都内にあるスタジオに着くと、すでに会場周辺には人だかりができていた。今日開催されるアタックウォリアーズの大会“青龍杯”の規模を考えると、当然のことではあるんだけど……。


 運営の情報によると、大会参加者は50名。その誰もが上位勢であり、全員が優勝を目指している。もちろん、私も。


 観客もいるし、戦いは動画配信サイトでもライブ中継される。配信の数もいつもより多いらしい。噂のプレイヤー“ハル”が初めて公の場に顔を出すということが話題になっていたからだった。


 大会はまだ始まっていないのに、緊張のせいか心臓の音が大きく聞こえる。


 大丈夫。この1ヶ月、やれるだけのことはやった。


 ポーチから手鏡を取り出し、前髪を直す。発色のいいリップを塗ると、鏡のなかの自分に微笑みかけた。


 ――今、私は変身した。


 小さいころに憧れた魔法少女みたいに。大丈夫、私はできる。

 手鏡をパチンッと音を立てて閉じると、会場入口へと足を進めた。


 今日の服装はガーリー系にした。背を伸ばして歩くと、パステルピンクのワンピースが踊る。試合に支障が出ない高さのヒールは、コツコツと機嫌が良さそうに鳴る。


 会場入口の自動ドアの向こうには、カメラを持つたくさんの人たち。


 深呼吸をしてから、ドアの前に立つ。ドアが開くと同時に、無数のカメラが私の方に向けられた。記者だろうか、動画配信者なのか、それすらもわからない人数だった。


「こんにちは! プレイヤーですか?」

「もしかして、あなたがハルですか!?」


 会場の参加受付をする前に、多くの人に囲まれる。もともと女子プレイヤーが少ない大会なので、女性というだけで目立つようだ。


 まるで行く手をふさぐように向けられたマイク。膝が震えそうになるのをこらえて、私は髪を後ろへ流す。


「はい。私がハルです」


 そう伝えると、私を囲んでいた人達はさらに盛り上がる。


「うおおお! 今日の気持ちを一言ください!」

「噂のプレイヤーのハルがこんなにも可憐な女性だとは‼」

「もうどこか事務所に入ってるんですか⁉」


 す、すごい圧……。マイクがずいずいと近づいてきて、もう顔にも当たりそうだ。


「――ストップ。試合前の選手なんだからもうちょっと気を使ってください」


 近づくマイクを、後ろから伸びてきた大きな手が止めてくれた。


 ……ヤマトだ。


「来てくれたんだ」


「当たり前だろ」


 私とヤマトの会話を遮るように、ひとりの動画配信者がスマホをこちらに向け、質問してきた。


「ヤマトさん、本日はハルさんの応援……ということですか?」


「そうですけど、なにか?」


「それじゃ、おふたりは特別な関係だということですね!?」


 ヤマトの眉が動く。やばい、ヤマトが怒るかも……。


「はいはいっ。僕たちはお姫様のエスコートに来たんだよ」


 ――私の前に壁ができる。ソウマさんだ。

 忙しいはずなのに、応援に来てくれたんだ!


 ソウマさんはにこやかな顔をしながら、動画配信者のスマホ画面をタップした。


「ああ! 配信が停止にー‼」


「カメラ越しよりもさ、せっかくハルちゃんが可愛い姿を見せてくれてるんだから。その目で見ときなよ」


 ふたりが私の前に立つと、私を囲んでいた人達がさっと道を開けていく。


「ハル、行こう」


「この会場久々だなぁ。ハルちゃんデビュー戦だねっ」


 ふたりの気持ちが嬉しい。体は震えているけど、これは怖くて震えているわけじゃない。ふたりの気持ちに応えたい。これから始まる戦いへの、武者震いだ。




 参加受付を済ますと、名札を渡された。

 青龍杯ではプレイヤーは、半分に分けられる。AブロックとBブロックのトーナメント方式だ。そして、AとBの頂点に立ったもの同士で……決勝が行われる。


 私はAブロックになった。

 ソウマさんは私の名札を見ると「あちゃー」と声を出す。


「どうしました?」


「いや、ちょっと番号の引きは残念だったね。マンダムもAブロックだ」


 ……そうだ。今日はマンダムさんとも戦わなければならない。

 マンダムさんにとっても今日は初の公式大会。とても大事な大会になる。友人と戦わなければならないのは、プロゲーマーの世界ではざらにあること。だけど、いざ自分がそのような場面に置かれると、少し気が引けるのも事実だった。


 ヤマトは会場を一瞥する。


「関係ないさ。どうせ今日、ハルは全員を倒すんだから」


 ヤマトのこの自信はどこから来るんだろう。でも、そうだよね。優勝を目指してるのに、最初から気持ちで負けてちゃだめだ。順調にいけば、マンダムさんとは3回戦で当たる。


「じゃあ、僕たちは観客席から見てるからね。変なやつがいたら、叫ぶんだよ」


 ……ふたりがいてくれることが、こんなにも心強いなんて。


 スタジオの奥には大きなモニターがある。今日、私もあそこで戦うんだ。

 私は自分の頬をはたく。さぁ、攻略開始だ。



 私が青龍杯に参加するということは知れ渡っている。

 これは自意識過剰と思われるかもしれないけど、ストロベリーの対策はされている可能性が高い。だけど、そうそうにマカロンを使ってしまえば、対戦相手にマカロンに有利なキャラを選択される可能性がある。

 マカロンは奥の手として、せめてマンダムさんとの戦いまでは温存しなければならない。


『エントリーナンバー39、ハル選手。メイン配信台にお願いします』


 ――って、1回戦目からメイン配信台⁉


 トーナメントの戦い全てが配信されるわけではない。だけど、青龍杯のメイン配信チャンネルは会場内で一番目立つところで戦うことになる。


 大会視聴者は1万人を楽に超える。初の大会で、いきなりのプレッシャーだ。


 私はゆっくりと息を吐き、ステージに上がった。

 大きな歓声があがるとともに、司会者が場を盛り上げる。


「さぁ、始まります青龍杯! 戦いの幕を上げるのは突然アタックウォリアーズ界に現れ、プロゲーマーヤマトとの戦いでも勝利した! 噂の女性プレイヤーハル選手!!対する相手はアマチュア大会で優勝経験があるヘボン選手! トリッキーな戦法で相手にターンを譲らないスタイルは、数々の選手を泣かせてきました」


 ステージにある巨大なモニターには、ゲーム画面が映っている。そして、配信を見てる視聴者のコメントが流れていくようになっていた。コメントの数が多すぎて、画面が見えない。同じように、会場内でも色々な声が聞こえる。


「がんばれー!」

『ハルってめちゃ可愛いw 応援したくなる』

「ヘボン、決勝で待ってるぞー!」

『お手並み拝見ってところだな』


 リアルな声とネットの声が混ざり、私に届いてくる。


 ――集中。集中。


「さて、盛り上がってまいりましたが、ここでひとつご挨拶を! 司会・実況を担当させていただくのは私、鈴木でございます‼ みなさんご存じの方も多いと思いますが、今大会でのルールをあらためてアナウンスさせていただきます!」


 アタックウォリアーズは、格闘ゲームでありながらパーティゲームの側面を持つ。ルールは、大会ごとに変わることもある。


 青龍杯のルールは――“3先、場外ルール”だ。


「今大会の試合は、先に3試合を取ったプレイヤーが勝ち進みます! ルールは場外制! ステージから弾き出され、ステージに戻ってこられなかった場合、その試合は負けになります‼」


 体力制とはまるで戦い方が変わる特殊な形式。

 ダメージを受ければ受けるほど、相手の攻撃でふっとぶ距離が多くなる。


 見た目で状況がわかりやすく、格闘ゲームを知らない人でも楽しめるので、大会ルールで採用されやすい人気のルールだ。


 1試合毎にキャラクターの選択はできるので、ストロベリーできつかったらマカロンに変えることも可能。とりあえず、初手はストロベリーを出す。


 ……ヘボン選手は攻撃の軌道が読みにくいガロバニアの使い手。ちゃんとリサーチしてある。


「それでは、試合! 開始ぃい‼」



 試合開始の合図とともに、さっきまでうるさかった歓声は、何も聞こえなくなった。目の前にある、アタックウォリアーズの音だけを、この耳は捉えていく。




「私は夢でも見ているのでしょうか……」


 司会の鈴木さんがぼそりとした呟きをマイクに乗せてしまう。

 私はヘボンさんに一礼をして、ステージから降りた。


 巨大モニターに映るのは『3―0』の数字。


「ハル選手! ヘボン選手相手に1試合も落とすことなく、2回戦に出場‼ 彼女の腕は、本物だあああ!!」


 ――ガロバニアの攻撃が読みにくいのはオンラインの話。

 オフラインじゃ“見えてる”の。

 ストロベリーの攻撃も刺さりやすいキャラだしね。


 ざわつく観客の声が聞こえる。


「ストレート勝ちって容赦ないな」

「ってか、ヘボンだって優勝候補なのにこんな圧倒的な試合になるなんて……」

「マジでかっけぇ」


 できるだけ耳に入れないようにする。全ての試合を終えるまでは、ゲームをプレイすること、他の参加者の試合を観察することに力を使いたい。会場の端に行こうとすると、ヤマトがこちらに手を振っているのが見えた。


「まずはお疲れ」


「ありがと。ガロバニアだったら有利取れるから。ラッキーだったよ」


「さすがハルだね。完全にゾーンに入ってる」


「ゾーンって?」


「スポーツの世界ではよくあるんだよ。極度の集中状態に入って、競技以外は目にも耳にも入らなくなる。初めての大会の試合でここまでの圧倒的なプレイ……ポテンシャルに驚かされるよ。俺もうかうかしてられないな」


 ヤマトの言葉に、少し緊張の糸がほどける。ヤマトは今、ワクワクした表情を見せていた。きっと自分も戦いたいと思っているんだろう。どこまでもゲームが好きなんだな。……そして、それは私もだった。


 大会の熱気、ジリジリと焦げつくような読み合い。

 鼓動がどんどん大きくなって破裂してしまいそうなのに、頭のなかはとてもクリアだ。ゲームがとっても楽しい。勝ち続けて、もっともっとプレイしたい。


 ヤマトは私を見つめる。


「さっさと優勝して、早く俺とも勝負してくれ」


「うん、頑張る」


 私はヤマトのために、そして私のために。楽しみながら勝つ!


「あ、そういえばソウマさんは?」


「あいつ、ファンの子たちに囲まれて動けなくなってる」


 ヤマトが指さした方を見ると、女の子に囲まれているソウマさんがいた。そりゃそうなるよね……。


 しかし、よく見ると女の子の集団がもうひとつ。

 配信者もたくさんいるし、盛り上がっていた。


 あれ? ソウマさんやヤマトのほかにも女子人気が高い配信者っていたっけ?

 疑問に思っていると、その集団から抜け出るように人が出てきた。


 マンダムさんだ。ずいぶんと印象が違うような……。


「ぎょえ~~‼ 悪霊退散! 悪霊退散‼ 拙者はキャーキャー言われる覚えはないでござる~‼」


「マンダム、すごい人気だな」


 ヤマトが笑っていると、マンダムさんはこちらに気づいた。手を振りながら走ってくる。


「ヤマト氏ー! ハル氏ー! 助けてくだされー‼」


 その必死な様子が可愛くて、申し訳ないけど笑えてきてしまう。ああ、眼鏡を外したから印象が違うんだ。


「お疲れ様です。眼鏡、やめたんですね」


「そうでござる。競技のときに自分の鼻息で曇ったりして不便ですからな。コンタクトにしたらやたらと周りの女人が叫び、変質者扱いでござる」


 ……もしかして、マンダムさん気づいていないのかな。

 牛乳瓶の底のような厚い眼鏡を外したマンダムさんは、驚くほどにイケメンだ。雅という言葉が似合いそうな切れ長の目。長い睫毛。高く伸びた鼻。そういえば、マンダムさんも大会で初めて顔出しするって言ってたもんね。普段の声からのギャップで、インパクトは抜群だったと思う。


「コンタクト、似合ってますよ」


「そ、そうでござるか? ハル氏に言われるとなんだか嬉しいでござるな」


 マンダムさんは頬を赤らめる。少しだけ間をおいて、真剣な顔で話し始めた。


「……ヤマト氏、ハル氏。あらためて以前の件は申し訳なかった。結果的に大会にみんなを引っ張り出すような形になってしまったのは、拙者のせいでござる」


「もう、気にしないでくださいってば。大会中にそんなこと気にしてたら、負けますよ」


「そうだぞ。だいたい、あのことがなかったとしてもハルはいずれ世にでるプレイヤーだった」


「ふたりとも、ありがとうでござる」


 マンダムさんは涙目になりながら頭を下げる。


「泣いちゃったらコンタクトがずれますよ。せっかくとびきりのイケメンになってるんだから」


「……イケメン? 拙者が?」


 そこまで話したところで、ヤマトが私とマンダムさんの間に入った。


「はい、ふたりは敵なんだから離れて。マンダムも試合の準備にさっさといけよ」


「え、えらく冷たいでござるな……」


 マンダムさんは名残惜しそうにこちらを見つめながら、自分の試合の場所へと歩いていった。もしかしたらヤマトが嫉妬したなんてこと……あるわけないよね?



 2回戦も私は3―0で制した。ストロベリーにうまく対応できていないプレイヤーといった感触。もともと上位勢で使用されていることが少ないキャラだから仕方ないのかもしれないけれど。


 ヤマトの方を見ると、今後はヤマトが女性ファンに囲まれて大変そうにしている。どうにか間をくぐり抜け、私のもとへ歩んでくる。げっそりとした顔をしていた。


「お疲れ、1コンボでよく場外まで運んだね。ほぼノーダメじゃん」


「運がいいのもあるよ。ファンの子、置いてきて大丈夫?」


「最低限の挨拶はしたから、それで勘弁してもらう」


 ……ヤマトはやっぱり女性が苦手なんだな。


「それより、次はマンダムとだろ。初戦はストロベリーを出すのか?」


「そのつもり。1戦落とす可能性はあるけど……」


 私達の会話を遮るように、会場内にアナウンスが響く。


「Aブロック第3回戦、ハル選手とマンダム選手はメインステージでの試合をお願いします」


 そのアナウンスが流れると、会場から「オオーッ」という声が湧いた。


「まぁ、今日の主役ともいえるふたりの戦いだ。メインステージで調整するだろうな」


 ……はぁ。緊張するからできればメインステージは避けたいんだけど。


「ハルの強さ、見せつけてやれ」


 ヤマトがグッドポーズを見せる。ヤマトの親指と同じように、私の指にも練習の痕ができているんだ。


 無言で頷き、私はステージの方へ歩き出す。


 練習した時間は裏切らない。そのことを思い出したから。



「それではAブロック第3回戦、始まります! プレイヤーはストロベリー使いのハル選手! 対するはワドウ使いのマンダム選手! 両者とも青龍杯で初の顔出しとなり、SNSでその名前がトレンドにもなっています‼」


 ちょっと待って。そんなこと全然知らなかったんだけど。

 衝撃の事実が実況から飛び出してくる。


「SNSでは青龍杯の名前と一緒に『ハル 可愛すぎ』『マンダム イケメン』という投稿が多く呟かれています! また『ハルは女の敵』『マンダムは真のオタクと信じてたのに裏切られた』など現実を受け入れられない叫びもちらほらと……」


 ……私はともかく、マンダムさんも大変なんだな。


「そんな注目の両選手がこの青龍杯で戦うのは大会スタッフとして嬉しい限りです。Aブロック第3回戦。盛り上がってまいりましょお‼」


 実況の人はやっぱり場を盛り上げるのがうまい。配信画面も、会場も、ものすごい熱気に包まれた。


 マンダムさんとは以前の宅オフで戦わせてもらった。アタックウォリアーズのプレイヤーには2種類のタイプがいる。複数のキャラを使いこなすオールラウンダーなプレイヤー。そして、ただひとつのキャラを極めていく玄人だ。マンダムさんは後者になる。


 マンダムさんの使用キャラクターは“ワドウ”という侍。

 長い日本刀を所持するキャラクターで、恐るべきは武器のリーチと攻撃のフレームの短さ。コンボ性能は高くないが、慎重な間合い管理が必要とされるキャラクターだ。


 ストロベリーとの相性は五分……ではなく、ストロベリーが若干不利だと思う。


 私は喉を鳴らす。宅オフでマンダムさんの強さはわかっている。


「ハル氏、よろしく頼むでござる」


「本気で行きます!」


 実況が大きく息を吸い込む。


「それでは1試合目、開始ーー‼」



 ランダムに選ばれたステージは足場がひとつあるだけのシンプルな場所だった。

 心のなかで舌打ちをする。ワドウが苦手な動きは空中。つまり、ジャンプが必要になるステージの方が攻め込むチャンスが増える。


 平らな地面でのステージだと足の速さは……ワドウが有利!


「試合開始とともに、マンダム選手が俊足でハル選手に詰め寄るー!」


 やばい、すでに間合いに――


「先制攻撃はワドウ! 下段の斬撃でストロベリーを浮かし、そのまま袈裟切りを決めていく‼」


 浮かされたストロベリーの落下速度は他のキャラに比べて遅い。つまり、コンボを繋げられやすい。


 空中でストロベリーの体制をずらす。でも、ずらした先は……まだワドウの間合い! 読まれてるっ‼


「木の葉切りが決まる! ハル選手、ステージ場外まで弾き出されたぞー!」


 このままじゃやばい! 一度距離を置かないと!


「ハル選手がフレアサークルを展開! 円状の炎が発動するが……マンダム選手には当たらないー!」


 ……この後隙はまずい。なにもないことを祈るが、マンダムさんがこの隙を逃すとも思わなかった。


 ワドウがストロベリーの間合いに入る。それと同時に居合切りが発動し、ストロベリーは場外に落ちていく。


「決まったー! ハル選手、今大会で初の黒星! マンダム選手はスーパープレイを見せてくれました!」


 やばい。落ち着け。実況の声がやたら大きく聞こえる。集中が途切れている証拠だ。下段斬撃が来るのはわかっているんだから、できるだけ距離をとって弾幕を張るんだ!


「両選手キャラクターチェンジはないようです! それでは、第2試合開始‼」



 ワドウはさっきと同じように距離を詰めてくる。

 私はバックステップで距離を稼ぎながら、飛び道具を連射する。


 ストロベリーから虹色の弓が次々と撃ち出されていく。


「ストロベリー、距離を置いてのプリズミックアローだ! この弾幕、マンダム選手はどう対応するのかー⁉」


 空中、下段、上段、変化を加えながら打ち出す矢に少しでも被弾すれば……そこから詰め寄る。私はマンダムさんに隙を与えないようにしているが、ワドウには当たらない。


 ――あのときの宅オフから練習しているのは、私だけじゃないってことね。


 額に嫌な汗が垂れる。


 プリズミックアローのひとつを刀で打ち消したあと、居合切りの間合いまで詰め寄られてしまう。出だしの速い通常攻撃を出すが、ストロベリーの攻撃はワドウに届かない。


 ――やられる。


 一瞬の間に攻撃され体勢を崩された私は、そのまま場外へと弾き出された。

 ステージに復帰することも叶わず、この勝負を落とす。


「2試合目もマンダム選手の勝利! 次の勝負、マンダム選手が勝てばハル選手は敗退となってしまいます!」


 ……次、負けたら終わり。まさかストロベリーを使っているのにここまで圧倒されるなんて考えていなかった。


 落ち着け。落ち着け。手に汗をかいてきて、指先がうまく動かない。

 これが、大会のプレッシャーなの……?


 私は両手を合わせ、祈るように手を合わせる。


 そのとき、会場の方から視線を感じた。

 その方向に目を向けると、ヤマトが真剣な顔でこちらを見ている。


 ……そうだ。ひとりで戦ってるんじゃない。

 ヤマトとの練習を思い出す。


 大丈夫。まだ負けてない!



「おおおー⁉ ここでまさかのキャラチェンジ! ハル選手はマカロンを選んだー!」


 一瞬、マンダムさんの表情が変化した。

 私がマカロンを使うのは予想外だったのだろう。


 マカロンはストロベリーよりさらにふっとばされやすい。

 だけど、触れさせなければいいんだ。



「見逃せない3試合目、開始ぃいい‼」


 会場内のどよめきと、荒れているコメントが視界の端に映る。

 目の前の画面にしっかりと向き合うと、騒がしい会場は静かになった。


 ……私は自分のマカロンを信じればいい。


 開始の合図とともに走ってくるワドウに、こちらからも近づく。

 下段の斬撃を小ジャンプで避けると同時に、手裏剣を投げる。

 ヒットを確認して、私はワドウの間合いに潜り込んだ。

 クナイでの斬撃、上段の蹴り、手裏剣と順に叩き込む。

 苦しそうなワドウが空中に逃げるが、そこにはすでに――待っている。


 マカロンの忍術を発動。

 マカロンが美しい蝶を周囲に放つと、その蝶が輝き始める。


 この体制からは、ワドウは避けられない。

 蝶々が衝撃波を放ち、ワドウの体を穿つ。


 そのまま動けることもなく、ワドウは場外へと落ちていった。


 ――まずは、一本。


「ハル選手、まさかのノーダメで撃墜ー‼ この勝負、わからなくなってきたぞー!」


 第4試合が始まる。もうターンは譲らない!


「この試合、どうなってしまうのかあああ!?」





「――ハル氏、残念でござる」


「マンダムさん、私も同じ気持ちです」


「大会だとか事務所とか関係なく、すごく楽しい勝負だったでござる。もっともっと戦いたいぞい……」


 マンダムさんと私は拳と拳を合わせた。

 そのタイミングに合わせて、実況が大きな声を張り上げる。


「Aブロック第3回戦、まさかの逆転勝利をおさめたのは、ハル選手だぁああ!」


 歓声と拍手の渦に包まれる。結果は3―2だった。

 マンダムさんも途中からマカロンの動きに対応してきて、ピンチな場面もあった。

 でも、どうにか勝つことができた。


 ステージを降りると、とたんに膝が笑って転びそうになる。すかさず近くにいたヤマトが、私の体を受け止めてくれた。ヤマトの体温が、服越しにも伝わる。


「ご、ごめん!」


「大丈夫か?」


「うん、勝ったら急に疲れが出たみたい」


「いい戦いだったよ。見ていてこっちも熱くなった」


 そう言ってヤマトは私の肩にポンと手を置いた。ヤマトが私を応援してくれるから、冷静になれた。


「ヤマト、ありがとうね」


 ヤマトは頬を赤らめる。


「な、なんだよあらたまって。もうすぐ決勝なんだから、今のうちに休んでおけよ」


「うん……でも、次に戦う相手の分析もしておきたいし」


「あのな、その気持ちもわかるけどずっと集中しっぱなしはだめだ。本当に大事なときに力がでなくなる。Bブロックの次の試合が終わるまでは、休んどきな」


 そう言ってヤマトは私の手を引くようにして、スタジオを出た休憩所まで連れて行った。私の手を取るヤマトを見て、どこかで女性の悲鳴がしたような気がする……。


 ドア一枚を隔てるだけで、ずいぶんと会場の音は小さくなった。さっきまでいた戦場から解き放たれたようで、ふっと緊張の糸が切れる。そういえば、さっきのマンダムさんとの試合は集中しすぎて、息をすることも忘れてたような気がする。


「――つめたっ」


 首筋に当てられたのは、いちごジュースだった。ヤマトが自販機で買ってくれたらしい。


「ほら、糖分摂って」


「あ、ごめんお金……」


「いいから」


 今日のヤマトはなんだか強引だ。私を応援しつつ、心配している。ヤマトがいなかったら、今もずっと緊張しっぱなしだったかもしれない。


「ありがとう。いちご好きなんだよね」


「知ってる。前に言ってた」


 ヤマトは目線を逸らしながら、コーヒーに口をつける。ほっとする。固くなっていた体がほぐれていくようだ。


「次戦ったら、決勝か……」


「うん。ここまで来たからには、優勝したい」


「ハルならできるさ」


「――そうは問屋が卸さないですわ!」


 聞き慣れない甲高い声に驚き、振り向く。

 そこには、品のあるエレガントな服装をした、まさしくお嬢様といった感じの女性が立っていた。

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