第7話「高貴なる者の義務?」

 ”その昔、ライズの人々は貧しいながらも助け合って生きていました。


 方舟に乗ってやって来た竜神様はその姿に感動されたのです。

 そして人々を貧しさから救うため、魔法の力を授けてくださいました。

 異界から召喚された第二の太陽は、賢き人を魔法使いに変えたのです。彼らは癒しや探索、戦いの力で貧しさを克服してゆきました。


 そして竜神様は200人の弟子をお集めになり、”鍵の民”と呼び様々な知恵をくださいました。

 彼らはライズじゅうに散らばって、人々を奇跡で救ったのです。


 鍵の民の血を引く子孫は、今もライズに伝統を残す貴族として人々を守っています。


竜神教徒に伝わる伝説




 ライズ世界で公爵だの伯爵だのは、役割や権力だけに依存しない。

 鍵の民の子孫を名乗るのに相応しいか。それが最大の判断基準になる。


 具体的には有事に義務を果たす事、そして何より魔法の力である。

 魔法は竜神の加護である。強い魔法を授かれば、それだけ強い加護を得たことになる。

 特にここダバート王国の名家は、なりふり構わず優秀な魔法使いを養子にする。子女に魔法の力が恵まれなければ、血統より神の加護が優先される。

 同じように民の為に魔法を行使した者は、英雄としてその血を迎えられる。


 「血統」を重んじる地球の貴族が知ると、随分驚くと言うのがメローラ家庭教師の弁だ。


「君も、やっぱり士官学校へ行くのかい?」


 リッキーは何とも無しに尋ねてくる。

 王国に限らず、軍人イコール義務を果たす者だ。箔をつける為に士官学校の門を叩く貴族は多い。嫡子であってもだ。


「私は、弟がいますからまだ何とも」


 そう答えるしかない。苦笑しながら。

 貴族の進路は、基本家長が決める。一応の抜け穴はあるのだが、マリアはそれを行使するつもりは無い。少なくとも今のところは。

 要は父の判断次第でどうとでも変わるのだ。


「探知魔法と治癒魔法だろ? 前線でも後方でも引く手あまたじゃないか」


 それはそうかもしれないが、重い木の棒を抱えて行進する自分は想像できなった。


「俺は空軍! 空軍に行くぞ!」

「きゅーきゅー!」


 はいはいそれは知っている。と言うか聞き飽きた。と言うかこいつの大言壮語にパフの鳴き声まで乗ってきて、煩わしさ2倍だ。パフに罪は無いけれど。


 ふと、リッキーが立ち止まった。

 むっとした様子で隼人に向き直る。

 こいつが馬鹿なのは今に始まった事ではないが、さっきの言葉に怒る要素はあったろうか。


「君の魔法は飛行機に乗っても役に立たないだろう? 空軍でも良いと思うけど、銃士志望はおかしいんじゃないか?」


 おかしい。

 言われた隼人は気分を害した様子は無いが、いつものようにへらへら笑って自分の話をまくしたてるような事はしなかった。

 それがかえって不気味で、言われたくない事を言われたと直観的に感じた。


「竜神の教えは『力を持つ者は他者に尽くせ』、だろ? 必ず魔法を使えとは教典に書いてない。責任から逃げるつもりはないよ。でもやり方は俺が自分で決める」


 ライズの子供たちは、強い魔法を授かる事を望み、憧れる。

 だがそれを望まず、魔力器官を授からなかった事に胸を撫で下ろす子供もいる。


 彼らは自分のやりたい事があり、魔法の力がそれを邪魔する・・・・事を恐れている。

 魔法の力は竜神の加護であるから、授かった者は世の中に報いなければならない。魔法の適性と望む道が重なれば良いが、そうでなければ進路の妨げになるか、最悪夢を取り上げられる。

 もともと魔法の力はクラスに1人授かればかなり多い方だから、大抵の場合杞憂に終わるのだが。


 隼人の例は。やりたい事の邪魔をされた典型だ。

 彼の魔法は最低の丙級。最小限の力しか与えられないのに義務だけは課される。義務がどんなものか明確に定められてはいないけれど、周囲に認められなければ先程のリッキーのような”苦言”を受け続ける事になる。それが嫌で、一生魔法を隠して生きる者もいると言う。


 隼人は自分の能力を疎んじてはいないだろう。それは口ぶりから分かる。

 しかし、その心中は彼にしか分からない。


「おかしいだろ!? 竜神様が加護を下さったのに、わざわざそれを無視するなんて!」

「無視はしてないよ。ゴールは同じだけど、ルートがちょっと・・・・違うだけだ」


 だが隼人の「ちょっと」はリッキーにとってもそうではないらしい。

 反論する口調は明らかに苛立っていた。


「それは詭弁だよ。君に魔法を授けてくれたご両親が後ろ・・・・・・指指されても・・・・・・良いのかい? ぼくなら耐えられない」


 隼人が立ち止まる。

 反射的にまずいと思った。


 深い意味で言っていない、もしかしたら彼なりの意味を込めて発した言葉なのかも知れない。

 だが隼人にとってそれは駄目・・だ。


「……ねじ伏せるさ」

「えっ?」


 覗き込んだ顔に驚く。

 彼に浮かんでいたのは、普段の彼からは想像できない感情。

 隼人はそれをぶつけた。吐き捨てるように。


「母さんにそんな事を言う奴らは全部黙らせる。士官になれば郷土の誉と呼ばれるんだ。銃士の名声はそれ以上。誰にも馬鹿にはさせない。後ろ指なんて差させない」


 ぞくりとした。

 彼が領に来た経緯から、何かを抱えているとは思っていたが。何か酷いことを言われた事は分かった。それはマリアも同じだから。


 いずれにしても、これ以上はいけない。すぐ叱りつけて止めるべきだ。

 それが出来ない。


 隼人の言葉にリッキーは何と答えるか、それが気になった。


 恐らくだが、彼も自分と隼人のように、その虚しさと苛立たしさを共有している。

 そして彼の方にも引くに引けない何か・・があるのだ。


 そんな自分も彼が負けを認め、隼人の言葉を肯定する事を何処かで望んでいる。

 魔法の力を持てば、自分の道を選んではいけないのだろうか?


(それって……?)


 隼人の境遇に自分を重ねている?

 致命的な事に気付いて、必死に頭を振った。それではまるで、この飛行機馬鹿に親近感を覚えているようではないか。それだけはありえない!

 幸いにして、2人は視線を合わせたままこちらを見る余裕はなかったようだ。


「と言うわけだから、よろしく」


 隼人がにっこり笑う。皮肉や威圧の笑みでは無い。

 どうやらすっきりしたらしい。今の一言を吐き出しただけで。


 感情のコントロールの上手さには舌を巻く。

 恐らく意識してやっていないのがむかつく。正直羨ましくて。


 一方のリッキーは答えなかった。

 ただ拳を震わせて呟く。


「……ずるいよ」


 ずるい? どういう事だろうか?

 すっかり機嫌を直した隼人は「勝った」と鼻の穴を広げ、それはすぐに気遣わし気な表情に変わった。ついでに罪悪感の付録付きだ。


「大丈夫か? 少し休憩するか?」


 リッキーはふるふると首を振ってずんずん歩き出し……、パフが顔面に激突した。


「きゅーきゅー」


 もがもがと言葉にならない声を吐き出してから、パフを引き剥がす。


「きゅー」


 パフは悪びれず、リッキーの手に顔を擦り付けた。

 ささくれ立っていたリッキーの表情が、次第に穏やかになってゆく。


「……ありがとう」


 それだけ言って、リッキーは毛玉のボールを抱きしめた。


「どうやら、勝者はパフだったようですね?」


 何故かちょっとだけ得意になって、気まずそうな隼人に言ってやる。


「……俺の負けで良いよ」


 乱暴に頭を掻く隼人の顔は、やっぱり少しだけ拗ねていた。

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