第18話 変わらない人

 それからタカテラスは、言いにくそうに「あのさ……」と、ヒナタに声を掛ける。


「なに?」

「色々聞きたいことはあるんだけど、先に謝っておきたいことがあって」

「謝っておきたいこと?」

「うん」


 するとタカテラスはヒナタと体を引き離し、じっとその目を見る。


「さっき言いかけたんだけど、実はここへ来る道中で、君からもらった如雨露を失くしてしまったんだ。返そうと思っていたのに……ごめん」


 頭を下げて謝ると、ヒナタはふっと笑う。


「君はやっぱり優しいね。変わってなくてほっとした」


 そう言って先ほど地面に置いたランプを手に取り、布に覆われた物を取りに行く。そして再びタカテラス傍に戻ると、布を取り外した。


「あっ……!」

 彼の腕の中には、先ほど奪われたはずの如雨露があった。

「僕が君にあげた如雨露だよ」

「で、でも、どうして? 盗まれたのに……」

「取り返したんだよ。さっき言っただろう、僕は如雨露の居場所が分かるんだ。それに、この森の中なら僕は自由に動けるからね」

「如雨露の居場所が分かるのって、君が魔法使い……だから?」


 タカテラスが呟くと、ヒナタは驚いた顔をする。


「君は魔法使いを知っているの?」

「ヒナタのことを探すために調べたんだよ」

「そっか……」


 ヒナタは俯き一度目を瞑ると、何かを覚悟したように「そうだよ」と言った。


 その様子を見たタカテラスは、ふと、あの新聞記事を思い出した。

 村一つを飲み込む大洪水を起こした魔法使い。彼がそうなのかは分からないけれど、少なくともヒナタは、魔法使いであることに後ろめいたものがあるように、タカテラスは感じた。


「俺はヒナタにまた会えて嬉しいよ」


 タカテラスは笑って、ヒナタに言う。

 会ったら最初に言いたかった言葉。

 だが、それを言った瞬間ヒナタの瞳からぽろぽろと涙が零れた。


「わわ! ごめん、泣かせるつもりはなかったんだが……」


 タカテラスはぎょっとして、慌ててハンカチを出すと、ヒナタの柔らかな頬にそっと当てる。ヒナタは少し戸惑いつつも、理由を尋ねた。


「僕に会いたかったの? どうして?」

「如雨露のお礼を言いたかったから。お陰で村が助かった」


 するとヒナタはふいっと顔を逸らす。


「如雨露は、僕を助けてくれたお礼のはずだよ。タカテラスがお礼を言う必要はない」

「……」

「何?」

「いや、話し方が前と違うなぁと思って」

 再会が衝撃的ですっかり忘れていたが、今より小さかったヒナタは、自分に敬語を使っていたはずだと思い出す。しかも、こんなに砕けた調子ではなかったはずだ。

「それを言ったら、君だって!」


 必死になって言い返すヒナタに、タカテラスは気の抜けた顔で笑う。


「だってあれから22年だよ。俺も街の人と話すことがあって、田舎言葉だけ使ってられなくなっちゃったんだよ。でも……」


「なに?」


「ヒナタは、あのときの姿からあまり変わっていないような気がするんだけど、それは俺の勘違いかな……?」


 あのときの少年が少しだけ成長したような姿。青年にはまだなっていない。本来ならば22年もときが経てば、10歳くらいの少年は30歳を過ぎているはずである。しかし、彼はそうではない。何故なのか、タカテラスは遠回しに聞いてみる。


「ああ、これね」


 するとヒナタは目を細め、酷く疲れたような顔をして言った。


「僕はね、呪われた魔法使いなんだよ」

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