第8話ルー視点 朝食

翌日


おはようございます。

ルー・マリーニナです。

昨日二歳年下の少女に殴り合いで負けた、元ソ連の工作員。

私は今、絶賛寝不足気味で、ものすごく眠たい。


何故かって?

それは、私を抱きまくらにしているこの少女、ミドリのせい。

直球に言っちゃうと、私は女の子が好き。

そして、私好みの少女が無防備な姿を晒しながら、私を抱きまくらにして寝てる。

ミドリったら、私の背中に胸を押しつけてスウスウと可愛らしい寝息を立ててる。

手を出さないように必死に堪えてたのだ。

チラッとミドリの顔を見ると、優しく撫で回したいくらい可愛い寝顔があった。

はぁ…幸せ過ぎて辛い。

よく考えてみてよ。

自分好みの美女、或いはイケメンが隣で可愛らしい寝顔です晒してるんだよ?

今私はすごく満たされてる。

しかし、同時にさらなる欲求がジワジワと私の理性を蝕んでいる。


「かわいいなぁ」


もう一度言おう、私は女の子が好きだ。

この可愛らしい少女に、性的興奮を覚えている。

しかし、理性がそれを食い止めている。

手を出せば大変なことになると。

なにせ、昨日接近戦でボッコボコにされた。

私はずっと本気だったけど、ミドリは『避けない、パンチだけ、武器無し』というハンデを掛けた状態で、常に優勢。

最終的にいい感じだったのは、殴り合いをする前に私が一回刺してたから。

あれがなかったら、ずっと押されてた。

そんな相手を襲うんだよ?

ボッコボコにされて、殺される未来が見える。


…にしても、数時間前まで殺し合ってた相手に、よくこんな無防備な姿晒せるね。

お互いずっと警戒してるけど、ちょっと無防備過ぎませんかね?

まあ、私はミドリとの勝負に負けたし、ミドリと一緒にいる事を約束した。

その約束を簡単に違えるほど、私は落ちぶれてない。

少なくともミドリが私と距離を置くようになるまでは、絶対に寝込みを襲ったりしない。

それに、ミドリの過去を聞いて、少し情が湧いた。

私だって、愛する家族を資本主義の犬どもに殺されたという過去がある。

しかし、ミドリはもっと酷い目にあってる。

私は、両親から愛を受けて育った。

両親が殺されるまでの間、ずっと私は愛されてた。


けど、ミドリは違う。

そもそも、誰からも愛されたことがない。

生まれてすぐに両親に捨てられ、才能を見出され戦争の道具として使うべく、物心ついた頃から傭兵教育を受けてきた。

両親には愛されず、拾ってくれた相手からも道具としか見られていない。

同僚はあくまで同僚。

生まれてこの方、誰にも愛されたことがない。

それでも、ミドリは涙を流さず強く生きてきた。


しかし、昨日私の胸の中で大泣きした。

ミドリだって愛されたかった。

誰もミドリを愛さないなら、私がミドリを愛すればいいんじゃないんだろうか?

そうすれば、ミドリは愛してもらえるし、私はこんなにかわいい子を自分のものにできる。

Win-Winの関係じゃない!


しかし、ものには順序というものがある。

いきなり『付き合ってほしい』とか、『抱かせてくれ』なんて言われても困る。

それどころか、普通に殴られそう。

だから、まずは信頼関係を築く所から始めないと!


「う、う〜ん?」


私に抱きついて寝ていたミドリが、起きかけているようだ。

体を180度回転させてミドリの方を見れば、ちょうどミドリが目を開けて起きてきた。

そして、見慣れない女の顔を見て目を丸くした後、私の腹を蹴って距離を取ってきた。

ミドリは、瞬速で拳銃を抜き、こっちに向けてくる。


「ぐふっ!?ま、まってミドリ!私だよ!ルーだよ!!」 

「ルー?…ああ、ルーか」


どうやら、思い出してくれたらしい。

いきなり蹴ってしまった事を、頭を下げて謝ってくれた。

うん、しゅんとしてるミドリも可愛い。

ん?私の顔に何かついてるのかな?

何故か、ミドリが私の顔を見て首を傾げてる。


「寝不足?」

「え?ああ、まあね。昨日ちょっと眠れなくて」


そんなに顔に出てたかな?

隙きを見せない為に、表情には気を使ってるんだけど…もう少し警戒したほうがいいか。

すると、ミドリが私に対する警戒を強めたのを感じた。

多分、私が警戒心を強めたから、ミドリも警戒してるんだろうね。


「お互い、信じきれてないね」

「そうね」


ミドリは昨日と同じく、陽気に話しかけてくれるけど、その目にも、表情にも、声にも警戒の色がうかがえる。

まあ、そうだよね。

普通は昨日まで殺し合ってたような相手と、ここまで仲良くしたりしない。

ましてや、無防備な姿を晒して同じベッドで寝るなんて以ての外だ。

それでも、ミドリがそんな事をしたのは、私の事を最低限信用してるからだろうね。

早く、私もミドリを信用出来るようになりたい。


私は元工作員。

持てる手段は全て使って任務をこなしてきた。

そのせいか、未だにミドリの事を疑ってしまう。

同情を誘い、油断したところを襲うのは暗殺の常套手段。

その可能性を考えてしまうせいで、私はミドリを信じられない。


「ミドリは、私の事をどれくらい信じてる?」

「…軽く話せるくらいには」


やっぱりね?

元工作員の肩書は、人に信用されようと思うと邪魔でしかない。

だって、工作員だよ?

どんな手段で、何をしてくるか分からない。

そんな工作員に対して、軽く話せるくらいでも信じてるミドリはすごいと思う。


「じゃあ、ルーはどれくらい私の事を信じてる?」

「私は…信用は出来てないかな」

「同情で一緒に居てくれてるって事?」

「そうだね」


軽蔑されるかな…私のやってる事は、自分よりも辛い過去を過ごした相手を見て、優しくしてあげる事で優越感に浸ってる。

ミドリの事を見下してるんだ。


「ミドリは、私のこと軽蔑する?」

「別に?ただ、恥ずかしいとは思ってるよ。だって、人前であんなに泣いたのは初めてだから」 

「…黒歴史を知ってる私を殺したい?」

「出来れば殺したい。でも、私の苦しみを受け止めてくれたのはルーが初めてだからね。例えルーに殺されたとしても、悔いはないよ」


これは…仲間として信じてないだけなのか。

人としては私に依存してる…いや、依存しかかってる。

もう少し依存させれば、簡単に落とせそう。


「じゃあ、ミドリの為に信じることにするよ」


私はミドリに対する警戒心を緩和する。

自分の意志で抑えられるのはここまで。

後は、一緒に過す事で警戒心が薄れるのを待つだけ。

すると、ミドリの警戒心も薄れてきた。


「ありがとう。じゃあ朝ごはんにしようよ!ルーがどんな朝ごはんを食べるのか気になるし」

「普通に野菜中心の朝ごはんだけどね…」


恋は盲目とは言うけど、依存すると危機回避能力すら消えるのか。

恐ろしいね。

にしてもこの笑顔…めっちゃかわいい!

この無垢な笑顔は今しか見られない。

穢れなき純粋な笑顔を――汚したい。

私の色で染めてやりたい。


…ハッ!?何を考えてるんだ私は!!

今考えてた事を実行すれば、私はただの性犯罪者になるじゃないか!!

この世界に法は存在しないとはいえ、人としてのモラルってものがある。

もしやっていたら…


『ルーさん、貴女ってそういう人だったんですね。もう二度と顔を見せないで下さい、サヨウナラ』


って感じでミドリに殺される。

我慢だ我慢!

でも…ちょっとだけ味見したいなぁ


「どうしたの?お腹空いてるなら、自分の分のご飯を用意すればいいのに」

「え?ああ、ごめんなさい。ちょっと考え事をしてたの」


あっぶな!

ミドリが朝ごはんを出してなかったら、人を見て涎を垂らす変態だって思われるところだった。

実際その通りなんだけどね?

とりあえず、私も朝ごはんを用意しよう。


「サラダと白米とバナナだけ?それは…もしかして豆乳?」

「そうだよ。これが私の朝ごはん」


私が米を食べるのは、昔カリフォルニアの日本料理店で食べた、唐揚げ定食が忘れられないから。

もちろん唐揚げも美味しかったんだけど、私はその時米の美味しさに目覚めた。

それ以来、頻繁に米を食べてる。


「よく、そんなので満足出来るね」


これはよく言われる。

肉も魚も食べないのに、よく満足出来るね、と。

私はベジタリアンだから食べないのは普通なんだけど、一般人からすれば肉が無いのは物足りないらしい。


「私は慣れてるからね。それに、ミドリはまた和食なの?」


確か、一汁三菜だっけ?

伝統的な和食をミドリは食べてる。

私からすれば、和食のほうが質素で物足りなそうだけど、ミドリは日本人だから慣れてるのかな?


「私はこの伝統的な和食が好きなの。質素で食べやすいからね」

「へぇ〜、お腹いっぱいになる?」

「いっぱいにはならないね。腹八分目にも満たないけど、これだけ食べれば十分だよ。食べすぎると眠たくなるからね」


なるほど、お腹いっぱい食べて眠たくなるのを防ぐために、少ししか食べないのか…それ、効果あるのかな?

それに、ミドリは成長期なんだから、もっと食べたほうがいい気がするんだけどなぁ。

でも、ミドリがそれでいいって言うなら、私が横から文句を言うのは良くない。

そういうものだって割り切ろう。


こうして、私達の物語が始まった。

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