第2話「同道者」

”当時からあの馬鹿には散々振り回されましたよ。

あの探検騒ぎだって、若気の至りだと思ってたら、いつの間にか変に話題になっちゃって。


貴方みたいなのが色々書き立てるからですよ? この間映画化の打診をされた時には頭を抱えました。


……まあ、確かに大切な思い出ではありますね”


マリア・オールディントンのインタビューより




 結局、マリアは前進を命じた。

 隼人は「良し!」を命じられた子犬のように元気を取り戻し、悠々と歩を進める。


「ありがとな!」

「いいから気を付けてください。そろそろ列車が通りますよ?」


 流石にここで轢かれることは無いだろうが、橋や逃げ場のない場所で列車が来たら自分達が死ぬだけではない。大事故も起きうる。

 それが無くても乗客に自分たちの姿を見られたら、この冒険旅行は即座に終了だ。

 父に貰った懐中時計がこんなところで役立つとは思わなかったが。


「で、なんで一緒に来てくれたんだ?」

「……うるさいです。いいから周りに気を付けてください。もうすぐ鉄橋ですよ?」


 一瞬でもこんな奴にコンプレックスを感じたなどと認めるわけにはいかない。

 冒険の続行を決めたのは気まぐれ。そう、ほんの気まぐれなのだ。


「あれだな?」


 指さした先には立派な鉄橋。

 代々新しい物好きのオールディントン公爵家は、鉄道の導入も早かった。竜神の思し召しで日本との交流が始まってすぐ、金をかき集めて領内に線路を敷設したのだ。

 その甲斐あって物流拠点となったこの地は、日本との異世界貿易・・・・・の恩恵もあり大いに栄えた。


 先々代の当主は、まさに先見の明ありだった。

 そのせいで現当主は仕事に追われてろくに帰ってこないが。


(本当に、貴族って損です)


 嫌なことを思考の隅に追いやって、懐中時計を覗き込む。


「そろそろ来ますね。橋についたら何処かに隠れて休憩しましょう」


 鉄道のダイヤはそれなりに厳しく守られている。何時間もずれるという事は無いだろうから、休憩していればすぐに行ってしまうだろう。

 メローラの話では、日本の鉄道は更に厳格らしいが。


 不意に。

 隼人が立ち止まって橋の方を見つめる。その瞳が驚きに染まり――すぐさま走り出した。


「ちょっと! あぶな……」


 上げかけた声を呑み込み、彼女もまた走り出した。


 鉄橋の上に少年が1人、這いつくばって動けないでいる。肩を上下させているから明らかに呼吸がおかしい。


「おい! 大丈夫か? 俺の話が分かるか?」


 少年は辛うじて頭を動かすが、四つん這いになったまま顔を上げない。


「……きもちわるい」

「吐気がするんですね? 多分熱中症日射病です。とにかく水を飲ませて……」


 日射病の応急手当は2点。日差しを遮り、風を当てて体を冷やす事と、水を飲ませる事だ。そして周囲に日陰があればそこに搬送。医者を手配する。

 夏は日差しの強いオールディン領では小学校で徹底して教えられる知識であり、2人も重いのを覚悟で大きな水筒をぶら下げ、麦わら帽子を用意してきていた。

 しかし目の前の少年は、遠足用の小さな水筒とこちらも小型のリュックサックしか持っていない。帽子もベースボールキャップで、悪くは無いが通気性は麦わら帽子に大きく劣る。


 地元の人間からすると、明らかに準備不足だった。


「とりあえず、橋から移動させよう。俺上を持つから、足を頼む」

「わかりました」


 マリアがしゃがんで足を掴んだ時、後方から大きな汽笛の鳴り響いた。いつもなら手のひとつも振るところだが、今は地獄から追いすがるイザナミのごとしだった。隼人が短く唸った。


「やべっ」


 傍から見ればバスターキートンの喜劇映画みたいに見えるのかも知れないが、当の本人たちは必死だ。

 えっほえっほと声を掛け合いながら、反対側のたもと目指して全力疾走する。もし間に合わなければ飛び降りるしかない。下は10メートルくらいあるから、どちらが危険かは程度問題だろうけれど。


 背中から蒸とピストンの音がどんどん迫って来る。


(列車が来るッ! 早く! 早く渡り切らないと……!)


 怖い! 怖い! こわい!


「跳べ!」


 隼人が叫んだ、マリアは少年を押し倒すようにジャンプして、線路から離れようとごろごろ転がった。

 耳元から通り過ぎるピストンの音がして、生きていると自覚した。


「……生きてます?」

「お、おう」


 答える隼人も、流石に肝を冷やしたらしい。

 ほんの少し天罰覿面とか思ってしまう。


 そして、少年の方と言えば……。

 げえげえと声を上げて草に向けて空気を吐き出していた。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「そりゃ倒れもしますよ。水を飲みつくしただけじゃなく、胃が空っぽになるくらい何も食べてないんですから」

「……ごめん」


 日陰で水を流し込む少年の名はリッキーと言うらしい。

 何やら事情があるらしいことはマリアにも分かったが、だからと言って先程死にかけていた事実が消えるわけでもなく。


「水は口に含んでから少しずつ飲むんだ。流し込むと飲み過ぎになるし、水筒もすぐ空になるからな」


 ここダバート王国は、列強の多分に漏れず国民皆兵だ。

 こう言った知識は兵役から戻って来た若者が広めるため、それなりに普及していた。


 リッキーを観察してみる。

 雑に束ねた金髪と青い目。使い古しのジーンズと厚手のシャツ。

 何処にでもいる少年のいでたちだ。


 だが、それが妙に「嘘くさい」。見かけに比べて所作に品がありすぎるのだ。

 貴族とか平民とかは分からないが、それなりに高い教育を受けているのではないか?

 人の事は言えないし、根拠の無い疑問に過ぎないから黙ってはおくが。


「ありがとう。助かったよ。本当に迷惑をかけた」


 やらかした事の大胆さに比べ、その気落ち具合には少しだけ気の毒になる。

 よく考えたら、自分達だって十二分に無謀な行為を働いているわけだし。


「まあ、良いじゃないか。とりあえず飯にしようぜ? ちょうど弁当は夜の分も持ってきてるから足りるだろ」

「いいんですか?」


 隼人の計画では帰還はそれなりの時間になる予定だったようだ。

 最悪夜になったら動き回るのは危険だから、念のため夕食も持ってきたそうだ。隼人がこれを食すのはお仕置きでは済まなくなった時だろう。マリアを危ない冒険につき合わせたわけだから。


「悪くない冒険だったけど、潮時だよ。さっきの列車に見つかってるだろうから追手がかかるし、日射病のリッキーを連れ歩くわけにはいかないだろ?」


 それはそうだ。

 軽度の日射病は症状が治まれば休憩を挟んでの運動も可能だが、万一という事もある。マリアの治癒魔法に何とか出来るのはちょっとした外傷程度。日射病には役には立たない。


「今回計画が甘かった。次は・・もっと完璧な計画を立てて、何としても白竜に会いたい」


 彼のこう言う周到な部分が周囲の大人たちを警戒させるのだろう。しかも、当人は全く諦めていないのだ。

 拳を握って演説する隼人を見て、少しだけ、そうほんの少しである。残念に感じている自分がいる。


「君たちも白竜に会いに行くのかい?」


 隼人のアジテーションに、何故かリッキーが食いついた。

 こいつにすり寄ってもろくな事にならないからやめろと思う。


「ぼくも同行させて欲しい。竜に卵を貰わないといけないんだ!」


 冒険の継続を宣言され、隼人と2人、顔を見合わせた。

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