第7話 スレイン法国の最奥で

 スレイン法国の最奥たる神聖不可侵の間に、最高神官長をはじめとする入室を許された、六宗派の責任者たる神官長たちが集っていた。


 二週間前、アインズ・ウール・ゴウン魔導国の建国にいたる大虐殺と支配地のエ・ランテルにおける統治の状況に、手を出すのがあまりにも危険すぎるとして問題を棚上げにしたばかりである。


 その時に決められたことは、人類の切り札である漆黒聖典の番外席次、絶死絶命を動かすことを評議国に了承させること、引退した元漆黒聖典のメンバーを現役に復帰するよう打診することの二点である。前者はエルフ国との戦争を一刻も早く片付けるためであり、後者はビーストマンに食糧庫とされている竜王国の援護のためである。


 いずれも、魔導国に対する直接の手ではない。魔導国に対するための、戦力温存のための手段にすぎない。

 では、今日集まったのは何のためか。


 定例の掃除と祈りを済ませ、本日の進行役である光の神官長イヴォン・ジャスナ・ドラクロワが一同を見渡した。


「では、会議をはじめよう」


 誰も意義を唱えないことを確認し、イヴォンが続ける。


「まず、前回からの懸案であった魔導国に関する情報と、エルフ国との戦況、竜王国に対する援護の報告を行ってくれ。その後、解決していない懸案事項、新しい問題について協議する」


 イヴォンは協議すべき内容を並べていく。どれ一つとして、おろそかにできない重要事項だが、もっとも警戒すべきはどうしても魔導国だ。魔導国だけが桁外れの戦力を有ししているのは間違いがなく、まともに武力衝突などすれば、どれほどの損害を受けるかわからない。


 しかも、戦争となった場合に、被害を出すのは一方的に法国側だろうと推測される。何しろ、魔導国の兵力のほとんどがアンデッドなのだから。


「魔導国だが、意外なほどおとなしいな。エ・ランテルに常駐している兵力だけで王国も帝国も滅ぼせるだろうに、そんな意図がないように見える」


「そう判断するのは早計だろう。まだ、動かない。それだけかもしれない。何を待っているのかは知らないが」

「それについて……帝国に潜伏している風花聖典から報告があります」


 現在六色聖典のすべてを統括している土の神官長レイモン・ザーグ・ローランサンの声を受けて、一同が固まった。風花聖典は法国の目であり、耳である。いままでは、風花聖典こそが法国を支えているとも考える者もいた。ただし、魔導国については危険が大きすぎて、積極的な侵入すら控えている。


「続けて」


 イヴォンに促され、レイモンがうなずく。


「帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスが、魔導国に属国の申し入れをしたそうです」

「なにっ!」

「人間を売ったのか?」


「なんと早まったことを……はやり、信用してはならなかったのか」

「そうとは限るまい」


 最後に口を開いた水の神官長ジネディーヌ・デラン・グェルフィに視線が向かう。ジネディーヌはこの中でもっとも高齢で、本人も引退を望んでいるが、ジネディーヌの知識と知恵はこの国に欠かせないものとして、現役を辞められないでいる。


「ジネディーヌ老、それはどういう意味ですか?」

「私には、ジルクニフも我々と同じ結論に達したのだと思える。人間という種の存続のために、最善を尽くそうとした結果なのではないか? それほど、絶望的な戦力差だと実感したのだろう。我らのように、漆黒聖典や神々から託された力の存在を知っているわけではないのだ。持ち得る力で人間という種を存続させるためには、魔導国という巨大すぎる力の傘に入るしかないと考えたのであろう」


「……確かに、帝国の戦力で魔導国に抵抗しようというのは、単純に自殺行為ですか。いち早く態度を決めたのは、かの皇帝らしいともいえますな。やはり、神人の存在を公にするべきだったのでしょうかな」


「それはないでしょう。神人だとて、無敵でも不死でもないのです。真に必要な時まで秘匿しておくのは当然です」


 火の神官長であるベレニス・ナグア・サンティニが首をふりながら言った。


「火の神殿は、帝国で最も力のある神です。ベレニアス、何かこのことについてご存知ですか?」

「そうだね……神殿の神官たちが皇帝に会う約束をしたところに、魔導国の王が現れたぐらいか」


「なっ! ちょ、直接魔導王と接触したのですか?」

「神官たちは接触していない。ただ居合わせただけで、口も利いていないらしいよ。だが、極秘のはずの皇帝との面会に合わせて、魔導王が現れたと聞いている。帝国が法国を売ったとは、神官たちも結論付けていないようだが……信用できる相手ではない、と考えているらしい」


「では……魔導王の人となりについては、ジルクニフは把握しているということもでもあるな。いずれにしても、既に帝国は魔導国の属国になろうとしているのだ。パラダインがいることが、見切りを早めたとも考えられる。王国の馬鹿どもより、人間が直面している危機に対して明確に理解しているだろう」


「皇帝を切り捨てるのは早計か。しばらくは、様子見だな」

「では、新たらしい情報が出るまで帝国については不問といたします」


 司会役の光の神官長、イヴォンが一同を見回す。異論は上がらない。イヴォンは続けた。


「次に、エルフ国との戦争の状況ですが……レイモン、度々すまんね」

「いえ。お構いなく。聖典の指揮を一手に任されている以上、当然のことです」


 土の神官長レイモンが続ける。


「エルフたちは森での戦いに長けており、エルフ国の陣地での一進一退の攻防が続いておりましたが、火滅聖典の働きでエルフ国の首都がある三ケ月湖に拠点を築いたところまでは、ご承知の通りです。その戦に漆黒聖典の番外席次を投入するか否か、ということが前回までの課題でしたが、やはり評議国からは色よい返事は得られませんでした」


「異形種どもめ」

「奴らは、何と言ってきた?」


 番外席次、絶死絶命はアークランド評議国との協定で、真に人間種の危機と言える状況でなければ外に出すことができない。それは、評議国の中でもっとも強い白金の竜王が、絶死絶命を八欲王ゆかりの人間だと考えているからである。


 八欲王は500年前に一時大陸を支配し、竜王たちと激しい戦闘を繰り広げたプレイヤーである。当時の最強種であった竜王たちを絶滅寸前までに追い込み、現在の強い肉体能力を持つ一種族にすぎない存在にまで貶めた。


 結果として竜王たちは八欲王を殺し、現在までその血は伝わっていないはずだが、白金の竜王はなぜか絶死絶命に八欲王と同じものを感じ取っているらしい。それが濡れ衣であることを神官長たちは知っているが、当のドラゴンが自説を曲げようとしないので、説得のしようがないのだ。


「以前と同じです。エルフ国と法国の戦争に、人間種の存続は関わっていない。あの娘を投入するのなら、自ら乗り出して殺すと」


「あのドラゴンに動かれては、我が国に甚大な被害が出かねん。では、打つ手なしか」

「しかし、悪い話ばかりでもありません」


 レイモンの言葉に、神官長たちの視線が集まる。最近、悪い話しか聞いていない面々は、少しばかり期待したようだ。


「王都から見える位置に砦を築いても、かのエルフ王は戦場に姿を現しません。外に出ることができない事情があるのでしょう」

「あれが動かないとしても、そんな全うな理由ですかな?」


「案外、エルフの女どもに精力を吸い取られているかもしれませんぞ……あっ、これは失礼」

「いえいえ、私も、そんなことで動揺する歳ではありません。しかし、エルフの寿命は長い。エルフ王の現状について、探ることはできないのですか?」


 この場で唯一の女性であるベレニスにとっては、女性として気遣われるほうが気持悪い、とでも言いたそうな顔をしていた。問われたレイモンが口を開く。


「あの国は、エルフ族だけで構成されていますからね。潜入して情報収集というのは非常に困難です。魔法的な諜報活動は可能でしょうが、魔導国に関連して、諜報系の魔法に対してもかなりの数の対応策があることが判明しました。相手を覗き見て、爆発させられるのでは割にあいません。その点の考察ができなければ、安易に覗くこともできません」


「占星千里が、魔導国を覗き見たのではなかったか?」

「あれは戦場を覗いただけです。魔導王を覗こうとすれば、今頃占星千里も爆発していたのではないかと思っています」


「では、過去にエルフ王を魔法によって監視したことはなかったのか?」

「いえ……過去にはありましたが、相手にダメージを与える対抗策があるとわかった以上、その解明が先かと」


「レイモン殿、その慎重な判断は非常に大切だとは思うが、前線に立つ兵士の命にかかわることだ。エルフ王国は、エルフ王さえ押さえれば、戦線の維持は難しくない。あの王の動きを探ることに注力してくれ」

「可能な限り」


 レイモンの返事を受け、司会役のイヴォンが次の議題に移る。


「竜王国への援護についてですが、退役した漆黒聖典へ声をかけるということでした。これは私から報告させていただきます。声をかけた元漆黒聖典のメンバーは十五人、この内の十三人までが竜王国への援軍に同意してくれました。もちろん、強制はしておりませんし、威圧的に出たわけでもありません。さすがに漆黒聖典にいた者たちです。意識が高いといいますか……辞退した二人も、親の介護や子供の看病で手が離せないためです」


「相手がビーストマンだと聞いて、安心したのではないか?」

「さすがジネディーヌ老ですな。その通りです。魔導国の噂は、彼らの元にも届いていたようです。これが魔導国に行けと言われたら辞退していたという者がほとんどで、ビーストマンの国に出征していれば、魔導国の凶悪なアンデッドに向き合わなくて済むと考えたようですな」


「まあ、本音がどうあろうと、自らの意思で竜王国に向かってくれるのなら、我々が何を言うこともあるまい。多少腕が落ちていようが、ビーストマンに後れをとる者たちではなかろう」

「そうですな。では、竜王国についての議題はここまでといたします」


 イヴォンは呼吸を落ち着かせた。ここからが本題だ。まだ未解決、というか、全く解決のめどが立たない問題があるのだ。


「では、次にアインズ・ウール・ゴウン魔導国への対応ですが」


 最高位の神官長たちが、互いに顔を見交わすことも無く押し黙った。あまりにも理不尽な戦力を誇る隣国に、過去数百年にわたり人間最高の戦力を誇ったスレイン法国の指導者たちが沈黙する。


 口を開いたのは、最高神官長だった。神官長たちが口をつぐむ中、自分が言うしかないと判断したのだろう。


「相手の戦力は、我が国より上だと考えるべきだ。いざ戦いとなれば、漆黒聖典の番外席次を動かしたとしても、評議国も黙認せざるを得まい。事がおきれば全戦力をもってあたる。それまでは、衝突を避けつつ、国力の増強に努める。その方しかあるまい」


 最高神官長は、通常は会議を見守るだけで口を出すことはない。魔導国についての議題が、いかに重要かが知れる。

 イヴォンは最高神官長に頭を下げた。


「ご意見のある方はおられますか?」

「最高神官長のおっしゃるとおりじゃろ」

「ああ。他の手だてはあり得ん」


「わかりました。では、次の議題です。魔導国とほぼ時を同じくして建国された、ゴブリン王国への対応ですが……」


 イヴォンの言葉に、魔導国に対するものとは全く違った反応が起こった。


 ゴブリン王国は、アインズ・ウール・ゴウン魔導国の隣接、あるいは魔導国の敷地内と思われる片隅に建国された王国である。

 魔導国から見て南西、つまりスレイン法国と魔導国に挟まれる位置を占めている。


 明確な国境線がないため領地侵犯とは言い難く、魔導国はすでにゴブリン王国を正当な国家として認めるとの声明を発表しており、法国側からそれを否定することは難しい。魔導国との関係を悪化させることになりかねないからである。


 首都は魔導国の中心都市エ・ランテルから南方に20キロ、南北に走る名も無いなだらかな丘陵地帯に挟まれた窪地で、荒れ果てた大地のためモンスター以外には住んでいなかったはずの場所だ。


 距離的には魔導国にきわめて近いといえるが、魔導国は強固なアンデッドに守られており、周辺にゴブリンの国があろうが、気にしていないのだろうと想像された。


 王は覇王エンリと呼ばれる女王で、文字通り人間で敵う者はいないと言われる。種族は人間らしいが、どういうわけかゴブリンたちの信頼が厚く、逆らったり裏切ったりするゴブリンは一切いないらしい。


 ゴブリンに限らず雑多な亜人種を受け入れているほか、少数だが人間種も生存しているらしく、国民(亜人種を含む)はすでに2万人に達するという。

 今回の司会役としてイヴォンは説明をしていったが、ここに居並ぶ神官長であれば当然知っているだろう情報だ。あえて説明したのは、認識の再確認の意味が強い。


「ゴブリンが2万匹か……トブの大森林とかいう場所には、かなりの数のゴブリンがいるとは聞いていたが……陽光聖典が殲滅の任務を果たせなくなってから、急に増えたのか?」


「言っても始まらん。問題は、ゴブリンの数ではないだろう。ゴブリンをまとめ上げ、国として独立させた者の存在が重要だ。位置からいっても、魔導国が関わっていないとは思えん」


「覇王エンリについては情報がないのか? 突然、そんな人間離れした存在が現れるとは……アインズ・ウール・ゴウン魔導王の例があるか……」

「魔導王と一緒にして考えると、覇王エンリもかの者たちということになるぞ」


「可能性はあるだろう。時期は一緒だ。アインズ・ウール・ゴウンは、存在が確認されてから、建国まで間があった。覇王エンリは王として突然君臨しだした。あるいは、魔導王に実力で建国を認めさせたということもあり得るだろう」


「しかし……ゴブリンだぞ。魔導国のアンデッドと同列に考えるべきではないだろう。2万匹のゴブリンが、我が国の脅威になり得るのか? 問題は、魔導国がどの程度関わっているかということだけではないのか?」


「ゴブリン王国の戦力はどの程度だ? 強いモンスターが警備に着いているのか?」


 話を振られた司会役のイヴォンは、六色聖典を管理しているレイモンに視線を向けたが、首を振られた。レイモンが把握していないのであれば、この場にいる誰も知らないだろう。


「ゴブリン王国だが……魔導国以上に人間の数が少ないようだ。その人間も、全員が顔見知りのようで、潜入するためには一切姿を見られない必要がある。そんな難易度の高い計画を立てるなら、はじめから殲滅部隊を送ったほうが早いぐらいでしょう」


「なら、殲滅部隊を送ったらどうだ? 陽光聖典でなければ勤まらないということではないだろう」

「しかし……魔導国は真っ先に建国に対して支持する態度を表しているのだ。刺激するのは懸命ではない」


「では、少数部隊が適任、ということになるな」

「解りました。漆黒聖典に適任者がおります。しかし……問題はもう一つあります。我が国の、国民の反応です。従前から評議国と隣接することを避けてきたとおり、我が国の国民は亜人に対してきわめて悪感情を持っております。隣接にゴブリン王国ができたと知れば、世論が黙っていないでしょう」


 レイモンの言葉に、ジネディーヌ老が眉を吊り上げた。


「その前に殲滅してしまえばいいだけじゃが……そこまでレイモンが言うからには、既に不都合なことが生じておるのか?」


「おっしゃる通りです。すでに、国民にゴブリン王国の建国について告知が出ております。建国記念パーティーの案内が、我が国の街中にばらまかれております」

「……誰がやった?」


 亜人を殲滅することでは、歴代でも指折りの戦果を挙げている風の神官長ドミニク・イーレ・パルトゥーシュが声を荒げた。ドミニクから見れば、侮辱されているのも同然だろう。


「不明です。ただ……ゴブリン王国の建国前に準備されていたことは明白です。気が付いた時には、我が家にも案内が届いていました」


 神官長の住まいは秘密でもなんでもない。この国の指導者というより、聖職者として認識されているので、住所を知られて困ることもない。


「国民の反応は?」

「ゴブリン王国を滅ぼすための民兵の募集が始まっております」

「……誰がやっている?」


 神官長たちが誰も知らない間に、戦争が始まろうとしている。しかも、正規の軍を抱えるスレイン法国において、民兵を組織するほどに国民の動きが速い。誰かが先導していないはずがないのだ。


「不明ですな。言えるのは……国民の間から自発的に起こったもの、に見せかけているということでしょうか。すでに民衆は動きだしています。正規軍を動かさなくても、戦争状態になるでしょう」


「止める方法は一つじゃろう。民兵が終結する前に、速やかに殲滅することじゃ。それで……民兵の規模は?」

「現在の見込みですと、3万です。戦いの経験はないものばかりですが、士気は高いとのことです」


「なら、それに任せるということもできるな」

「死者もかなり出るぞ。勝手に戦って勝手に死んだ、として見て見ぬふりをすることはできないだろう。戦死者への弔慰金だけで、かなりの出費だ。それに……問題は魔導国の反応だということを忘れている」

「そうだな。すまん。では、イヴォン、まとめてくれるか」


 ドミニクに託され、イヴォンが首肯する。今日の会議内容を総括するのだ。


「レイモン、漆黒聖典の一員に命じて、ゴブリン王国を殲滅してくれ。一刻も早く。ゴブリン王国なんか、はじめからなかったことにするのだ」

「任せてくれ」


 土の神官長レイモンが頭を下げ、スレイン法国の最高会議は終結した。

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