まりじゃないですか!」

「ですね」

「さっき明らかに人が入ってきましたよ!? ここも見つかっちゃいます!」

「パミャー!!」

「そうですね」

「そうですねって!」

「騒ぐのはやめて下さい。私だってもうお小水ションベンぶち撒ける寸前なんですから。上手く瓶詰めできたら売れますかね?」

「このドスケベエルフ!」


 ナナが恐怖のあまり叫んだので、リンネは「タワシちゃん、顔」と短く命令。

 するとタワシちゃんはすぐにナナへ飛び、モフモフのたてがみを顔に押し付ける。


「もがぁ!?」

「タワシちゃんモフモフして落ち着いて。」


 しばらくタワシちゃんを撫でるナナ。やがてナナが落ち着いたようでタワシちゃんをワシワシと撫で始める。


「次は大声出さないでくださいね。タワシちゃんが怖がります」


 そう言うとタワシちゃんも「ピィ……」と尻尾をしんなりさせる。

 その顔を見てハッとしたのか、ナナはすまないとばかりにタワシちゃんのたてがみを撫でる。


「いいですかナナ。ここで迎え撃ちます」

「迎え撃つって武器も何も無いじゃないですか。もしかしてこの子を戦わせるとか?」

「いいえ。とびっきりの罠があります」



 ★



 隠し扉はすぐに見つかった。

 二人が建物から出ていないとあれば、隠し部屋や隠し扉という存在を疑うのは流石のニンジャである。


「一人は生捕りにせよ。もう一人は捨て置いても構わぬ」


 リーダー格の中忍が下忍にそう命じると、音もなく階段を降りていく。

 最後の扉は分厚く頑丈だったが、ニンジャは解錠術にも長ける。

 あっという間に解錠して扉が勢いよく開かれると、ニンジャ達はザッと部屋に散開する。

 部屋の中央には石棺と、その周りには畑。

 周囲には木製の棚に、いろいろな薬瓶や虫籠が並べられている。

 少々奇妙な光景だが、地下倉庫として使われているようだ。


(マンドラゴラか)

(見ろ、毛糸が)


 中忍が赤いマフラーの中でニヤリと笑う。

 毛糸がマンドラゴラ――少しムキムキではあるのだが――に巻きついて、石棺の中に続いている。


(なるほど、頃合いを見てマンドラゴラを引くか。そうはいかないぞ)


 囲んだニンジャたちは吹き出しそうになるも、しーっと人差し指を口元に立てる。

 ジリジリと近づいて、一人が石棺の縁に手を添え、もう一人が石棺の中に続く毛糸を切る。これでトラップは無効化された。

 そして一気に石棺を開ける――


「!? いないぞ!?」


 えっ? とニンジャたちが思わず声を上げた。

 中を見ると、確かにいない。

 毛糸も石棺の中に続いているだけで、引く者がいない。


 バタン!


「何ィ!」


 一斉に振り返ると、地下室の扉が閉められていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る