ミコ・サルウェ (カクヨム版)

皆月夕祈

起章


 「あ、っぐう……あああ、あああああああーー!! あつい! あついよー!!」


 時節は、桜もその季節を終え藤の花達がざわざわと、賑やかに色を鳴らす頃合い。


 場所はミコ・サルウェ、首都ソール・オムナスから南西、月の都の大聖堂であった。


 少年にも少女にも見える子供が、身体を赤らめて苦しそうに声を挙げた。

 

 臓腑ぞうふの中、体の芯から火を噴いて、灼熱が身体の中を蝕む苦しみ。


 大きく見開かれた目は限界まで充血し、血流にのって炎の涙がこぼれ落ちそうな程に真っ赤に染まっていた。

 

 まわりには時間の関係なのか、子供のつれである修道女の格好をした妙齢の女がいるのみで、何時もいるはずの二人の巫女を含め、他には誰の姿も見えなかった。 


「プリコ!? どうしたの!?」

 妙齢の女が急いで駆け寄った。

「燃えてるの……。カーラン、熱いよー!!」


 それだけ告げると、泣きながらプリコは、異常なほど赤くなった自らの体をかき抱き、大理石の床に倒れこむ。

 プリコは激しく悶え始めた。

 妙齢の女:カーランはプリコの特異性を思い出した。

 大地の現身たるプリコは感応かんのうしてしまうのだ。

 

 ”どこの”かはわからない。

 これまでも、痛みを訴え、不機嫌そうにしている事は度々あった。

 しかし、ここまでの反応は初めてであるし、今回も、そしてこれまでも、カーランに出来る事は何もなかった。

 

 せめてもと、プリコの身体を抱きしめてやる。


 抱きしめれば、すっぽりと覆えてしまう小さな体。


 プリコも嗚咽を漏らしながら、必死でカーランにしがみついてくる。

 

 そのまま。

 しばらく収まるまで、二人は抱きしめ合ったままであった。

 

 

一度大きく痙攣した後、プリコの嗚咽が徐々に収まり、しがみつく力が弱まってきた。


 痛ましい。


 カーランが、プリコの様子を見ると、燃えたわけでも無いのに、所々ところどころ肌が火傷をした様に爛れていた。

 

「大丈夫?……少しは落ち着いたかしら?」

 

 カーランはプリコの体の中で暴れる災厄を、なだめる様に優しくさすってやった。

 

「……ありがとう。カーラン……。」

 先ほどと違い、だいぶ落ち着いた声で答えるプリコ。

 その声にカーランも少し安心した。


 しかし、プリコは続けて言うのだ。


「ヒトが沢山死んだよ……。」


「!?」

 

 プリコの声には悲痛な思いが載せられていた。


「なんでか知らないけど、解るんだ。どこかが大きく燃えて、沢山のヒトが死んだんだ。」

 

 プリコが感応するのは大地の記憶だ。

 大地自身だけでなく、そこで起きた事柄ことがらの全てをその身に受けるのだ。

 カーランはプリコの言葉に驚き、目を大きく見開いた。


 しかし、突然の事に何かを言おうとするも、言葉にならず、口をパクパクとさせるだけで、プリコを見つめる事しかできなかった。

 

 そんなカーランを余所に、プリコは大聖堂の、その壁に掛けられた一枚の壁画。


 一人の女性と太陽の絵を冷たい視線で見つめた。

 

「聖職者のカーランには言いづらいんだけど、僕には……良い神様には思えないんだ。僕が言うのもおかしいんだろうけど。」

 

 大地の現身うつしみであるプリコの身体は、いたる所に植物が蔓の様に巻き付いており、これらはプリコの自由意志で動かす事が出来た。

 

 植物は太陽が無ければ生きられない。

 そんなプリコが太陽を司る神を悪と断じないまでも、否定的に言う。

 

 それを聞き、カーランは悲しげに目を伏せた。


「ヒトの生き死に執着するのはヒトだけ……。神に善も悪もないわ……。」

 ただ、それだけ答えた。

 

(だから怖いんだよ……。)

 プリコもキニス教の信者ではある。

 ただ、カーランほどは熱心な信者と言う訳では無かった。

 

 カーランの答えに不満があるのだろう。

 プリコはむーっと眉を寄せ、しばらく沈黙した。

 

「……そっか。」

 

 しかし、それを言葉にしようとはしなかった。

 これを言えば、カーランも引っ込みが付かなくなる。


 見た目は親と子ほどの差がある二人。

 プリコは、大好きなカーランと喧嘩をしたくなかったのだ。

 

 自分の思いから視線を逸らす様に、プリコはまた別の石壁をみる。

 そこには絵ではなく、文字が書いてあった。

 

--------------------------------------------

 始まりは、混沌があった。

 その『混沌の種父』は様々な物を生み出した。

 最初に生み出されたのは、時間と生命、輪廻である。

 これにより、後に生まれるモノは全て、時に囚われ、『衰微するもの』となる。

 

 『時を廻るもの』達の生命は燃え盛る。

 それは、時に猛く燃え、逢わさり、また別れた。

 別れ、二度と混じりあわず、混沌の種父は、その生命の『別たれた永遠』に死と名付けた。

 全ての生命は、『産声を聞くもの』であり、いづれ『消えゆく灯火』、彼らは『本質の成長』を繰り返し、『罪の解体者』と巡り合うだろう。


                       


--------------------------------------------


 これは、キニス教の創世の詩といわれているものだ。

 この国も、大聖堂も、できてからまだ、100年もたたない。

 しかし、この石壁からは、何故か古い悠久の時代(とき)の流れが感じられた。

 

 プリコは暫く、その石壁を見た後、再び女性と太陽の壁画に視線を移した。

 

「死にたくないな……。」

 

 切ないほどに、か細い声でプリコは呟いた。

 

 見た目通りの幼さで、すでに「死」を知り、意識し、死に向かって生きている少女、プリコ。

 

 カーランは、再びプリコを強く抱きしめた。


「大丈夫よ。」

 

 なんの根拠もない言葉。


 今、目の前にいる者の苦痛を和らげるためだけに。

 己の無力を内心で嘆き、それを隠しながら、それでも、掛けてやらねばならない言葉。

 カーランにはそう思えたのだ。

 

 プリコは抱きしめられ、嬉しそうにクスクスと笑った。

 そして「カーランあったかいね。」

 と言い


「ええ、プリコ。貴方もあたたかいわ。」

 

 カーランも、そう、答えた。






※ こんな始まり方ですが、すいません、彼女達が本格的に登場するのは5章の予定です。

 そして、何やらシリアスな始まりですが、

 ミコ・サルウェは、そんなにシリアスな話では無いつもりです。


 ただ、あまりギャグ要素は有りませんので、ご了承した上でお読みください。




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