第16話 第二階層でござる
第一階層は調べ尽くされているとはいえ、モンスターの出る場所。油断をしているとあっという間に囲まれてタコ殴りというのはそう珍しくない話だ。
特に採取の時などは背後がおろそかになる。ゴブリンやコボルトなど知恵の回る人型モンスターはそこを狙っていたりする。
「あ、ゴブリンテノヒラゴケみっけ。旦那様、ここらへんむしって行きましょう」
「いいね。ちょっとお願いできるかな」
「もちろんです。旦那様に取り方教えてもらったので」
ふんす、と気合を入れるリンネ。
「いひひ……旦那様の言う通り、お金が生えてるようなモンですね」
嬉々として採取しているリンネ。この苔の花一つで高級薬品ができると知ってからというもの、夢中になって採取している。
最近知った事だが、この手の高級薬草の詳細はあえて伏せられているらしい。というのも、安易に冒険者に知られると乱獲があったり、雑に採取して再び生えてこなくなったり、採取したも素材もすぐ劣化してしまうからだとか。
冒険者ギルドを通じて貰った錬金術ギルドの「採取スキルがレベル5になった皆様へ」という
「共同利益の為にも秘密を守り、所持スキル沿った素材採取にご協力下さい」
「パーティー主、あるいはクランマスターまたは工房主等は、弟子に採取を指示する際必ず側で監督を行い、秘密を守るよう指導してください」
と前書きがあって、
「いいか絶対だぞ? 絶対に守るんだぞ?」
と念押しされた上で
「約束破ったらやべー事になっからな!」
と最後には半ば脅し文句が書いてあった。
この手の秘密は不思議とルールを守る人が多い。
邪な考えを持つ輩も出そうだが、それが目立たないと言うことは粛清――つまりそれを代行する
これだけの大きなダンジョン街ならば、必ずアサシン協会がある。ニンジャとは違い暗殺特化した彼らは粛清代行も請け負うことがある。
錬金術ギルドも大きな勢力であり、これだけしっかりした
幸運なことにアルザは採取レベルが高く乱獲もせずギルドに身分を登録しているのでセーフ。
リンネについてはアルザの責任と監督下の元に採取しているので、これまたセーフということだ。
「そうそう、やさしく茎だけ。根は残してやってくれ」
「やらしく棒だけ? 根まで深く咥えて?」
「どこをどう聞いたらそうなるんだ……」
そう言いながらちゃんと言われた通りにするリンネの姿を見て、アルザはなんだか親心に似た気持ちがこみ上げてくる。
別に仕事を与えてやったとか、自分が
あのとき。リンネが元雇主に戻ろうとしたあの顔。自分を完全に捨てようとしたあの顔は、二度とさせてはいけないとそう思ってしまったから、彼女が楽しそうしているのを見ると純粋に嬉しいのだ。
なんで赤の他人に対してこんな事を思うのかはハッキリしている。自分がそうだったからである。
アルザは常々、何故イザヨイの名を継いだのか不思議でならなかった。
こんなニンジャに向いていない男が、気まぐれに拾われて技を叩き込まれただけの自分が何故と。
そんな自分の性根が見えたから嫌がらせがあったのだろうし、果てには無能の
それは当然のことだと思っていたからショックこそ緩和できたが、ふと思い出すと、心に鈍痛が走る。
簡単にニンジャの名を捨てたのは、彼女と同じ捨て鉢状態だったのだ。
そんな中、思いつきで出てきた「薬を売る」ということ。これはリンネがいなかったら思うだけで実現しなかっただろう。
彼女に出会わなければ、アルザは日銭を稼ぐためにソロでモンスターを狩り尽くして、やがて心を失ってタイマニンジャになっていたのかも。
そういう意味では彼女に恩を感じるし、二度と悲しませてはならないという義務感すら感じる。
皮肉なものである。
アルザの抱えるそれは愛に似て。
それは己に対する忠でもあり。
彼女に対する義である。
故に、リンネが
時間が解決するか、
「くそっ……じれってーな。俺、ちょっとやらしい雰囲気にしてきます!」
と誰かが全力を尽くさない限りは、である。
「その横に生えてる細いキノコは解毒にも使えるから、ついでに採取しちゃおう――ん?」
夢中になって採取するリンネをよそに、微かな邪気を感じ取るアルザ。
やがてヒュッと奥のT字路に向かって投げたのは十字手裏剣。
ギュリりリとカーブして角に消えてゆく。
その直後にドサリと何か倒れる音と、ドタドタと数人が走って去っていく音が聞こえてきた。おそらくはゴブリンたちだろう。
「? どうしたんですか旦那様」
「いや何でもない。ちょっと気配がしただけ」
「あらやだ旦那様……二人っきりがいいなら、もうちょっと静かなところでパンチラしますのに」
「冒険者の中には青少年がいるかもなので、頼むから
「この程度で
「
と、いつもこんな感じで採取は進んでいく。
リンネの軽口は時にモンスターを呼び寄せることになるが、大抵はアルザの手裏剣でだいたい何とかなってしまう。
そもそもアルザは元ニンジャなので
それでいて
さらには――めったに抜くことはないが――多少の居合スキルもあるので
つまり彼一人でパーティーの役割がほとんど兼ねることができるのである。
ニンジャ恐るべしであるが、一つだけ足りないとすれば運搬ストレージ。軽装が故に、荷物をあんまり運べないのである。
が、ここにリンネという
知ってか知らずか、望むべくか望まざるが故にとも言うべきか。二人は実に完成したパーティーなのであった。
だからこそ、初心者脱出の証でもある第二回層に難なく踏み入ることができた。
「これが第二回層。旦那様、私ここ初めて来ました。レベル2ですから、結界も通れますね」
リンネの言う結界は、ダンジョンの入り口に設けられた入場制限である。魔力の篭った杭と杭の間にステータスを読み取る術式が組まれていて、推奨レベル以下だと透明な壁が冒険者を阻むのである。
「第一階層がけっこう広いから、ここまでたどり着く冒険者も限られているんだよな」
「……ここ、本当にダンジョンなんですか? 完全に森なんですけれど」
第二回層は第一階層の墓地区域とは打って変わって森林地帯。人工的なトラップはないものの、草むらから突如モンスターが飛び出してくることが多々ある。
「まあ第二回層も大分調査が進んでるから。ちゃんと道もあるし」
「ご丁寧に入り口にベースキャンプ設備はあるし、小さな掲示板もありますね。なになにリザードマン注意?」
「第二回層はそいつらだけ注意すればいいって聞いたことはある。ここも前の仕事で通っただけだけど――」
「旦那様。ダンジョン街は初めてなのにダンジョンはお詳しいのですね。一体どこまで潜ったのです?」
「確か第六階層」
「あのー、現状報告ある階層の最前線なんですけど。旦那様ホントに無能で追放されたんです? やっぱり快楽殺人とかやらかしてませんか?」
「サイコキラーじゃないよ……お? 何か来たな」
ピクリと反応するアルザ。リンネはその言葉に反射的に彼の背中に隠れた。
アルザは音のする方に向き直り、既に棒手裏剣を手にしている。
ガサガサと草をかき分ける音に、ガチャガチャと金属の音。
リザードマンが出待ちでもしていたのかと思ったら、草むらから出てきたのは統一された鎧の集団だった。
「くそ、こんな時に
「隊長を守れ! 賊を囲め!」
ゾロゾロと出てくる鎧の者たち。皆フルフェイスでフルプレートアーマーである。胸には見覚えのあるエンブレムが掘られていた。
「旦那様! こいつら
「お、おおこれが。みんな鎧来てる。かっこいい……」
アルザも男の子である。ビシッと
「や、ヤバいですよ旦那様! ズラかりましょう!」
「リンネ。俺たち何も悪いことしてないから。誤解を招くことやめて」
「――ハッ! そうだった。すいませんガラの悪いところにずっといたから反射的に」
「いやほんと気をつけて。殺気立ってるとどんな人でも誤解するからさ……あのー、俺たちそういうのじゃないので安心してください」
「黙れ! その目つきでまっとうな冒険者であるものか!」
「白いローブはどこぞの
「こ、こいつ……幼い子に荷運びなどさせて! さては奴隷商人の類か!? 許さん!」
まさかまさかの誤解の元はアルザであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます