第10話「密猟者」

”欧州大戦で明らかになった戦争神経症シェルショックの中には、「魔法に対するストレス障害」というものがあります。


 初めて目にしたライズ兵が、魔法と言う未知の技術で襲い掛かってきたのです。相対する地球人がどれだけの恐怖を味わったか想像に難しくありません。


 罹患した兵士には戦後、ライズ人を憎み犯罪の標的にする者までおりました”


欧州大戦に従軍した軍医の手記より




 ”中尉”は目の前に並べられた麦わら帽子の残骸と、6発の薬莢、そしてつるのロープを見下ろし、加えた煙草をぺっと吐き出した。

 年の頃は40半ば。軍を放り出されさえしなければ、そろそろ古参の肩書を得ただろう。

 だが引き締まった体躯は、彼がまだ現役である証左だった。


子供ガキだな」


 頬の火傷を忌々しそうに撫でる。

 上手くいかない時、邪魔者が現れた時は、これがちりちりと痛み出すのだ。


 麦わら帽子はこの辺りの子供がよく使っている物。弦は大人の体重を支えるには心許ない。

 そして、薬莢はアメリカ製の25口径弾。女子供が護身用によく使うものだ。


「どうせ逃げ回るしかできませんよ。放っておいていいのでは?」


 部下の1人がそんな呑気な提案をしてくる。

 侮りを込めて一瞥してやると、すぐに顔色を変えて口を閉じた。


「子供とは言え銃を持ってるし、大人を呼ばれたら面倒だ。それに誰かが顔を見られたら、領を出る時面倒になる。念のため始末しちまおう」


 それより問題なのは、誰かが子供を探してやってくる可能性だ。少人数なら始末すればいいが、そのうち官憲がぞろぞろやってくる。

 二次遭難を警戒して夜のうちは来ないだろう。猶予はある。


 白竜が夜行性だと言う話は聞かない。他の老竜と同じように眠りこけている筈だ。

 動き出したとしても、こちらは色々と準備してきた。


「野営は中止だ! 今から山頂に向かう!」


 休息を中止させられるのは、肉体労働者にとって最も嫌な命令のひとつだ。

 だが彼らは腐っても兵隊崩れ。規律だって”秘密兵器”の梱包を解き始める。

 集団を意のままに動かすやり方は心得ている。一枚岩にさせない事と、適度に見せしめを提供する事だ。


 トランクから引き出された木箱には、”クライアント”から提供させた新兵器がが収められている。

 兵隊たちはバカでかいそいつを担ぐと整列し、用意されたランタンを受け取って行く。


「しかしだ」


 中尉は暗い瞳で麦わら帽子を踏みつけ、吐き捨てるように言った。


「ゲートを越える弦は即席では調達できん。ガキは魔法を使う可能性がある」


 「魔法」と言う単語を聞いて、部下たちは俄かに殺気立った。

 当たり前である。彼らが密猟者に身をやつしたのは、全てやつら・・・のせい。本来彼らは、祖国の盾として誇り高く戦っていた筈なのだ。


「”伍長”、”上等兵”を連れて子供を探しに行け! それ以外は山に入る!」


 中尉はその間、ゲートとトラックに配置した見張りに再度指示を与えてゆく。


「中尉、どうせ化物ども・・・・を殺すなら……」


 伍長の言葉睨みつけてを遮る。案の定ろくな事は言ってこない。

 こいつの復讐心と嗜虐心は中尉にも扱い兼ねる。下卑た笑いの類は一切浮かべず、ただ食事を摂ってもいいか尋ねるかのような具合が不気味でしょうがない。


やり方・・・は任せる。合流に遅れなければな」


 伍長は無表情で敬礼すると、列に加わる。

 本来は顔をしかめもするべきなのだろうが、余計な遊び・・で合流を遅らせたら取り分を減らしてやる、程度の苛立ちしか湧いてこない。


 軍人は民間人を守るなどと言う幻想は塹壕の中に置いてきた。

 自分たちが行っているのはビジネスであり、復讐・・であるに過ぎないのだ。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 夜の山と言うのは、常に滑落の危険が付きまとう。懐中電灯だって1個しかない。

 はっきり言って自殺行為だ。普通ならば。


「隼人、左側に斜面です」


 マリアの言葉に従って、左に懐中電灯を向ける。そこには無限の暗がりがあった。

 獣道の淵に光を当てながら、おっかなびっくり足を進める。


「きゅー!」

「了解。サンキューな」


 パフは隼人の頭の上を飛び回り、周囲を見張ってくれている。

 燃費の関係で探知魔法は前方にしか使えないから、その他の警戒はパフ頼みだ。密猟者は照明を使っているだろうから、見つけたらこちらも灯を消して隠れてしまえばやり過ごせるだろう。それもマリアの魔力が切れたらそれもご破算だが。


 本来はあの場所を動かず、朝を待つつもりだった。時間が経つ方が救援も望める。

 しかし、ちらちらと浮かぶ照明の光を見た時、向こうはこちらの考えなどお見通しであると思い知らされた。

 うかうかしていれば追手が来る可能性すらある。


 決断はひとつ、今から山頂へ向かう事だった。


「白竜を助けたら、背中に乗せて飛んでもらえないかな? それで学校の前に乗りつけるんだ」


 いつもなら切って捨てる隼人の軽口も、まあ無いよりはましかもしれない。

 何しろ密猟者より早く巣までたどり着けなかったら、白竜を起こせても殺されてしまったら。自分たちは終わりだ。


「……マリアはさ」


 何ともなしにリッキーが切り出した。

 口を動かさないと不安。そう言う気持ちなのだろう。


「焦ったりしないのかい? 生まれた時から”大いなる義務”を背負って、良くわからないけど何かしなくちゃいけなくて。……そういうの」


 彼の言葉は先ほどのそれと完全に矛盾する。

 こちらが本音なのは明らかで、腹を割って距離が縮まったか、危機に直面している事実がそうさせるのか。


「分かりません。いえ、考えるのが怖かったんです。このまま、ひとりのまま大人になって義務と向き合わなきゃいけなくて。それで私はどこにあるんだろうって」


 マリアの回答もまた、先ほど感じたものとは相反する。

 例え、自分達を縛っている固定観念が取るに足らないものだとしても、それは強大な敵だからだ。きっと密猟者よりも強い敵。


 隼人と口論した時の彼なら、軟弱と断じたかもしれない。

 今の彼はそれをせず、神妙に頷いた。


「ぼくもだ」


 気まずい沈黙が流れる。

 本当は怖かった。何か良くわからい大人と言うものが。周囲の期待が。


 だから、隼人が羨ましかった。

 大人とか子供とか一切の頓着なしで、好きなように行ったり来たり出来る彼が。

 認めたくなかったのに、気が付いたらすとんと受け入れてしまった。


 自分は、自分たちはこの敗北感を味わいたくなくて肩ひじ張っていたのだろう。


「なあ、何でひとりなんだ?」


 隼人が尋ねてくる。いつものように空気を読まず。


「あのですねぇ、話を聞いてました?」


 呆れて文句を言うと、隼人はびしっと空に手をかざした。

 どうやら細身の剣を重ね合わせるポーズらしい。映画でおなじみだが、ひとりでやっても怪しいだけだ。


「俺たちは三銃士、チームだぞ? 誰かが困ってたら残りの2人が助けるんだ」

「きゅー! きゅー!」


 パフが袖を噛んで引っ張った。自分を忘れていると言いたいらしい。


「……訂正、俺たちは四銃士だ!」

「きゅーきゅー!」


 悩むのが馬鹿らしくなるというのはこの事だ。

 目の前の馬鹿が前向きに生きられるなら、人並みの自分だってそれなりに生きてゆけるだろう。


「なんか、どうでも良くなっちゃった」

「……私もです」


 ふたりしてくすくすと笑った。

 屋敷に押し込まれるのが嫌なら、本当に軍隊でも入ってしまおう。貴族なのだから食いっぱぐれる事は無い。それがあるなら贅沢な悩みではないか。


「ねぇ隼人……」


 その先は続かなかった。

 パフが背中に体当たりしてマリアを押し倒したからだ。


 次の瞬間、自分の鼓膜が銃声を拾っている事に気付いた。


 彼女は、恐怖した。

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