ep.03 1人


 うんざりするほど長い1日が過ぎた。

 メッセージを送ったCルームは、まだ何も言わない。



「――い、篤史」

「――――」

「おい、篤史!」


 肩を力強く掴まれ、僕は我に返る。

 

「……机、運んでくれ」


 修二の言葉に回りを見回せば、いつの間にか教室の掃除は半分まだ終わっていた。

 「あぁ、うん」なんて虚ろな返事をして、僕はのろのろと並ぶ机を運びにかかる。

 ひっくり返した椅子が乗る机、その両サイドを掴む。持ち上げると、ずしりとした負荷が腕にかかる。

 体を軽くのけぞらせるような気持ちで、その重みを上に持ち上げる。そのまま重みに体を任せるようにして後ろへ進んだ。

 そして、最前列の定位置にまで運んで置く。置くだけ置いて、次を運ぶ。

 一連の動作を、ただただ繰り返す。

 繰り返すとしか言い様がなかった。

 思考が。考えが浮かんでは落ちていく。

 心に空いた大きな穴に。底の見えない、何もかもを飲み込む暗闇ばかりの深い穴に。

 分かっている。それはいつからかそこに在って、いつもそこに在って、いつまでもそこに在るもの。

 分かっていた、はずだったのに忘れてしまっていた。

 だって、だって……。


(ま、何を今更かな)


 笠松さんは僕の元を去った。

 事情はどうあれ、経緯はどうあれ、今ここにある結果はただそれだけだ。

 手を離れたものを追いはしない。

 いつもの通りに。

 それで良いじゃないか。

 だから、

 結局、


(僕は――僕は彼女のことをどう思っていたんだろう)

 

 ふと首をもたげた疑問を、僕は直ぐに打ち捨てる。

 今更そんなことを考えたって、無意味で、無価値だ。

 全ては以前の通りに戻って、元の木阿弥。気にしたところで何かが変わるわけじゃない。 

 僕はいつも通り人助けに勤しんで、彼女はまた1人ぼっちの屋上に戻る。

 たったそれだけのこと。


(…………)

 

 最後の机を運び終え、僕は一息吐く。

 よし。これで終了っと。さっさとゴミを掃除を集めて終わらせてしまおう。

 そんなことを思っていると、修二が訝しげな顔でこちらに声を掛けて来る。


「おい、篤史」

「ん?」

「なんで一列分だけ運んでんだ?」

「え――あ」


 教室を振り返れば、他の列は2つ3つの席しか運ばれていないのに、一列だけ不揃いに並んでいる。

 状況だけ見るに、どうやら僕が全部運んでしまったらしい。そのせいで、箒を持ったクラスメイトが迷惑そうにしていた。


「早く言ってくれたら良かったのに」

「言ったけど、無視したのは誰だよ」

「あれ、そうだったの?」


 全然、気が付かなかった。

 

「ごめん」

「はぁ……」


 修二に呆れた様子で溜息を吐かれる。

 

「お前さ、大丈夫なのか?」

「え、別に大丈夫だけど」

「大丈夫そうに見えない」


 それは、否定できない。

 今日の僕はぼーっとしすぎてる。声を掛けられても気が付かない体たらくだ。

 だから、僕は平然を装って言う。


「大丈夫だよ」

「何を根拠に?」


 呆れが消えない修二に僕は決然と言い返す。

 

「大丈夫にするから」


 何かを言いたげな修二を振り切るように、僕は他のクラスメイトへの謝罪に向かう。

 掃除のために開けた窓からと風が吹きつける。枯れた葉の匂いをたっぷり含んだその風は、底冷えするほど冷たかった。

 

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