第26話 緊急依頼でござる

「あら旦那様。お散歩はもういいんですか?」

「パミー!!」

「ああ、今日は何か早めでいい気分だ」


 店が終わった後、アルザは二、三十分程度散歩という名の見回りをする。

 昔からの癖だった。常に自分の身の回りが安全かを確認しないとソワソワしてしまうのだ。

 現にこの癖は役に立っている。

 リンネに知られる事なく、何人もの嫌がらせを撃退しているからだ。

 やはり店を開くと問題になるのは同業者からの嫌がらせだ。陰湿なもの、直接的なものと様々である。

 流石にアサシンめいたのを仕向けられたのは驚いたが、連中だったらしく簡単に追い払うことができた。


「……今日はいなかったか。この前尻に刺しまくったのが効いたかな?」

「尻? ……やだ旦那様、私、前からもまだですのに」

「そういう意味じゃないよ。ほら、二階に上がろう。今日もご飯を作ってあげるから」

「はーい」

「パミー!!」


 ごはん、と聞いて喜ぶイエロードラゴンの幼体ことタワシちゃん。幼体とはいえやはり人語を理解しているようだ。基本的にリンネの頭の上にとぐろを巻くか浮いているのだが、アルザも好きらしく頬をスリスリしてくる。


「ホントに君、人馴れしてるな。それともリンネのスキルのお陰なのかな?」

「自覚はないですけど、冒険者ギルドからこんなの貰うと自分の技なのかなとは錯覚しますね」


 リンネの制服の胸に光のは冒険者ギルドのバッヂ。

 ドラゴンの顔を模した公認ドラゴンテイマーの証であった。


「皆が期待してることなんてできませんよ。そもそもタワシちゃん赤ちゃんですし」

「パミー!」

「君らを戦わせようなんて思ってないよ。そもそもここは薬局だからね。戦いとは無縁だよ」

「そう言って旦那様、ゲイザーは倒すわリザードマンを全滅させるわで中々のキルスコアですけどね。狂戦士でもこんなにブチコロコロしませんけど」

「うっ……き、気にしてるんだぞ」

「褒めてますよ。ねータワシちゃん」

「パミー!!」


 くるくるとリンネの頭の上を八の字を描いてとび、やがて彼女の頭にちょこんと乗っかりとぐろを巻く。

 この様子が客にかなり好評で、今やリンネとタワシちゃんを目当てに来る客もいた。

 

「この子のお陰かまた客が増えたな」

「流石は幸運を司るイエロードラゴンってところでしょうか。」

「その分、また消費が増えたからな。汎用素材を卸ろしてもらってるから大分楽だけど、レア素材だけは定期的にダンジョンに行かないと」

「この子はお留守番……はできませんね」


 イヤイヤと首を振るタワシちゃん。

 離れるのは嫌らしい。

 リンネのテイムスキルもこればかりはどうにもならなかった。


「仕方ないな。最初は低層で慣れさせるか。低レベル帯の冒険者に襲われないといいけど」

「それは大丈夫です。冒険者ギルドでこの前散々可愛い可愛いって撫でられてましたから……あ、そうだ。思い出しました」


 リンネがタワシちゃんを乗せたままキャビネットに置いてあった手紙を手に取る。


「旦那様、散歩してる間にお手紙届きましたよ。中身はバッチリ見ましたけど」

「そこは見ませんでしたじゃないの?」

「誰かの恋文だったら燃やす必要があるので――なんか冒険者ギルドの長老様がお呼びですって」


 ★


 翌日、冒険者ギルド。

 アルザとリンネを迎えてくれたのはノームの老爺だった。


「いやぁ〜よく来てくれたアルザちゃん」

「ギルド長、アルザ=イザヨイ参上いたしました」

「そんなに固くならんでもよいよい。おおリンネちゃんもタワシちゃんもいるか。ほら飴ちゃんいるか?」

「いるー!」

「パミー!」


 何故か少女のような反応をするリンネ。彼女は相手によって思いっきりキャララクターを変える癖がある。

 相手が老齢なら孫のような反応をするとか、そういう強かなものだ。半分は詐欺である。

 さてアルザがやってきたのは冒険者ギルドの本部。

 このダンジョン都市と名高い王都アイングラードの中央広場に沿って建てられたそこは、周囲の建物と比べ明らかに大きい。これはそのまま、この都市での力の在り方を示しているのだろう。

 そんな大組織を束ねるギルド長が、目の前にいる優しそうなノームの老人。名をココトス=コールマンと言う。

 柔和で人柄が良く、冒険者は全て孫のように接する長老様。

 見た目では想像できないが、かつては属性付与魔法エンチャントを操り精霊まで剣に宿したとの噂の伝説の魔法剣士マスター・オブ・マジックナイトであるらしい。

 大抵の場合、冒険者ギルドに関わる優しい老人はドチャクソに強いのが相場というものである。

 ココトスのように誰にでも笑顔で自然体で――しかし染み付いた癖なのか特にだ。


「いやぁすまんのう呼んでしもうて。ああこの前もらった腰痛の薬な。ありゃあ素晴らしい。痛みがピターッと止まりよった。こりゃあ現役復帰もできるかもしれんのう」


 カッカッカと笑うココトス。

 冗談なのか本気なのかアルザにはわからない。

 腰が痛いといいながら、その所作に全くのすきが無いからである。


「それで長老さま、今日は何かあったのですか?」

「おぉそうじゃそうじゃ。二人が来てくれて嬉しくてのう。話を忘れるところであったわい」


 そう言ってカウンターに向かうココトス。

 受付嬢が仰々しく渡した羊皮紙のロールを受け取ると、またまたシャキシャキと歩いて戻ってきた。


「これな。アルザちゃんにやってもらおうと思ってなぁ」


 アルザは受け取ると、一礼して結び紐を開く。

 羊皮紙の始まりには【緊急】と銘打たれた赤いハンコが見えた。

 その時点で、これは本当に冒険者ギルドから指名の依頼という事が解る。

 アルザは薬局を開いているが、冒険者ギルドの書類上は銀の表彰盾シルバー・シールドを持つクランマスターである。

 相互扶助を旨とする冒険者ギルドなので、この手の依頼は半ば義務と言っていい。


「教会の連中がの。ダンジョンで迷子になってしもうてな」


 教会で緊急とくれば想像できるのは一つ。

 教会から派遣された高位聖職者ハイ・プーリストか司祭レベルが取り残された事を意味している。


「いつです?」

「二日前じゃの。定時報告が無くなったと教会がすっ飛んできよった」

「どの辺りか見当は?」

「第三階層。古代闘技場でのディスペル作業だったらしいのう」


 ディスペル作業とは名の通り祓魔ふつまあるいは解除魔法陣を敷設する作業である。

 ダンジョンは魔力がよどみ、ある一定の濃度になると不死者や凶悪なモンスターが発生する傾向がある。故に教会は定期的に聖職者を送り、ダンジョンの魔力のよどみを下げているのだ。これをしないと前のゲイザーのように深層のモンスターが出現しやすい。その被害は言わずもがなである。


「なるほど。前のゲイザー騒ぎを警戒してですね」

「そう。どーも教会は今回の事を怖がっておっての。緊急作業じゃて」

「警戒を怠らないのは好感が持てます」

「じゃが蓋を開けてみれば迷子ときた。そんなわけで、ビビりな教会はアルザちゃんをご指名じゃ」

 

 ギルド長は配慮して「迷子」と言うが、恐らくはディスペルに失敗して深層のモンスターが現れ全滅している。

 わざわざ手紙を出して次の日に来させたのは恐らく、他の冒険者達を退避させるためだろう。お膳立ては全て済んでいるはずだ。

 事情は大体把握したが、少し引っかかるアルザ。

 確かにゲイザー騒ぎで名をあげたのかもしれないが、ある意味商売敵とも言える教会から指名とは。

 考えすぎなのだろうかと思っていると、それを読まれたのかココトスはニッコリと微笑む。


「実績よ実績。アルザちゃんはゲイザーを一撃で倒す、名実共にハイランカーじゃからの」

「恐縮です」

「まー気持ちはわかる。吾輩も正直、教会とはあんまり仲良くしたくない。生臭坊主集団じゃからの」

「ギルド長、誰が聞いてるかわかりませんよ」

「いーのいーの。みんな思ってることじゃ。なあ?」


 ギルド長がそう言うと周囲の冒険者たちが


「そうだそうだ!」

「復活費用で破産しちまう!」

「ボッタクリ商会とどっこいだ!」


 ……とはやし立てる。

 随分なヘイトの溜まりようである。


「つまらぬ依頼で悪いのう。アルザちゃんなら散歩のついでで行けるじゃろと思うての」

かしこまりました。お受けいたしましょう」

「えー第三階層ですか!? 私行けないじゃないですか!」


 途端にぶーっと頬を膨らませて抗議するリンネ。彼女のレベルは2だ。第三回層に続く階段を降りようものなら冒険者ギルドの敷いた結界に弾かれてしまう。これは万が一低レベル冒険者が入り込まないようにするためのセーフティーネットである。


「悪いのうリンネちゃん。ほら報酬上乗せしてあげるから我慢してくれ」

「旦那様、お帰りをお待ちしておりますからね」

「パミー!!」


 案の定、報酬の上乗せと聞いて即座に引き下がるリンネ。

 仰々しく礼をするも目の中はコインの光に満ちていた。


「カッカッカ。良いパートナーだのうアルザちゃん」

「……少し極端なところが玉に瑕ですが」

「どうせ歳を取ると丸くなるもんじゃ。今はハッチャケておくに越したこたぁないわい」

「はあ……」


 にじみ出る「昔はヤンチャしたもんだ」という雰囲気を――実際すごい事をしたのだろうが――愛想笑いで答えつつ、アルザは一礼して冒険者ギルドを去ろうとする。


「ああアルザちゃん」

「? どうしましたギルド長」

「いやあ、老婆心みたいなもんじゃがの。なーんか

「きな臭い?」

「ゲイザーが出たのも、こないだの呪詛毒もそうじゃ。ダンジョンは確かに不思議じゃがの、気まぐれもある程度周期のようなものがある」

「今回は不自然であると」

「所詮は吾輩の勘じゃがの。それに例外はあるにはある。何にせよ、のう」


 ココトスの柔和な顔が一瞬だけ剣客のそれになった。

 今にも剣閃が飛んできそうな鋭い目は、アルザのそれと比較にもならない。

 やっぱりこの手のお爺ちゃんたちはおっかねえ。タツジン怖え。

 ちゃんと義務を果たそうと、アルザはビビりながらダンジョンへ向かった。



――――――――――――――――――――


本日から毎日更新に戻ります。

最後までお付き合いいただけたら幸いです。

よろしくおねがいします!

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