特別な存在

しばらくすると戸が開き、背の高い男性が部屋に入ってきた。ま、まさか……。


「柚、お客が来ていると聞いた」

「お父さん……」


先輩がそう呼ぶ相手こそ父親のようだった。サングラスを掛けていて表情は伺い辛いが、怖そうな人だ……。


「なんだその男は」

「学校の後輩。……こ、恋人だから家に呼んだっていいでしょ」


勇気を振り絞った感が凄いけど、先輩はそう言ってくれた。だが、父親はピクッとまゆを吊り上げてムッとしていた。……やば、怖すぎるって。


心なしか殺気を感じるぞ。

そのうち刀でも持ち出してきそうだ。


とりあえず、礼儀として挨拶はしないとな。



「秋永 愁です。先輩と交際しています」

「……交際、だと?」



あわわ……。

なんか父親の顔がブチブチと血管切れてないか!?

明らかに鬼の形相となっていた。

ヤバいな。



「やめてお父さん! 彼は……愁くんは本当に恋人なんだから! だから、お見合いとかもしないからね」


「お見合いは絶対だ。君……秋永くんと言ったね。今日は帰りたまえ」



先輩を無理矢理連れていこうとする父親。先輩は“助けて”と目で訴えてきていた。……もちろんだ。



「その手を離してください」

「……私は今、帰れと言った。邪魔をするなら摘まみだす」

「そうはいきません。何故なら、先輩は俺の彼女だからです! 真剣な交際をしているんです。お見合いだなんてさせません」


「ほう、君には特別な何かがあるというのかね」

「特別、ですか……」


「そうだ。一部の選ばれた人間には生まれ持っての“特別”がある。まあ、センスのようなものさ。……君には瑣末さまつ凡庸ぼんようしか垣間見えない。柚を幸せにできると思えないんだよ」



俺は普通人間かそれ以下にしか見えないってことか。けど、こうして会ったのも初めてだし、たったの数分で何が分かるっていうんだ。


それは先輩も同じだったようで、反論してくれた。



「お父さん、愁くんはわたしにとって特別な存在・・・・・よ。今日だって滅多に経験できない特別な日を送れたんだから」


「め、滅多に!? 経験!? ま、ま、まさか!!」



先輩のお父さんはなにか勘違いしているのか、頭を抱えてかなり動揺していた。


……なんかヤバそうだぞ。



「もういいでしょ、お父さん。わたしは自分で将来の相手を決めたの!」


「……許さん」


「え」


「許さんぞおおおおおおおおおおお!!!」



ついに発狂した父親は、奥の部屋へ突っ走って行った。……な、なんだ?


少しすると“ブンブン”と音がした。なんか振り回しているような。って、やべえ!!



「せ、先輩のお父さん、刀を!!」

「う、うそ……!」



鬼の形相で向かってくる。しかも俺の方へ!! 殺す気マンマンか!!


死の危険を感じ取った俺は逃げようとするが、肝心なところでつまずく。



「愁と言ったな……よくも私の大切な娘を!!!」



刀が接近してくるが、ギリギリのところでジークフリートが止めてくれた。父親を羽交い絞めしてくれたのだ。



「あ、主様……お止めください!! ご学友を暗殺すれば殺人になってしまいますぞ!!」



だが、それでも父親は激昂げっこう

止まらなかった。

これはもう帰るしかないな。



「先輩、今の内に俺は帰りますよ」

「ごめんね、愁くん。玄関まで送るから」



急いで玄関まで向かった。

今のところはジークフリートが父親を取り押さえてくれているから……なんとか殺されずに済んでいる。



「先輩の家に遊びにこれて良かったです」

「……こんなことになるなんて、本当にごめんなさい」

「落ち込まないでください。俺も特別を感じられて……楽しかったです。それに、先輩の気持ちが少し分かった気がしますよ」


俺は微笑んで、先輩を安心させた。


「愁くん……うん。さっき言ったこと、全部本当だからね」

「ありがとうございます、先輩」



屋敷を後にし、俺は家へ帰った。


こうなったら、何が何でもあの父親に認めさせてやる。俺と先輩が恋人同士であると。

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