第35話 悪魔的成長

下山しようと、彩に声をかけるが、反応がない。大分落ち込んでいるようだ。


「これで分かっただろう?無理をすると後々つけを払うことになるって」

「ああ、十二分に。君はこうなると分かっていたのかい?」

「まあな」


そう聞くや否や、顔を俯かせてしまう彩。思考がどんどん悪い方に傾いていくのが目に見えてわかる。強烈な自己嫌悪に陥る彩。


「そうか…ボクは…英梨を言い訳にしていたんだ、最低だね」

「そうか?別にそうだとは思わないけどな」


確かに、皐月を言い訳にして無理をしていたが、彩の場合皐月のことを考えていたのも事実。


そこまで、クズというわけではない。


これは紙一重の問題で良くも悪くもなってしまう。いわゆる、すれ違いのきっかけになりやすい問題だ。


「彩は、皐月が楽しんでいるのに水を差したくなかったのだろ?その気持ちは分かる。でも、お前が楽しくなければ元も子もないだろう」

「そうだね、親友失格だね…」


全然話がかみ合わない。相当精神に来ているな。


「はぁ~、そんなに失敗を引きずるなよ。今回はたまたま、人を頼らないっていう彩の性格の欠点が出ただけだ。」


彩の場合、つまずいたことがないから、一回つまずいてしまうとそこから起き上がることが難しいのだろう。


今まで、何でも、才能に任せてそつなくこなしてきた弊害だ。一人で何とかするというのは確かに周りに手を掛けずに済むが、裏返せば孤立するということ。


孤立すれば、頼るという感覚をなくしてしまう。


どこまで頼っていいのか、何なら頼むことができるのか


そして募る孤独感、彩は無意識だっただろうが、周りの人間をからかうのは孤独感を紛らわすためだと考えている。


「彩のその性格が完治するのは、まだまだ時間がかかる。それは別におかしいことじゃない」

「……」

「何回でもつまずけばいい。そのたびに手を差し伸べてやるから」


あの日、ちゃんと彩を見ていると約束したのだ。

だから、無理してない、傷ついていない、なんていう嘘に騙されないようにしなければならない。


とりあえず足をひねって歩けない彩を歩かせるのは危険だ、背負って下山をしよう。


登山をする際は登るよりも、下山の方が危険だと言われるため、慎重に足元を見る。


「すまないね、せっかくの修学旅行君も回りたかっただろうに…」

「気にするな。皐月のあの鬼みたいなスケジュールから離脱できたことに感謝さえしているよ」


ホントに。今日もあの勢いで回られたら、明日こそはぶっ倒れそうだった気がする。ほんといいタイミングで離脱できた。


俺の背中に頭をつけている彩が、ポツリ、ポツリと話し始める。


「ボクは、昔からね、神社とかに来るといつもこんな風なことが起こるんだよ…どうやら嫌われているようだ」

「毎回か?…それは反対にすごいな…でも、嫌われてはいないと思うけど?」


昔から、神様のことを父なる神と呼んでいるように、きっと神様は厳格な父なのだろう。


アニメなどにかなりの頻度で登場するあの頑固で、ツンデレなおやじ。


「どちらかというと贔屓だな。神は人間の父であり、子供には試練を与えるという言い伝えがあるみたいだし」

「それは厳しいな…生憎ボクは、パパには甘やかされてきたからね」

「確かに」


彩の父親の性格を思い浮かべてみるが…あれは、親バカのいい代表例くらいになるくらいには甘々だ。


思い浮かべて、笑ってしまう。きっと、ここで足捻ったから迎えに来てと電話すれば飛んでくるに違いない。


…まあ、きっと母親の雷も飛んでくるだろうが…


「でも、君がずっとそばに入れくれるというなら…別に直さなくてもいいかもしれないね」


おっと? なんか楽な方に流され始めたぞ。


「別に、直さないなら直さないでいいが…後で苦しむのはたぶん彩自身だぞ?」

「……それは…そうかもしれない…ね」


人を頼るなんてことをしない人間の結末なんてたかが知れている。

それに、人を頼れない人間が、俺を頼れるわけないし。

反対に俺を頼れるなら、他の人にも頼れるのだ。最後まで、人を頼れず、信用できない人間は、自分で自分の首を絞めつけるように苦しんでいく。


「でも、本当に君さえ手に入れば、君のすべてをボクにくれるなら他は全部いらない…」


そんな誰かの呟きを聞き逃してしまった。俺が想像している以上に依存しきっている誰かの言葉を







§





山の麓というのある程度の賑わいを見せているようで、視界の至るところに屋台が立ち並んでいる。そんな煩雑で雑多な場所を少し抜け出したところに休憩所があった。


「ホレ、ちょっと早いが昼飯を買ってきたぞ?」


無事、スタート地点まで下山することができ、近くに設置されていた休憩施設で彩を休憩させていた。その間に昼飯に何を食べようかと思い、いろいろ回ってると、屋台で珍しい食べ物を見つけたのだ。それを彩に手渡す。


「……これは…」

「プルダックポックンミョン」

「いや…よくこれが売っていたね…」


彩が呆れたようにため息を吐く。小学生がよく買う飾り付けられたれた竜の刀を見た母親のような顔をしていた。


しかし、それにプルダックポックンミョン関しては俺もびっくりだ。これで昨日の夕食の時山本とした会話の伏線は回収できただろう。


彩が本当にどうしようもない人を見る目でこちらを見てくるが気にしない。ネタで買ってきた物だ、笑ってくれればそいつも報われるというもの


しかし、彩はそのまま当然と言わんばかりにパクリと口に含んでしまった。


「あ……」

「っっ辛!!!! すまない、水を…」

「いや…見た目からやばいって判断できるだろうに…彩ってもしかしてバカなのか?」


涙目で舌を少し出しながら頼み込んでくる彩。ウルウルと目が輝き、いつもの飄々としたかんじではない。痛い目を見たクソガキのような反応をする。


ゾクゾク


まさかネタで買ってきたプルダックポックンミョンを食すなんて予想外だった。とりあえず近くにある自販機へと走る。


その途中、ドラックストアを見つけたので包帯とシップを購入した。決して、時間を遅らせようとかそういう邪な思いはない。


飲み物と、シップを購入し終えた俺は急いで彩の元へ戻る。


謝罪のため、彩が飲み物を飲んでいる間、俺は彩の足にシップを貼るために靴と靴下をスルスルと脱がす。すると現れたのは白くスベスベとした、御み足であった。


俺はこれで蹴られたのか…なんていう邪な記憶がよみがえってきたが、頭を振り霧散させる。


悪霊退散、悪霊退散、御足最高、脳内保存…ヨシ!


現場猫のように無事欲望に負けたことを確認する。


「君もひどいことをするね…」


辛さが幾分か落ち着いたのだろう。拗ねたように抗議の意を述べてくる。


「ほら…あれだよ。これも試練っていうやつだよ」

「それにしてはボクが苦しんでいるのを見て笑っていたように見えるけどね」


それはしょうがない。いつも調子乗って揶揄われている彩が辛さで悶絶している姿に思わず笑いが込み上げてきたのだ。

とりあえず、足に包帯を堅く巻き応急処置を終わらせたので、彩の隣に座る。


「それにボクは神様に厳しくされているんだ、君はボクを甘やかしてもいいじゃないか…」


そうすると、いきなり俺の胸にあたまを押し付けてきて、か弱く、細々しい声で訴えてくる。それは、いつも誰にも頼らず一人でこなす彩には似つかわしくない声で、誰かにより縋るような声で。


「え!? ああ、そうだな…」


俺がしどろもどろになりながらそう答えると、彩はパッと顔をあげる。

下をペロリと出して、目を細めてニヤニヤとこちらの顔をのぞきこんでくる。


「なるほど、なるほど人に頼るときはこのように頼むと効果的なのか。実に興味深いよ」

「いや…おま、はあっ?!」

「どうしたんだい?頼ってもいいといったのは君の方じゃないか。それに前にも騙されないようにと言ったのを忘れたとは言わせないよ。」


俺は、途端に恥ずかしくなり顔を覆う。俺は彩をよくない方向に成長させてしまったのかもしれない。


そう俺は顔を覆ってしまったのだ。だから、




俺に抱きついたまま、顔が真っ赤に染まった彩に




気づくことができなかった

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