第8話 行方

 タカテラスは、グレイスに今から22年前に出会った少年・ヒナタのことを話した。

 怪我をしていたので助けると、不思議な如雨露をくれたこと。そしてその如雨露が、雨が降らなかった村を救ってくれたことを――。


「その子は、もしかして魔法使いか?」


 グレイスの質問に、タカテラスは首を傾げた。


「分かりません。そのようには名乗っていませんでしたし、私自身魔法使いのことを良く知らないので……」

「そうか……。だが、如雨露で雨を降らせることが出来るとなると、それしか考えられない」


 魔法使いは確かに存在しているが、それを見たことがあるのは大陸の中心から東にある街や村に多い。


 タカテラスの村は大陸の西側にある。その上標高が高く、人里離れたところにあったこと、そしてあまり豊かな村ではなかったこともあり、魔法使いを雇ったことがないのだ。そのため、彼は魔法使いがどういうものかよく知らない。


「タカテラスは、魔法使いに関わったことは一度もないのか?」

「はい」

「噂話も?」


 タカテラスは少し考えてから答える。


「稀に聞くことはありますが、何しろ私の村は辺鄙なところですから。一番近い村でも徒歩で二日はかかるので、他の村や街の情報は届きません」

「そうか……。そうだよな」


 グレイスは足を組むと、掛けていたソファに背を預けた。


「でも、君が最初にここに来てくれたのは幸いだった。この街ではまだ聞き込みをしていないと言っていたな?」

「はい」

「いい判断だったと思う」


 タカテラスは首を傾げる。


「どうしてですか?」

「『魔法使い狩り』のせいさ。30年前だったらこの街も大したことがなかったんだが、今じゃここでも魔法使いは良く思われていない」


 タカテラスは眉をひそめた。


「魔法使い狩り? 何ですか、それは?」

「そのままの意味だよ。この世から魔法使いを消そうとしていた人たちがいるんだ。それも、俺たちのような非魔法使いだけじゃなくて、魔法使い自体が魔法使いを嫌悪していて、同胞を殺しているという話も聞く」

 

 残忍な言葉に、タカテラスはさらに眉間の皴を深くした。


「何故?」


 グレイスは首を横に振る。

 

「真意は分からない」

「どうしてですか?」

「知り合いに、魔法使いの動向を探っている記者がいるんだが、そいつの話によると魔法使い同士の仲互いがあったとか、非魔法使いに危害を加えたからだとか言っている。中には、魔法使い狩りを始めたのは有能な魔法使いだった――とか。どれも信憑性に欠けていて本当のところは未だに分かっていない」


「でも、魔法使いが魔法使いを狩るなんて変な話ですよね。仲間だったんですよね?」


 グレイスは背もたれに背を預け、両腕を後ろで組んで天井を仰ぐと、ため息を吐くように「さあな。どうなんだろう」と言った。


「俺が子どもの頃には、すでに魔法使い同士の戦いは始まってたしなぁ……。ただ、天気の研究をしていると、時折だけれど今でも魔法使いの話は聞くよ。非魔法使いたちだけが住む村では、皆魔法使いのことを大切に思っていた。彼らの力を重宝していたんだ。それなのにどっかでそのバランスが崩れたんだろうな。何があったのか分からないけど、大きなことが起こったんだ」

「じゃあ、ヒナタは……」


 タカテラスは俯いて両手の指を絡ませると、ぎゅっと握った。

 ヒナタと出会ったのは22年前。丁度「魔法使い狩り」が行われている時期と被る。それに今も魔法使いを排除しようとしている動きがあるということは、もしかすると――。


 グレイスは「そういえば」と言って、腕を下ろし、ソファからは背を離した。


「出会ったときに怪我をしていたと言っていたな。もしかすると、魔法使い狩りに出くわして怪我をさせられていたとは考えられないか?」


 グレイスの指摘にはっとする。確かにそれはあり得る話だ。


「……否定はできませんね」


「魔法使いが何を考えているか分からない。だが多くの魔法使いが、今はひっそりと非魔法使い、つまり我々のように振舞って、西側にある街や村で生活していると言われている」


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