In the house.

「そろそろ帰ってくる頃だろうと思ってたよ」


 ドワイトに似た太った初老の女性がカウチに座ったまま言った。

 ドワイトの母、エリザベス・カーター。

 何の連絡もせずにいつ帰ってきても母親のこの台詞から始まる。

 母親を出し抜くのは不可能だと、ドワイトは始めて万引きしたときに学んだし、遊ぶ金欲しさに母の財布から小銭を獲ったときは本気で指を数本切り落とされるかと思った。

 以前より白髪と体重が増えたか?


「ハーイ、ビッグ・ブロー」


 上の妹のキャシーに下の妹メイヴ、姉のサンドラ。そして継父との間に出来た一番幼いレキシー。

 次々に軽いハグとキス。

 カーター一家は女系家族だ。

 みんなドワイトを好いてくれている。

 その中で、一番よそよそしいのが、継父のジェシーだ。

 ソファーに座っている感じでは今日も働きには行っていない様子だ。

 ドワイトにとってジェシーだけは父にはみえない。

 ドワイトが実家ぐらしで高校のころから母と付き合っていたようだが、そのときから印象は全く変わらない。

 悪いが就労状態がどうのこうのとか性格がどうのというより、完全に『母の男』。

 それ以上でもそれ以下でもない。

 ムカつきもしないし、好きにもなれない。

 そう自分自身でジェシーのことを無理やり規定しているのかもしれない。


「ローストビーフのあんたの分はないかもね」


 と姉のサンドラ。


「俺の分をやってくれ」


 と継父のジェシー。


「いいよ、何も言わずに来たんだし冷凍のピザでも焼いてくれれば」

「そんな洒落たもんはネズミがぜーんぶ齧っちまってないよ。みんなでローストビーフを分けるんだよ昔みたいに」


 Oldies but goodies


 実家には実家のルールがある。

 ここを統治しているのはこのビッグママこと、エリザベス・カーターだ。  

 アメリカの貧困家庭での貧困3点セット、シリアルと冷凍ピザとTVディナーがない家は存在しない。


 アーメンと短くお祈りを捧げて夕食へ。

 以前からだが、継父のジェシーは一応ドワイトに勧めてからだがウィスキーを煽る。

 継父のジェシーは失職してからはほぼアル中。

 あまり良い気もしないが、悪い気もしない。

 これがこの街ではちゅうちゅうだ。

 このブラウンズボロウではアルコールの助けを借りずに日々のストレスだけで家族を殴りまくる父親や兄、男性がゴマンと居る。

 しかし、継父のウィスキーを煽っていくスピードが尋常ではない。

 ジェシーの皿の隣には空になりそうなジャック・ダニエルの瓶が燦然と立っている。

 家族全員でローストビーフと缶詰から出して温めただけのチリビーンズに硬めのパンにとむしゃぶりつく。

 やおらして、ドワイトが咳払いをして言った。


「例の件考えてくれた?」


 なぜか沈黙。

 誰もドワイトのほうすら見ようとしない。

 毎年チームを変わりジャーニーマンと呼ばれるレベルのドワイトとは言え、これでもアメリカ4大プロスポーツのプロ選手を6年もやっている立派なプロスポーツ選手だ。

 大卒のホワイトカラーの10倍は年間で稼いでいる。

 ただ、NFLにはトウモロコシ畑で育ったいきの良い大卒の22歳が毎年わんさかと入団してくる、暫くはその連中を打ち負かすことが出来ても永遠に勝ち続けることは無理だろう。

 あと何年この額を稼げるかは疑問だ。

 この実家にもドワイトが生活費をがっつり入れている。

 今日もその件でわざわざ下手な機長の荒っぽい着陸のデルタ航空の飛行機に乗ってシャーロットまで帰ってきたのだ。

 

 「中古じゃなくて、新築なんだよ。全部おれのエージェントがファイナンシャル・プランナーも雇ってくれてちゃんとしててね、、、」


 さらにドワイト以外の面々の沈黙は重ねて続く。

 ナイフとフォークのぶつかる音だけがダイニングに静かに響く。


「シャーロットから出なくても良い物件のパンフレットを送ったと思うけど、見てくれたかな」


 どんっと継父のジェシーがウィスキーが空になったグラスを置く音がだけが響く。

 ものすごい長い間があってから小さな声が母のエリザベスからあった。


「レキシーやメイブは転校しなきゃならないんだよ」


 矢継ぎ早にドワイトは続ける。


「そのファイナンシャル・プランナーに任せれば、レキシーやメイブの大学の学費もなんとかなるって話しだし」

「私、大学なんか行けそうにないし、、、、、」


 とメイブの弱い小さな声。

 レキシーはズルズル言わせてオレンジジュースを飲む。


「メイブは小洒落こじゃれ脛齧すねかじりの大学生じゃなくて美容師になりたいんだよ」


 と母のエリザベス。


「違うよ、メイクアップアーティストだよ」


 とメイブ。


 レキシーがストローをコップに吐き出し答える。


「違う違うよ。メイブはニッキー・ミナージュのメイクをしたいだけだって」

「それ、言っちゃ駄目なやつ。反則。反則発生地点から5ヤードの罰退して2ndダウンのやり直し」


 メイブがレキシーの頭を小突く。

 この二人はまだ小学生だ。ふたりとも父親は別だが年が近いせいもあって仲が良い。

 ドワイトも二人を見て小さくほほえむ。仲が良いのは悪いことより良いことだ。


「この家じゃ無理だろ、、、」

「何言ってんだよ、あんただってこの家で育って今があるんじゃないか!!」


 母のエリザベスが珍しく声を荒らげた。

 少し言い過ぎた。”無理”が余計だった。

 母のエリザベスは男をどんどん変えていったが家だけは変えていない。

 この家はエリザベスの<家>ではなく<城>なのだ。

 ドワイトはこのボロ家というより、この地区から家族を救い出したかったのだが、どうやら答えは全員一致ならびに完全一致でNOらしい。


「俺だって、いつカットされるかわからないし、、」


 ドワイトの声は小さかった。

 更にカーター家の夕食のテンションがマイルハイ・スタジアムがあるデンバーの気圧なみに下がる。

 ドワイトもデンバーでは痛い目にあっている。高度1600mで普通に運動をするのは間違っている。

 継父のジェシーのジャック・ダニエルの瓶を置く音だけが続く。


 口を手の甲で拭うと逃げ出すようにドワイトはリビングのソファーへ向かった。

 ソファーの脇のマガジン・ラックには、地域の公立の図書館から保存期間が過ぎ廃棄代わりに無料で貰えるボロボロの雑誌が挟まっている。

 ドワイトの幼かった頃と何一つ変わっていない。

 そしてそのマガジンラックにはドワイトが前の前だろうか、送付した不動産物件のパンフレットもどうにか挟まっている。

 雑誌と同じく、即廃棄とはなっていないらしい。


 そのとき、V型8気筒、6Lディーゼル・エンジンの野太い排気音が家の前でした。

 まるで地獄の番犬ケルベロスが唸り声を上げているように聞こえる。


「悪党の御出座おでましだよ」


 母のエリザベスがダイニングで吐き捨てるように言った。


「メイブやレキシーには会わせられないよ。サンドラ出な」 

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