陽気な音楽とともに、いたるところから子どもの笑い声が聞こえる。9月下旬でもこの日はまだまだ暑く、半袖で来ている人がほとんどだった。


「けっこう人多いね。さすが人気の遊園地」


「人混みは大丈夫だったか?」


「うん、遊園地での人混みは平気なんだよね」


 そうヤマトに話すと、優しい笑みを私に見せてくれた。


 かっこいい。ヤマトは配信の時にも事務所の制服を着ていることが多いんだけど、私服はもっとかっこ良かった。細身のデニムにシャツというシンプルなものだけど、それが逆にヤマトの端正な顔立ちを際立たせている。眩しい。このまま洗濯洗剤のCMにも出られそうだ。


 私は服装を迷いに迷ったけど、動きやすい服を選んだ。遊園地で歩くだろうし、ヒールじゃなくてスニーカー。そのせいで、ヤマトとの身長差が広がる。だけど、せっかく誘ってもらった遊園地で、歩くことを気にしたり乗り物を楽しめない方が失礼かな、と思った。


「ハル、まずは何乗りたい?」


「んー、ヤマトは苦手な乗り物とかある?」


「特にないかな、ハルは?」


「私もないから、気兼ねなく乗れるね!」


 今日来た遊園地は最近大規模なリニューアルをしたばかりで、乗り物のほとんどが目新しいものだった。


「じゃあ、目につくやつで面白そうなものを乗ってみよ!」


「おう!」


 ふたりきりの初デート。正直緊張して、何を話したらいいんだろうかと悩んでいた。だけど、こんなにも楽しいことが溢れている遊園地に着いたら、その緊張もどこかに飛んでいったみたいだ。アトラクションの待ち時間で、その次に乗るものを考えたり、ゲームの話をしたり。ヤマトといると楽しい。


 男の子とこんな風に遊ぶなんてこと、経験したことがなかった。


 ジェットコースターに乗ってテンションを上げたあとは、コーヒーカップに乗った。ヤマトが面白がってカップをぐるぐる回すんだけど、私は全然平気。他のお客さんからは変わった目で見られていたかもしれない。私達はどうも乗り物に強いらしい。


 絶叫系の乗り物にたくさん乗っていると、すぐに昼になってしまった。


「あー、面白かった。ハル、そろそろ腹減らないか?」


「そうだね。なにか食べようか」


「ここ、おいしいフルーツのデザートがあるんだって。そこにする?」


「フルーツ? 実は私、フルーツ好きなんだよね」


「知ってる」


 ヤマトは笑う。


「え、なんで知ってるの?」


「前にイチゴが好きって言ってた。それに、飲み物だっていつもオレンジティーとかパイナップルとか、そんなのばっかり頼んでるもん」


 ――ヤマト、私が飲んでるものとか、言ったこととか覚えてくれているんだ。


 こんなふとした瞬間にときめいてしまい、今ふたりでデートしているということに気づかされてしまう。


 お店に入るとちょうどランチタイムで、私たちはパスタセットを頼む。そして、お店オススメのフルーツパフェも。ヤマトは甘いものはそんなに食べないらしく、注文はひとつだけにした。


「スプーンはおふたつですか?」


 気の利く店員さんがそう聞くと、ヤマトは耳を真っ赤にしながら「ひとつです!」と答えていた。


「ああ、同じスプーンで食べられるのですね」


 店員さんは納得したように厨房に戻っていって、私たちは席から崩れ落ちそうになってしまう。周りを見ればカップルばかりで、ヤマトも意識しているのかもしれない。楽しいけど、緊張して、ドキドキする。こんな気持ちは、初めてだ。


 ヤマトも、私と一緒の気持ちでいてくれたなら、嬉しいんだけど。


 パスタのあとに出てきたパフェはフルーツにたくさんの生クリームが乗せられていて絶品だった。特に、マスカットがおいしい!


「ヤマトも一口食べる?」


 そう聞くと、ヤマトは顔を真っ赤にしてしばらく黙った。さすがに調子に乗ったかもしれないな、と反省していると「……食べる」と小さな返事が聞こえた。


 スプーンに大きなマスカットを乗せ、ヤマトの方に向ける。ヤマトは大きな口を開けてそれを食べた。


「う、うまいな」


 どこかわからないところを見ながら話すヤマトが可愛い。


「そうでしょ」


 後ろで店員さんがニヤニヤしながらこっちを見ているのを、私は見逃さなかった。




 遊園地のレストランゾーンを抜けると、ゲームコーナーがあった。そこには最新の射撃ゲームがあり、ヤマトはそれに小走りで近づく。


「ハル、あれ最新の筐体だ。ちょっとやってみないか?」


「ヤマト、格ゲー以外も詳しいんだね」


「色々情報を見ておかないと、趣味だけど仕事でもあるからな」


 私達はお金を入れ、2人プレイを選ぶ。実際の銃のようなコントローラーだ。


「ハル、ゾンビが出てきたらできるだけ頭を狙うんだ! 体力が高い大きなゾンビが武器を持ってたら、先に手を撃って武器を落とした方がいい!」


「え、ゾンビが出てくるの⁉ 初めてだからうまくできないよ!?」


 心の準備がまだできていないのに、迫力ある大画面の向こう側からゾンビが走ってくる。


 ――ゾンビって、のろのろ歩いてくるもんなんじゃないの⁉


 コントローラーの銃をまっすぐ構え、引き金を引く。


 画面には『ヘッドショット!』という派手な文字が表示される。


「さっすが、ハル!」


 ヤマトはそう言いながら、自分の方にいるゾンビをどんどん撃っていく。私達は背中を合わせるようにしてゾンビを倒した。


「そっちに大きいの行った!」


「OK!」


 激しい銃声と破裂音。こういうゲームも楽しいな。夢中になっていると、いつの間にか全てのステージをクリアしていた。


「最高スコアだってさ」


「やったね!」


「初見で全クリできたのすごいな」


「ヤマトがだいぶ助けてくれたからね」


「そ、そうか?」


 ヤマトは照れくさそうに鼻を掻いていた。


 後ろを見ると、ギャラリーが出来ている。さすがに少し目立ったか、と思っていると女子大生らしきふたりの女性がこちらに近づいてきた。


「ヤマトさんとハルさんですよね? いつも配信見てます!」


「……どうも。ありがとうございます」


 ヤマトが気まずそうにしているのを察する。


「ヤマトさんすごく上手でしたよね! いやー助けられちゃいました。このゲーム楽しかったので、是非やってみてくださいね」


 できるだけ早く話を切り上げて、ヤマトと一緒にゲームコーナーを出る。


 早足で歩いていると、ヤマトが後ろから声をかけてきた。


「ハル、ありがと」


「ん、なにが?」


「俺が気まずそうにしてたから、かわりに話しを切り上げてくれただろ」


「そんなつもりはないけどね。早くほかのアトラクションに乗りたかっただけ」


 そう言って笑ってみせると、ヤマトは微笑む。


「あれ、乗らないか?」


 ヤマトが指さした方には、観覧車があった。


「そうだね。さっきのゲームでだいぶ動いたし、休憩がてら……」


 観覧車ってすごくカップルっぽい。密室だし、狭いし。また変に意識しちゃう。私はぶんぶんと頭を振り、邪な考えを振り払った。


 観覧車乗り場に着く。幸いにも人は並んでいなかったので、すぐに案内された。ヤマトが先に観覧車のなかに入って、手を差し出してくれる。私は自分の服で掌を拭ってから、その手を掴んだ。


 ゆっくりとしたスピードで空へと昇っていく。ゆらゆらとした感覚がまるで揺りかごのようで、心地よかった。高くなる景色を眺めていると、ヤマトは落ち着いた声で話し始めた。


「さっき、ありがとな」


「だからなにもしてないって」


「いや、あのさ。知ってると思うけど、俺って女の人が苦手なんだ」


 ――わかってる。ヤマトが好きだって自覚したとき、まっさきにそのことが頭をよぎった。この恋を諦めた方がいいのかもしれないと、心がじくりと痛むんだ。


「答えにくかったら言わなくていいんだけど、どうして苦手なの?」


 意を決して聞いてみると、ヤマトはぽつりぽつりと話しはじめた。



「ハルは前、俺の実家に来たことあるよな」


「え、うん。とても立派な和風の……」


「実はさ、今の事務所に入る前はずっとじいさんとふたりで暮らしてたんだ」


「ふたりって……お母さんは?」


「父親は俺が生まれてすぐに病気で亡くなってさ。母親は……ずいぶんと会ってない。生きてるかもわかんないんだよ」


 ……そんな、ヤマトの家庭がそんな状況だなんて、想像もしてなかった。


「ごめん! 私、辛い話を」


 私の謝罪をヤマトは遮る。


「ううん、ハルだから聞いてほしいんだ」


 ヤマトの真剣な表情。私は、この話を受け止めないといけない気がした。


「小学校三年のときかな。今のじいさんの家に、母さんと一緒に住んでたんだ。小学校から帰ったらさ、母ちゃんがぽつんと台所に座ってたんだよ」


「ただいまって言ったんだけど返事はなかった」


「俺は母さんの近くに行ったんだ。そしたら、母さんが泣きながら怒り出してさ。『あんたがいるから、私は自由になれない! 女として幸せになれない‼』って」


「そのあと、荷物まとめて出ていったんだよ。連絡もとれない。どこにいったのかもわからない。ばあちゃんも、もう亡くなっていたから……その日からずっとじいちゃんとふたりで暮らしてたんだ」


 胸がぎゅっと掴まれるように痛んだ。

 優しいヤマトの笑顔の裏側に、こんなにも悲しいことがあったなんて。

 なにを伝えたらいいのかわからず、ただ頷いて聞くことしかできない。


「それからなんだ。女性が苦手……というか、女性に対してどうしたらいいのかわからなくなったんだ。……いや、怖いって言った方が正しいのかもしれない」


「俺が話したら、俺が近くにいたら、その女の人の自由を奪ってしまうような気がして……。怖いんだ」


 ヤマトが、切なさそうに外の景色を見た。

 その瞳はひどく寂しそうに見える。


「――ハル⁉ なんで泣いてるんだよ!?」


「ごめん、私なにも気の利いたこと言えなくて。ただ、ヤマトが辛かったこと、苦しいことを考えたら、涙が……」


「ほんっとに、ハルは……」


 ヤマトは大きな手で私の頬に触れた。


 彼の長い指が、私の涙をすくう。


「だからさ、ずっと避けていたんだよ。女の人と関わるのを。でも、ハルは違った」


「なんで……?」


「わかんない。会ったときから可愛いって思った。もっと話したいって感じた。一緒にゲームをしたとき、こんなにも笑い合える女の子がいたんだって驚いた。もっともっとハルのことを知りたいと思った。もっとずっと、一緒に居たいと思った」


 ヤマトは私の手を握る。


「これは俺のワガママだけど、聞いてほしい。俺は、ハルの自由を奪いたいと思ってしまってる。そんな自分が嫌になるけど、止められない」


 私は喉をごくりと鳴らす。

 ヤマトは、私の手をぎゅっと強く握った。




「ハルのことが、好きだ」




 ヤマトの告白に、私の胸から顔、頭から指先まで熱いものが広がっていく。


 過去、そして私への気持ち。ヤマトは真剣に想いを伝えてくれた。


 それなら、私もその気持ちに、まっすぐに応えないといけない。


「ヤマト。私はね、ヤマトになら自由を奪われてもいい」


「私も……ヤマトのことが好きです。大好きです」




 手を握り返すと、不思議とまた涙が零れた。


「ハル、本当か⁉」


「うん。あと……今更だけどね。ハルはゲームの名前だから、これからは春菜って呼んでほしい」


「は、春菜……!」


 ヤマトはぎゅっと私を抱きしめる。

 その勢いで、観覧車のゴンドラが揺れた。



「ちょ、ちょっとヤマト! こんなところで!」


「だって……すげー伝えるの怖かった。もう、絶対離さない」


 かっこいい。かわいい。ずるい人だなぁ、と思う。


 私、世界一幸せかもしれない。


 大好きな人に、告白してもらえたんだから。



 その時、ゴンドラの扉が開いた。


「あのーお客様、もう一周乗られますか!?」


 いつの間にか一周していたらしい。

 迷惑そうにしているスタッフさんに謝りながら、私達は観覧車を降りた。


「観覧車の一番上の景色とか、全然見てなかったや」


 ヤマトが笑う。


「あとでもう一回乗ろうよ! 夕暮れでも見ながらさ」


「いいな、それ」


 ヤマトが手を差し出してくれたので、少し恥ずかしいけど手を繋ぐ。




 この日、私達は恋人になった。

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