8月23日(火)汗だくツユだくタツミさん

 午後三時。季節は夏。と、くれば、おやつにはアイスが一番合う。そんな考えが頭をよぎった瞬間、無性にアイスが食べたくなった。


 家の冷蔵庫をあさってみたが残念なことにアイスは不在だった。なので近所のコンビニへアイスを買いに行った。


 一歩外へ出ると、今日も暑い。照りつけるサンシャインにじめじめな湿度。さすがに八月も終盤ということで数を減らしたセミだが、元気なやつはまだまだ元気だ。地球の日本はまだ夏に飽き足らないらしい。


 コンビニまで徒歩五分。往復十分の灼熱の道のりを汗まみれになって歩いた。


 コンビニにつくと、そこには俺より汗まみれの女がいた。


「「あ!」」


 俺たちは同時に互いの姿を発見し、同時に声を上げた。


 タツミだ。駐車スペースにあるU字型の柵を背に、うんこ座りしていた。昨日と似たような格好だが、昨日と違ってより一層汗をかいている。水も滴るいい女ってやつだ。片手には一口だけかじられたアイスキャンディーを持ち、サンダルの下では二本分のアイスキャンディーのゴミが、風に飛ばされないように踏みつけられていた。


「おっそ~い」


 アイスキャンディーで俺を指すタツミ。その先から小指の爪ほどの氷の欠片がポロッと落ちた。もったいない。


「遅いってなんだよ」


「遅いってなんだよ……じゃないよ! もうっ、一時間以上も待ったんだから!」


「待った? え? 俺を? 約束してたっけ?」


 ドキッとした。約束をした覚えはない。が、この炎天下で約束をすっぽかしてたとしたら、かなり申し訳ないことをしたことになる。


「いや、約束はしてないけど」


「は?」


「でも、念は送ったからね」


「そんなもんわかるか」


「え? わかったから来てくれたんじゃないの?」


「違う。たまたまの偶然だ」


「へぇ、じゃあ私たちって通じ合ってるね」


 タツミはニヤリと笑ってアイスキャンディーをかじった。暑い日にはさぞ美味いしかろう、幸せそうな笑みを満面に浮かべた。


「……そうかぁ?」


「そうだよ。だって、アイス買いに来たんでしょ?」


「な、なぜそれを……!?」


 こいつ、ひょっとしてエスパーか!? 人の心が読めるのか!? さっき言ってた念うんぬんも、もしかしてマジなのか!? これにはさすがの俺も驚かざるをえない。


「ふふっ。顔に書いてあるよ。私、ここで待ってるから早く買ってきなよ」


「お、おう……」


 とりあえず、コンビニに入った。コンビニの中は涼しかった。死ぬほど暑い中を歩いてきた身にコンビニはオアシスだ。砂漠を行くキャラバンの気持ちがわかった気がする。


 タツミと同じアイスキャンディーとジュースを一本ずつ買った。当初の予定ではラクトアイス系を買うつもりだったが、あまりにも美味しそうにアイスキャンディーをかじるタツミを見ていると、俺も同じものが食べたくなってしまったのだ。こういうのって伝染うつるよね。


 コンビニを出ると、さすがにうんこ座りははしたないと思ったのかタツミは立ち上がって、駐車場とコンビニの境を示すU字型の柵に腰を預けていた。手のアイスキャンディーは半分無くなっていた。俺はその隣の柵に、タツミと同じように腰を預けた。


「何買ったの?」


 タツミが聞いてきた。


「君と同じやつ」


「でも味が違うね」


「俺はソーダ味のほうが好きなんだ」


 俺はアイスキャンディーを開封した。一口かじった。とても美味かった。暑いところで冷たいものを食べる、これ以上の至福はない、そんな気にさせられるほど美味い。やっぱり夏はこれに限る。


「知ってる? セミとカメムシって仲間なんだよ」


 唐突にタツミが言った。その視線の先には街路樹にとまった一匹のセミがいた。オスゼミで、腹部を震わして必死に鳴いていた。


「へぇ」


「なんか私たちみたいだね」


「えっ……!?」


 意味不明だ。タツミの顔を見ると、彼女は微笑を浮かべていた。


「そんな気しない?」


「全くしない」


「そっか。じゃあ、私はカンイチ、君はジュリエットだね」


 その言葉の意味不明さに、俺は思わず笑った。その歌詞は知っていたが、知っていてもやはり言ってる意味はわからなかった。


「わけわからん。しっかし、ふっるい歌だなぁ」


「知ってるの!? 私好きなんだよねぇ、この曲。ほら、悲しい出来事を激しく熱く歌うのってなんかよくない?」


 タツミは目を輝かせて言った。


「まぁ、わからんでもない」


「やっぱり、私たち気が合うね」


 にっこり笑うタツミ。やはり彼女は美人だ。そんで可愛い。笑うとそれが際立ち、俺は慌てて目を伏せてしまう。彼女の笑顔は眩しすぎる。夏の太陽より直視するのが難しい。


「じゃあ、そろそろ行くね」


「えっ、もう?」


 名残惜しさをナチュラルに口に出してしまって、俺はやけに恥ずかしかった。しかし幸いなことに、タツミには気付かれなかった。


「もう? って、私ここにもう一時間以上いるんだよ? これ以上いたら溶けてなくなっちゃうよ。私ともっと長い時間過ごしたかったら、これからはもっとしっかりちゃんときっちり私の念を強く感じてね」


「いや、無理だろそんなの」


 俺はタツミと違ってエスパーじゃない。


「できるって、カンイチとジュリエットだから」


「カンイチとジュリエットじゃ言葉通じないだろ」


「だから想いが大事じゃん? 大事MANブラザーズバンドじゃん? ふふっ、マツザキくんって面白いね」


「わけわかんないし、どう考えたってお前のほうが面白いよ」


 本当におかしな女の子だ。しかもセンスがちょいちょい古い。でも、全然悪くない。むしろ楽しくて魅力的でさえある。ついていけないところも多々あるけれど。


「そうかな? M1狙えるかな?」


「あれは漫才だからピンじゃ無理だな。R1がいいんじゃないか?」


「R1はいいよ、面白くないから。というわけでコンビ、組みますか?」


「絶対イヤだ」


 俺は笑顔でお断り申し上げた。俺にタツミほどの才能はおそらくない。


「あはは、じゃ、また今度お笑い談義しようね。またね~」


 そう言ってタツミはアイスのゴミをゴミ箱に捨ててから、こっちに手を振って去っていった。夏の眩惑に負けじと目を細めながら、俺は彼女の笑顔を見つめて手を振返した。


 タツミが去ってしまうと急に暑さが高まった気がする。暦の上では立秋を過ぎているのに、まだまだ暑い盛夏の昼下がり。

 俺の夏もどうやらまだ終わらないらしい。

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