ep.06 歌う

「修二さ、もう少し遠慮とかしない? ねぇ?」


 僕はそう詰め寄って、修二にリクエスト曲を全部消させた。

 それからソファーの上に正座させる。


「歌いたい曲が一杯あるのは良いよ? カラオケに来たんだし、歌いたい気持ちも分かる」

「はい……」

「だけどさ、僕らは3人で来てるんだから、きちんと順番ってのを守るべきじゃないの?」

「はい……」


 「別に私は良いんだけどね……」なんて笠松さんはぼやくけど、良くない。そもそもとして笠松さんの楽しいこと探しの一環なんだから、きちんと笠松さんに主役になってもらえないと来た意味がない。


「第一、なんで僕らが席を外している時に始めるのさ。そこは待つのが礼儀でしょ」

「はい……」

「何ではしゃいでるのか知らないけどさ。もうちょっと自制して、自制」

「はい……」


 まったく。としてるのは良いけど、本当に反省してるんだか。お調子者の幼馴染の本心は態度からは計れない。


「大体さ――」

「――ちょっと待て」

「あ゛?」

「ひぃっ。い、いや、これで時間を無駄にするのももったいねーんじゃねーかなーと」

「…………」


 確かにもっともな意見。ただ、この場をやり過ごすための方便な感じもする。

 ……まぁ、良いか。これだけお灸を据えれば、同じことはしないだろうし。


「分かったよ。これくらいで勘弁してやる」

「いよっっっっしゃ。それじゃあ早速……」

「おい」

「冗談だっての。ほれ、どっちが先に歌うんだ?」


 修二はリクエスト用のタブレットをこちらに差し出してくる。

 笠松さんの様子を伺えば、何やら舌打ちでもしそうな様子。時間が大して潰れなかったことにご立腹なようだった。

 これじゃ笠松さんは歌ってくれそうにないな。そう判断した僕は、差し出されたタブレットを受け取った。


「何歌うんだ?」

「まぁ、有名どころを適当に」


 僕のレパートリーは最新の曲というよりは数年前の有名曲が基本だ。流行りを人から聞いて後追いすることが多い僕は、自然と最新曲に疎くなる。

 それにそもそも歌にそれほど興味がない。だから、人が熱狂した後の曲ぐらいしか僕は歌えないのだった。


「それじゃ、これにしようかな」


 選択するのは数年前に何かの賞を取ったというJ—POP。よくCMで流れてた曲だ。


「つまんねー選曲だな。もっと電波ソングとか奇抜なのにしろよ」

「で、電波ソング……?」


 聞いたことないジャンルが出てきた。ボカロ曲のことだろうか。電波というか、電子だけど。

 そんなことを考えてるうちに、なんてイントロが流れてくる。曲調は割と激し目で、だからこそ気が抜けない曲だった。


「――ぅ」


 歌詞の始まりに、息を軽く吸う。息は声となって吐き出され、曲に合わせた音の連なりとなる。

 歌のスピードが速く、舌の動きがやや追いつかない。どことなくつっけんどんな歌になってしまい、気まずい思いで笠松さんをチラ見する。

 けれども、案の定、笠松さんは僕のことなんぞ見てやいないのだった。退屈そうにスマホをいじっている。もう少し乗ってきて欲しい。

 

「はいっ、はいっ」


 修二は乗らないくて良い。もう少し自重して。修二のテンションが高いから、笠松さんがあんまり乗り気じゃないんじゃないか。

 っと目を細めてやれば、修二はこそこそと笠松さんの傍へ行った。


「なんか睨まれてんな、俺。理由わかる?」

「さぁ……?」


 そういうとこだよ、そういうとこ。

 そう言いたかったけど、歌を止めるわけにはいかない。湧いたむかむかした気持ちを、僕はリズムを上げ始めた歌に叩きつけた。

 

「はいっっ、はいっっ」


 そして、修二は何を勘違いしたのか、合いの手を声を大きくした。だから、そうじゃないって。

 とまぁ、そんなことをしてるうちに曲は終盤へ。最後の盛り上げを歌い切ると、スピーカーが最後の音を残して停止する。

 

「ふぅ――」


 中々激しい曲だった。上がった息を整えるために、僕は息を吐く。額は若干汗ばんでいて、体は熱を帯びていた。渇きを訴える喉に応えるため、持ってきていたウーロン茶を飲み干す。

 うん、中々上手く歌えたんじゃないだろうか。テレビモニターが得点を映し出すのを待つ。

 バラエティ番組で流れてそうなBGMを奏でて、画面の中の数字盤が忙しなく回り、やがて示されたのは「71.8」という数字。予想に反して、微妙な結果だった。


「なんというかあれだな、下手ってわけじゃないけど下手って感じの数字だな」


 修二の感想に何も返せない。カラオケの点数の平均点は大体80点台。上手い人の点数が全体を引き上げているとはいえ、そこから10点程度下というのは中の下くらいの評価になるのも当然で、むしろ優しい評価だと思う。

 

「ま、普段歌わない人間としては上出来なんじゃねーの?」

「そういうもの?」

「ものもの」


 よくカラオケに行ってるらしい修二が言うなら、そう言うものなんだろう。ま、歌が上手いことを目指しているわけでもないし、ここでムキになっても仕方がない。割り切って点数のことは忘れることにする。


「じゃあ、次は笠松さんだね」

「…………」


 修二、僕の順番で来たなら、次は必然的に笠松さんだ。タブレットを渡す僕を、彼女は渋い顔で見た。


「あんまり歌に自信ないんだけど」

「まぁ、そこは物は試しでさ」

「…………」

「付き合ってくれるって言ったでしょ」

「…………はぁ」


 自分の過去の選択を悔いるように溜息を吐いてから、笠松さんは僕からタブレットを受け取った。

 しばし、悩んだ彼女は曲を検索するべく指を躍らせる。

 何を選ぶんだろう。気になる。


「……何?」


 そわそわしてるところ見咎められた。なんでもないと僕は返す。

 いけないいけない。自重しないと。息を軽く吸って、気持ちを落ち着ける。

 焦ったところで意味がない。待ってれば分かるんだから、大人しく待ってよう。


「よし」


 笠松さんが小さく言葉を漏らすと、テレビモニターに選んだ曲が映し出される。

 載っていたのは5年くらい前のCMソング。テレビとか動画広告でよく流れていて、誰もが知っていると言って良い有名曲「さよなら雨の日」だ。

 ちなみに僕のレパートリーの1曲でもある。


「面白味がない」

「面白味なんてなくても良いって」

「そこ、うるさいわよ」

「「はい……」」


 静かで、けれども鋭い笠松さんの言葉に僕ら2人は萎縮する。歌う前は心落ち着けたいよね、うん。

 テレビモニターにでかでかと曲名が映し出され、聞き馴染みのあるイントロが流れ始める。

 てん、ててん。そんなリズムが始まると、歌詞が表示された。


「す――ぅ」


 笠松さんが息を吸う。

 力強い手出しを歌えるように、少し深く。

 でん、で、てんっ。軽快なメロディーが流れだせば。

 歌が始まる。


「――――っ」


 最初の一音を吐き出した。

 普段の冷たさを感じる声色が火照ったような声に、思わずとしてしまう。

 歌う時って普段とは違う側面が見えるんだなぁ、なんてそんなことを思った。

 笠松さんが選んだ曲は、僕がさっき歌った曲ほどじゃないけど、それなりにアップテンポな曲。つまり、彼女の普段の在り様からは外れている曲調というわけだ。

 だから、歌う笠松さんは僕の知らない笠松さんで、何故だか緊張してしまう。


「はいっ、はいっ」


 そして、相変わらず修二は合いの手を入れてる。すっごい形相で笠松さんが修二を睨みつけているが、なんのそのだった。

 

「修二、止めなって」

「馬鹿。折角カラオケに来たんだから、盛り上げなきゃだろ」

「人には人のやり方があるんだから、気を遣わなきゃでしょ」


 修二とそんな言い合いをしていると、間奏に入った笠松さんから一言。


「静かにしてもらえないかしら」

「「はい……」」


 巻き込まれた……。元凶の修二を睨むが、修二は白い歯を見せて良い笑顔を返してきた。どういう笑顔? それ。

 ちょっと叩いてやりたい気持ちがふつふつと湧く。だけど、また笠松さんの歌を邪魔してしまいそうなのでぐっとこらえた。

 まったく……修二とくだらないことしてたせいで、笠松さんの歌をちゃんと聞けなかった。

 いつの間にか曲は終盤に差し掛かっていて、気付けば彼女が最後の歌詞を歌い切った。

 テレビモニターは軽快な音楽を奏でて、笠松さんの点数を映し出す。


『72.3点』


 これは、なんというか……


「点数として甲乙つけがたい結果だね」

「貴方には勝ってるわよ」

「いや、誤差だろ誤差」

「う、うるさい。ほ、ほら、次は貴方の番よ」

 

 笠松さんがマイクを修二に差し出す。やる気満々の修二は、当然曲をリクエスト済み。差し出されたマイクを受け取ると、勢いよく立ち上がりこう宣言した。 


「良いか? お前らに面白いカラオケってヤツを見せてやる」


 面白いカラオケ? そういえば、さっきから面白味がないとかなんとか言ってたっけ。

 テレビモニターに表示されてる曲名は「せりたて☆マウンテンロック!!」とかいう、ちょっと理解が難しい文字列。

 えっと、これは……つまり電波ソングというもの? 曲名から分かる癖の強さに、ちょっと頬が引き攣りそうだった。

 笠松さんをチラ見すれば、視線が交錯する。さっきのそれとは異なり、困惑の気持ちがあからさまに乗ってるよ。うん、だよね、そうなるよね。幼馴染の僕でもそうなんだから。

 そんなオーディエンスの困惑なんかものともしない修二は、なんかよく分からない決めポーズを取ると、こう宣言した。


「よっしゃ、お前らっっ! 山、盛り上げてくぞぉぉぉぉ」


 もう頭が疑問符でいっぱいだ。なんだかこの曲の決め台詞的なものらしいけども。スピーカーからは奇怪きっかいなイントロが流れ出し、テレビモニターにはこってこての萌えキャラが映っていた。

 ここは驕りではなく、笠松さんと気持ちがシンクロしていたと思う。


((なにこれ……))

 


 こうして戸惑う一般人を置いといて、修二の電波ソング祭りが始まった。意味不明な歌詞に、乱れ切った曲調。最早異文化どころか違う星の文化な感じがする始末だった。

 だけど、人間というのは慣れるもので、修二が順番が回って来る度にそういった曲を歌うとなんだかんだ順応して、なんだかんだで盛り上がった。まったくの未知の曲なのに、僕だけでなく笠松さんが合いの手を入れてしまうくらいには。


「山、盛り上げてくぞぉぉぉぉ」

「「おぉぉぉぉ!!」」


 ただ、あの笠松さんを容易に楽しませてしまうその才覚には嫉妬してしまうけど。

 どうしたって僕はではなく、なんだろう。

 修二の手腕に、分かり切った事実を突きつけられたような、そんな気がした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る