ゲームブック(三十二頁目)

群がる子ガニを、ちぎっては投げ、ちぎっては投げ。斬り裂き、叩き伏せ、二本の剣を手に大立ち回りをする。幾度目になるか、時間を稼いで大魔法で掃討するのは俺たちパーティの常套手段である。


まとわりつくやつらを、コマのように回転して弾き飛ばした。


「うおおらあー!!」


吹き飛び、炎上して灰になる。しかしすぐに、それと交代して新しい個体が湧いて来た。キリがない!

真っ赤なガニラとは対照的に、子ガニ達は真っ黒で地味な外見だ。それでも親譲りの甲羅は同じような強度を持つようで、物理攻撃で甲羅側から砕くのは至難の技である。

大きなハサミ挟まれないように気をつけながら、腹部を狙っていく他ない。


「ちぃっ!」


剣の柄で顔をカチ上げて、仰け反り覗いた土手っ腹に光剣を突き立てた。接触した部分に一瞬魔力を込めると、目と口から光を放って灰になる。

ノブと山本さんも苦戦しているようだ。特に山本さんは、ヒトガタモンスターと戦っている時のような覇気が無い。


声をかけるべきか。

一瞬そちらに気を取られた瞬間、後ろから腰にドン!という衝撃が走った。

視界の端には真っ黒なハサミ、やられた!


「うおあっ!?」


まるで車にでも当たったかのように、簡単に吹き飛ばされる。視点が三度回って、背中を岩場にしたたかに打ち付けられた。ミシっと嫌な音が、身体の中から聴こえる。


「っっっつあ!」


これは痛い!背中を丸めて、痛みに耐える。それでも、両手の剣を取り落とさなかったのは賞賛されるべきだ。

地面を舐めるように下を向いていると、身体が緑色の光に包まれた。これは第一魔法ヒルラの光。賢者が得意とする治癒の魔法である。痛みが消え、体が軽くなる。


「ユウ、正面!」


ミカさんの声が聞こえた。顔を上げると同時に飛び込んでくるカニの顔面!


「っぁあああー!どっせい!!」


急いで身体を起こして、片膝立ちから全力で斬りあげる。ズドンと右手に手応え。子ガニは腹部から黒い灰を撒き散らしながら、勢い余って後方にすっ飛んで行った。


「助かった。ミカさん、ナイス!」


そう言って振り向くと、ミカさんもぐっと親指を立ててグッドサイン。そしてさやも、準備ができたようだ、すくっと立ち上がって声を上げた。


「第三魔法、行くよ!」


そう言いながら、ぐっと頰をこすった。頰に黒いクレヨンが付いて、ちょっと情けない感じではある。それに気がついているのか、いないのか。ばさっとマントを翻し、クレヨンを捨て、凛とした声で高らかに唱えた。


「今は遠き世界の住人よ」


「彼の地より来たりて、その力を示せ!」


現し身の従者シャドウサーバント  漆黒の雷狼」


影がぞるりと動き出す。

それは、いつか見た雷を纏った大きな狼。


パチリ


青白い閃光を後に、さやを中心に円を描いて周り始めた。目ではとても追えないスピードで、次々と子ガニを打ち砕く。牙で爪で子ガニを駆逐して行く!


バチチッ!


「え?」


付近の子ガニをあらかた片付けた後、俺の前に止まる雷狼。なんだ、ガニラもやってくれるんじゃないのか?

不穏な空気を感じてさやの方を見る。


「いやあ、ちょっとアレは……でかすぎるって。言ってるんじゃないかな?」

「はぁ!?召喚されたモノがそんな事言うのか?」

「うーん、じつは召喚した後のことはちょっとわかんないので。日本語通じないし」


うーん。

そもそも、なぜ俺の前で止まるんだ。そう思って見ていると、影の狼は目の前に伏せて顔をくいっと上げた。


「乗れって?」


雷狼は応えない。

ええい、剣を鞘に納める。意を決して狼の大きな背中にまたがった。パチリと再び放電の音。「あっ」と思ったら、意にかかわらず足がぎゅっと閉じた。なんだこれは。

俺が背中に乗った事に満足したのか、雷狼は厳かに立ち上がり、そして急加速で飛び出した!


パパパパッ!!!


土を舞上げ、岩を蹴り砕き、一足ごとに加速する。まさに電光石火。

振り落とされそうなスピードだが、足はしっかりホールドして離れない。


「うおおおお!?」


青白い閃光を残して疾走する。向かうはガニラの方向だ。子ガニを避け、他の班の人間を避け、ジグザグ雷のように走り抜ける!

急に接近するものに気がついたらしいガニラが、こちらにハサミを振るってきた。パアン!と乾いた音がして、すれ違う。

雷狼が牙を突き立てたようだが、強靭な甲殻はビクともしない。やはり腹部を狙わなければ!


そのまま俺たちは、ぐるりとガニラの周りを一周する。カーブは遠心力がかかり大変だ、振り落とされないように必死でしがみついている。


もう一度正面に出た時、再びハサミが振るわれた!

それに今度は真っ直ぐ突っ込んで行く……そして、あわや直撃かと思った瞬間、近くにいたガリオスを踏み台にして空中に避けた。


「うおっ!?」

「ああっ!?ガリオスさんごめん!」


一応謝っておいた。巨大なハサミの上を飛び越えた俺たちは、空中で加速して腹部に真っ直ぐ突っ込んで行く。


「いけるぞ!」


虚をついたかに思えた。

だが、待ち構えていたかのようにガニラは、かぱりと腹部を開いて、子ガニをミサイルのように発射してきた。大量に打ち出された子ガニミサイルを、俺たちは空中で紙一重に避けていく。が、数が多い。一つ二つが影の狼の身体を捉えた。

それらが衝突する度に脚を、顔を削られていく。しかし空を駆ける速度は落とさない。一筋の矢になった狼は俺を乗せて、ガニラの剥き出しの腹部に向かっていく。


そうか、お前の役割はそうか。なら俺の役割は……!


「うあああああああっ!フラムベルジュ!!」


ありったけのMPを振り絞って、右手に一本の光剣を生み出した。この一撃にかける。

俺たちは青と黄色の一筋の光と化し、ガニラに吸い込まれた。


ドンッ!


その速度のまま、ぶつかるようにガニラに取り付いた。光剣が腹部に突き刺さる!


「うおお!MP全部、持って行けええええっ!!」


残された全てのMPを注ぎこむ。「ボゥン!」と音を立て、ガニラのあらゆる関節の間から炎と煙が上がった!体内に流し込まれたフラムのエネルギーが駆け巡っているのだ。たまらず、大きく仰け反って暴れる。


ギャアアアアアアアン!!


叫び声なのか、関節の音なのか。奇妙な轟音を上げて暴れまわる。


「持って行けってっ!!」


大きく叫びながら体内に火を放ち続ける。このまま倒れてくれ!

しかし、その願いも虚しく、ひときわ大きく身をよじった瞬間、俺は振り落とされた。


ドザッ!!


思い切り地面に叩きつけられた。

頭がぐるぐるする。衝撃で息ができない。

各所から煙を上げながらも、未だ倒れないガニラ。そのハサミを大きく振り上げる。


「かはっ……かはっ……!」


酸素を求めて口をパクパクさせるが、腹を打ったのだろう、上手く呼吸ができない。立ち上がろうにも、四つん這いになるのが精一杯だ。ダメなのか……!?

風を斬る音と共に、ハサミが振り落とされる。最悪の結末を予感し、目を閉じた。


ガッ!……ドォン!


舞い上がる砂埃。腹の底を震わせるような轟音。しかし。


「生きてる……ガリオスさん!?」


恐る恐る目を開けると、俺とガニラの間には聖騎士が盾を構えて立っていた。

堂々と、胸を張って。


「よくやった」


視線を前から一つも動かさずに、俺に労いの言葉をかけてくれた。


「よく削ったな!後はヒナタに任せろ……です」


妙な言葉使いの女の子が、横から口を出してきた。ガーディアンの少女だが、口が悪いぞ。


「日輪よ!」


ヒナタが剣を盾に挿し込む、まばゆい光を放ったかと思うとそれらは融合した。

巨大な一本の槍が生まれる。


「やああああああ!日輪矛ヒノワノホコ !」


全身から煙を吹き出し満身創痍のガニラに向けて、それを投げ放った。巨大な炎の矢となり、急速に加速して腹に突き刺さる。


「止めっ!!……です」


煙を吹いている場所から、そのあらゆる場所から、大きな炎が上がった。ゴォっと熱風が身体の横を通り過ぎる。ガニラは左右に大きくフラついたかと思うと。大きな音を立てて崩れ落ちた。


ズゥゥン……!


しんっと皆が息を飲んだ。倒れ伏したガニラは動き出す気配は無い。そして、子ガニ達も方々で灰に返っていく。


これは。そうか、ついに。


「……やった!のか!」

「うん、やったな。お前の活躍のおかげだ」


そう言って、ガリオスがこちらに手を差し述べてくれる。それを握り返して、立ち上がった。


「「「うおおおおっー!!」」」


ダンジョンの中に、歓声が轟いた!

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