1-4 『モンスターハウス』の罠

 迷宮七階層へと降りた階段のすぐ隣、現在ここでは急ピッチで『転移石』の設置が進められていた。

 『転移石』とはそれぞれの迷宮ごとに産出される特殊な『迷宮魔石』と呼ばれるものを利用して作られる移動系の設備である。

 迷宮入り口に置かれた『親転移石』と、各階層に順次設置されている『子転移石』の間を一瞬で移動できるというすぐれものだ。


 難点としては『子転移石』が稼働を始めてから『親』側へ移動しないと、『親』から『子』へは移動できないという性質を持つということか。

 それでも一度踏破した階層まで簡単に移動できるので、迷宮探索においては大きなメリットとなっている。


 当然、この『転移石』の各階層への設置は迷宮の管理主体――多くの場合は国――と冒険者協会の最優先課題とされている。

 マウズの迷宮でもそれは同じなのであるが、グレイ王国にとって初めての迷宮であることからノウハウを知る者がおらず、遅れ気味となっていた。


 そんな第一線の『転移石』設置現場にディーオの姿があった。既にブリックスとは六階層にある『転移石』で別れていた。新調した短剣の確認が終わり、街に戻って微調整を行うためだ。

 一方、ディーオの方は迷宮に入って以降調子が戻ってきたので、稼げるうちに稼いでおこうと先を目指したのだった。

 ポーターという職に就いているとはいえ、最深到達階層が二十階層以上は伊達ではない。十階層程度までであれば何十回と潜っていることもあって一人であっても全く問題はなかった。


「お疲れさんです。大将、これ差し入れです」

「おお!いつも悪いな。……ってバドーフの死体を丸のまま出すやつがあるか!」

「あ痛!?」


 どこからともなく先ほど討伐したばかりの魔物の死体――迷宮にのみ生息している鶏の頭と羽に牛の下半身という謎な生物。しかし美味である――を取り出したディーオの頭を『転移石』設置部隊の隊長がスパコーンとはたく。


「いやあ、ここまで来るつもりはなかったんで、土産を持ってきてなかったんですよね」

「だから別に土産を要求している訳ではなくてな……。とにかくそれ仕舞え!まだ本式の『結界』を張っていないから、匂いに釣られて魔物が来ちまう!」


 設置された『転移石』が破壊されてしまわないように、魔物の侵入を防ぐ『結界』が張られるのだが、ここではまだ行われていなかったらしい。

 ちなみに新しい階層に降りてすぐの場所に転移石が設置されるのは、基本的に魔物が階層間の移動をしないという不可思議な生態に関係している。

 もしも転移した先に魔物がいたとしても、階段を登れば追われることはないのだ。まあ、本当に運悪く、登った先で別の魔物と遭遇してしまうという事例もあったりはするのだが。


「難航しているみたいですね」


 バドーフの代わりに取りだした果実水の入った水筒を渡しながらディーオが尋ねる。


「ああ。『簡易結界』を張れるやつが体調を崩してしまってな……。上は代わりに冒険者でも護衛に雇えと軽く言ってくるが、どこにそんな金があるんだって話だぜ」


 悪態を吐きながらごくごくと果実水を飲み干していく隊長を、周囲の隊員たちが羨ましそうに見つめていた。


「もしかして、過労ですか?」


 そうだとしたら、最悪逃げ出してしまうこともあり得る。


「違えよ。あのバカはただの二日酔いだ。一緒に飲んでいたやつらによると、酒場にいた姉ちゃんにいいところ見せようと飲み過ぎたんだとよ」

「さようですかい……」


 呆れはしたものの、つい先ほどまで同じ症状で苦しんでいた身としては強く非難することはできない複雑な心境のディーオだった。

 とりあえず、果実水の入った水筒を数本出して、近くにいた隊員に渡しておいた。


「それで、今日はどこまで行くんだ?と言ってももう昼もだいぶ回っている時間だろう。この時季なら日暮れまで後二刻もないぞ?」

「うーん、魔物の出方次第ですかね。多分、この階を見て回って終わりになると思います」

「そうか。まあ、無理しない程度に頑張んな」

「ういっす」


 そう言い合ってから『転移石』設置部隊と別れて少し進んだ先で、ディーオは物陰へと素早くその身を隠した。

 人間、魔物を問わず周囲に自分以外の存在がいないことを念入りに確認していく。そしてようやく納得ができると、小さな声で呟き始めた。


「七階層〈地図〉展開。〈警戒〉発動、地図へと統合し結果を表示」


 脳内に七階層の地図が広がり、そこにいくつかの光点が表示された。


「魔物の数が少ないな。それに罠もなくなっている……。派手に動いた人たちがいるのか?」


 迷宮に潜る冒険者たちも通り一辺倒ではない。魔物や罠への対処の仕方は目的やスタイルによってそれぞれによって異なっている。

 例えば迷宮に配置される宝物狙いであれば、競争相手の足止めにもなるのでほとんど魔物とは戦わず、罠もすり抜けるようにして放置していくことが多い。

 逆に魔物の素材を求めている者たちは出会った魔物を片っ端から潰して回るし、罠を研究している者であれば解析ついでに解除している場合が多い、といった具合だ。


 どうやら先に潜った連中の中に魔物をハントして回った者たちがいるようだ。奥に進む分には非常にありがたいのだが、適当に魔物を倒しては収入を得ようと考えていたディーオにとっては思わぬ誤算となってしまっていた。


「仕方ない、もう一つ下まで降りてみるか。そこでも同じなら今日はもう帰ろう」


 決して無理はしないこと。これこそが迷宮で生き残るための真理である。

 脳内の地図を確認しながら、最短距離で八階層へと降りる階段のある場所まで向かうのだった。




 先ほどに続いて〈地図〉と〈警戒〉を発動させた時点で異常に気付いた。ある一か所にやたらと赤い光点、すなわち魔物を始めとした敵性存在が集まっていたのだ。

 更に、その中に埋もれるように数個の青い光点が見えた瞬間、ディーオはそちらに向けて走り出していた。


 『モンスターハウス』と呼ばれる罠がある。周囲にいる魔物を強制的に集めてくるというもので、数ある罠の中でも危険極まりないものの一つとされている。

 またその性質上、状況によっては魔物同士の殺し合いが発生して強力な魔物が発生してしまうこともある。


 そうして生まれた強力な個体は更に周囲の魔物を糧に成長を続け、遂には階層間を移動する『越境者』に至ることすらあるのだ。

 迷宮に生息する魔物は基本的にその階層から移動することはできないということをから鑑みても、『越境者』がいかに異質で危険な存在かが分かるだろう。


 当然、冒険者を始めとした迷宮へと足を踏み入れる者たちからは最も警戒すべき罠として認識されており、もしも起動させてしまった時には可能な限りの殲滅と同時に、冒険者協会への詳しい報告が義務付けられている。


 二十年前に隣国トワイにあるラビト迷宮で起きた『ラビトの悪夢』も、切欠は『モンスターハウス』の罠だったと言われている。

 そして発生したのが三階層というごく浅い場所であったことも多くの被害者を出す要因の一つとなった。

 『モンスターハウス』ですら噂でしか聞いたことのない駆け出しの冒険者たちでは、『越境者』とまともに切り結ぶことなどできるはずがなかったのだ。


 結局、百人近い犠牲者を出して迷宮の封鎖すら現実味を帯びた頃、数十人の熟練冒険者たちによって追いやられ、迷宮の奥へと姿を消すことになったのだった。

 今でもその魔物は迷宮の奥深くで生き延びていて、更なる悪夢を生み出すために力を溜め込んでいるのだと噂されている。


 さて、今回の場合だが八階層という比較的浅い場所であるため、殲滅しきれずに残ってしまった魔物から強力な個体や『越境者』が生まれてしまえば『ラビトの悪夢』の再来となってしまう可能性は大いにある。

 迅速な対応が求められていると言っても過言ではない状況だ。


「もう少し隠しておきたかったけど、そんなこと言っていられる場合じゃないよなあ……。ああ、もうっ!誰にも見られませんようにっ!」


 愚痴をこぼしながら、ディーオはそれまでとは異なり『モンスターハウス』が発生したであろう方向に向かって一直線に進み始めた。

 しかし、ここは迷宮の中であり目的地は壁によって遮られている。壁にぶつかるその直前、


「〈跳躍〉!」


 彼の姿はかき消えて、次の瞬間には壁の向こうの通路へと現れていたのだった。そんなあり得ない移動をすること数回、ディーオは大量の魔物たちが蠢く部屋の入口へと到達していた。


「マウズの冒険者協会所属のポーター、ディーオだ!助けはいるか!?」


 そして部屋の中央付近で魔物に押し潰されそうになっている冒険者らしき人影に向かって叫ぶ。


「ぽ、ポーターだと!?くそっ!この際誰でもいい、手伝ってくれ!」

「報酬は三割だぞ!」

「ちくしょう!持ってけドロボー!その分しっかり働いてもらうからな!」

「あいよ!言質は取ったからな!」


 命がかかった緊急事態にもかかわらず、いや、緊急事態だからこそこうしたやり取りは重要なのだ。

 これを怠ったことによって生き残った者たちによる殺し合いの第二ラウンドが始まるかもしれないのだから。

 愛用の短槍を手に近くにいた魔物へと攻撃を仕掛ける。


「うりゃ!ほらほら、こっちにも敵はいるぞ!」


 まずは集中している魔物たちの意識を分散させることから始めなければいけない。わざと致命傷を避けて――しかし動きは鈍るような重傷を与えて――悲鳴を上げさせる。

 魔物は同一種の、しかも相当な近縁でもなければ仲間意識を持たないが、一方で危険を察知する能力は高い。よって、近くで悲鳴が上がれば本能的にそちらへと意識を向けるのである。


「はい、いらっしゃい!」


 柄に対して長めの穂先を、当たるが幸いに振り回して近付いてくる魔物に傷をつけていく。

 肉や毛皮に甲殻など、素材としてみればこれほど無駄なことはない。が、生きていてこそ換金できるのであり、死の危険性を駆逐するのが最優先事項なのである。

 心の中で「もったいない!」と嘆きながらひたすら短槍を振るい続ける。


 そんな中で安易に戦場へと近づかずに様子をうかがっているように見える魔物の存在に気付いた。

 脳内の地図に描かれた光点にも、一際強く輝くものが見受けられた。人型であったりまたは蟲型であったり、獣型であったりとその姿に統一性はないが、どれもその目にはかすかながら知性のようなものが感じられた。


「気を付けろ!何体か知性に目覚めかけているものがいるぞ!」

「くそがっ!もう共食いを始めていやがったか!」


 正確に言えば別種なので共食いには当たらないのだが、魔物と大きく一括りにしているため、特に迷宮における魔物同士の喰らいあいは共食いと呼ばれることが多い。


(このまま放置すると、周りの魔物を指揮することを覚えてしまうかもしれない。そうなったら数で押されているこちらに勝ち目はないぞ)


 恐ろしい考えに思い至り、背筋にぞくりと冷たいものが走る。ちらりと奥で戦っている冒険者たちの方を見ると、四方全てを魔物に囲まれているためか、相変わらず苦戦を強いられていた。


(あの調子だとこちらを気にする余裕もない、か)


 全て生きていられてこその物種だ。覚悟を決める。正面にいた蜘蛛の魔物を吹き飛ばして間合いを作ると精神を集中させた。


「〈裂空〉!」

 人差し指と中指だけを伸ばした状態で袈裟切りに左手を振るうと、空間がズレた。

 直後、その射線上にいた魔物のあらゆる部分が切り裂かれていく。腕や脚は飛ばされ、毛皮は深く傷付き、堅い甲殻すらもかち割られていった。

 共食いにより知性に目覚めかけていた魔物とて例外ではない。あるものは頭の半分を飛ばされ即座に絶命し、あるものは足を飛ばされた痛みで混乱していた。


「今だ!」


 全体の二割を超える魔物の錯乱は瞬く間に部屋全体へと伝播していった。そしてその機会を逃すような冒険者たちではなく、一気に攻勢に躍り出ると次々に魔物を仕留めていく。

 袋小路の中部屋で、なおかつディーオがその入り口に陣取っていたということもあり、『モンスターハウス』によって呼び寄せられた魔物は一体残らずその命を狩り尽くされたのだった。

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