第8話 桜を礼讃せよ!

それを息を飲むほどに美しいと思った。桜色がかった白色の髪が、ふわりふわりと跳ねている。


目が閉じられているのは残念であるが、地面に落ちた桜の花びらが、風に吹かれて舞い上がるがの如く幻想的に髪が揺らめいている。


それはまるで、散ってもなお、を作り上げる花びらが4月に舞う雪のように、辺を別世界へと塗り替える情景に似ていた。


サラサラと振れる桜色がかった白色の髪が、優しく包み込むような光を放っていた。

そのやわらかい光に照らされ、顔の輪郭が影を伴い写し出される。


元来、日本の文化では美しい情景をすべて見せることをあまり良しとはしない。

暗い部屋から障子を少し開け、色づいた紅葉が木の床に反射された情景を趣深いと言う文化なのである。


付き纏っている陰は彼女の顔の堀の深さを強調し、美しさを引き立てるのに一役買っているようであった。


西洋のような派手さではなく、何処か謙遜を携えた様相ようそうを美ととらえる平安の日本人の気持ちも理解できるというものである。


「どうだい? 魔素の操作の仕方についつての感覚は掴めたかい?」


瞼をゆっくり開いて、紺青とその瞳の真ん中に黄色の点が現れる。


「あ、ああ、まあね。魔素をどのように動かせばいいのかにつては、大体感触をつかむことができた。だけど細かい点についてはまだあやふやだな。」


魔素を操作するイメージは大体つかむことができた。


前に失敗した水魔法では、魔素の動きを止めて圧縮する感じだし、火魔法では反対に魔素を加速させ、魔素同士をぶつけ合うイメージであった。


風を起こすには、魔素の空気中の密度に差をつけるとか、物理現象に対する知識が少しでもあれば、思うような事象を起こすことは簡単だけどなあ…


それでは何が難しいかというと、魔素の加減なのだ。水魔法では、魔素を圧縮しすぎて固体である氷を生み出してしまうなど、水を生成するのにも繊細な加減が要求される。


「ほんとかな? それにしては、さっきから随分とボクを熱心に見ているじゃないか。」


揶揄うような口調で桜は話しかける。しかし、そう嗤う桜の顔は片っぽの口端がつり上がる、不均一なものであった。


バ、バレている…。なんでだ、なんで俺はこんなにもばれるんだ!


前世の中学校では、掃除当番があり交代制で回されることが多かった。中学生といえば、掃除なんてやってられるかと、よくさぼったり、掃除時間中に遊んだりする人が大半である。


俺も勿論その大多数の一人であり、隠れてさぼったりすることが多かった。俺はそれがかっこいいと思っていたし、実際格好良かった。

誰が何と言おうとも、現実とは7割増しくらいで、恰好よかったはずなんだ!


でも、なぜか、いつも、俺だけ、先生にサボっている姿を目撃されてしまうのである。


自分の持ち場がの掃除が終わり、まだ掃除中の友人と話していると、いきなり背後から「お、先生の前で堂々とサボとはいい度胸をしているな。」と誤解され罰を下され


またある日は、物陰に隠れて寝ていたところ、いきなり先生用の長い直線定規で腹を刺されるなどと、サボったときに限ってばれるのである。 


廊下のど真ん中で先生からご教授お叱りを受けていると、そばを通りかかった女子が「はっ」とくだらないオヤジギャグを聞いたかのような目を向けて通りすぎていく。


違う!あの女子は鼻炎だっていってたじゃないか!俺をあざ笑ったわけじゃない!

その女子と掃除当番が同じとき、やたら先生に見つかるのも偶然だったてことにしたじゃないか!


常日頃はしっかり掃除して、優等生を地で行く模範生を演じているのにもかかわらずサボったときピンポイントで見つかる。俺は呪われていると、どれだけ悩んだことか…


先生に怒られてもなおサボっている理由は、付き合ったあの女のの彼氏が悪系だったからではない。そのような理由は断じてない。ちょっと悪系が俺に似合うなと思っただけである。


それでもめげずサボり続け、先生に先生に目をつけられた結果、俺を囮とする、新しいサボり方ができていたことに驚愕されられるのは別の話。


「君は、随分と分かりやすいからね。まあ、よく言えば素直、悪く言えば、愚直なバカ。君を見ていれば、どのようなことをするかくらいは、御見通しさ。

しかし、まあ…時々変なことをやらかすのが、ボクをもってしても予想できなかったよ…。」


桜はあきれたようにため息を吐く。それはもう諦めの境地にまで至っていた。


「ボクは今まで、人の行動に関しては、ある程度予測できると自負していたのだがね… 君といると、ボクの予想をいつ外してくるのかドキドキしてたまらないよ。」

「人のことをまるで、黒ひげ危機一髪のように扱うのやめてくれません!? 俺は被害を被っているのだが!お前は、刺される黒ひげの気持ちを考えたことあるのか?!」


それを聞いた桜は、手を口にあてて、何かを思い出したようにクスクスと笑い始めた。


「あはははっ!!すまない、すまない。でも教えてくれたまえ。

一体どのような思考回路をしたら散歩中に用水路に落ちるんだい? 君の体がテカテカにきらめいていていたのを見たときボクは、初めて茫然としてしまったよ。さすがのボクでも予測することができなかった。」

「っせ!俺もなんで落ちたか知りてーよ。そういえばお前、俺のモンブラン食った?」


この前、魔法の発動に失敗した日、桜からやけに甘い匂いがすると思ってたら冷蔵庫からモンブランが無くなっていた。


これは許されざる蛮行である。一日のご褒美としてとっておいたものがなくなるのは、まだ飲んでいないラーメンのスープを取られたのに似ている。


何かが足りないという違和感と、食べられたというみじめな思いをしながら布団をかぶる俺を想像してみろ!


全米が息を詰まらせて泣くだろう。腹を抱えて笑いながら


全身水浸しになってたことに関しては、ついつい散歩中考え込んで、気づいたら用水路が目の前にあっただけである。


恥ずかしく、やけくそ気味にそう言葉を放つと、桜は、俺に顔を近づけてまじまじと見てくる。何かを観察するように…


え?ニキビとかできてないよね…


「君の予測不可能は一種の魔法だよ。誇るといい。君のことは誰も完全に予測できまい。 これは十分にすごいことではないか。あと、君のケーキは食べてないね。勘違いだ。」


すると顔を少し横に向けて、流し目で俺に語り掛ける。女の子特有の甘い匂いが鼻孔をくすぐり、桜のつむじから細く垂れさがる桃色の髪に沿って視線を下げると、斜め下から見上げている桜の顔は興味津々でたまらなそうである。

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