中高齢期中二病 〜51歳独身会社員、中二病に罹患〜
八壁ゆかり
第1話:発病
まずはペーパーワークを終え雑然としたデスクを丁寧に片付け、次にオフィスを後にし階段脇の自動販売機で微糖の缶コーヒーを買う。それからエレベーターホールに向かい、同じビルに入っている外資系企業のアメリカ人男性と少々英語で会話をする。そしてエレベーターに乗り込み、ビルを出たらメトロの駅まで気を緩めることなく歩く。
しかし、最近五十一歳になった綿貫に、気がかりなことが起こり始めた。
それが何かというと、左の前腕がうずくというか、そんなような気がするのだ。痛みではない。何か、とてもおぞましい、忌むべきものが腕の皮下で踊っているような、そんな気がして、思わず袖をめくったが、見た目は何一つ変わっていない。
しかしその違和感のようなものは日々増していき、段々と、綿貫の中で、
『これは恐ろしい力を持っている、解放してはならない』
という謎の使命感と危機感を孕み始めた。
だから終業後も左手を使いたくがない故に片付けが雑になったり、缶コーヒーも左手で持ちたくないという理由で買うのを辞めた。同ビル内の会社のアメリカ人との対話も、この左腕が彼に何か悪影響を与えるような気がして、避けるようになってしまった。
そんな緊張感溢れる日々が続き、綿貫自身も精神的に疲弊してきて、思わず仕事中に左腕をデスクに置いたままうたた寝をしてしまった。
とある女性社員が、体調でも悪いのだろうかと綿貫のデスクに近付き、肩をトントンと叩いて『綿貫さーん』と声を掛けると、弾かれるように綿貫は覚醒し、次の瞬間、
「触れたか?! 俺の左腕に触ってないか?!」
と物凄い剣幕で女性社員に喚いたので、その社員は首を横に振るのみで、その大声はパーティションを貫通し、他の部署まで響いた。何事かと野次馬も来たが、綿貫は彼女が自身の左手に触っていないことに安堵し、同時に良いアイディアを思いついた。
終業後、地元のドラッグストアで白い包帯を購入し、帰宅後慎重な手つきで、まるで綿貫自身が己を戒めるような面持ちで、包帯を巻いていった。
するとどうだろう。気分が少し楽になった。
やはりこれは他者に見せたり触れさせてはならぬものなのだ、と綿貫は考えた。
しかしその翌日、綿貫はまたも左の前腕の違和感で目覚めた。
包帯が無効なのか、と一瞬考えたが、違うのだ。
今度は包帯で巻かれた腕の中に自分でも驚くほどのパワーが宿っていたのだ。綿貫は恐れおののき、これは自分自身でも抑えきれないと判断した。
熱がたまっていく感覚、包帯をとったら爆発するんじゃないかというようなエネルギーの胎動、そしてこんな強大な力を持っているのは世界で自分ひとりだけだという謎の確信。
覚醒してしまった、ついに自分の本当の力が目覚めてしまった、と綿貫は思った。
これほどまでに邪悪で強大な力を、いくら自分の腕とはいえ放置しておくわけにはいかない。
そこまで考えが及ぶと、綿貫は会社に欠勤連絡をして近所の整形外科へと向かっていた。
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