第1話 情報を制する者は戦いを制する

 私が目を覚ました次の日、幸いにも前日と違い普通に声を出すことが出来るようになったので思い切って「あの…実は私、別世界から……その…転生、してきたんです」って事を診察に来ていたクロード神父に(辛うじて絞り出したか細い声で)告げてみた。

 常々、異世界転生物の漫画やアニメをみる度に『なんでわざわざ前世の記憶を隠すんだろう? 最初から打ち明けて誰かに協力してもらった方が楽じゃない?』などと思っていたからこその行動だったのだが、クロード神父に優しい笑みを浮かべながら「小さな時にはそう言う体験を語る子供は多いからな。記憶の混乱でまだ不安だと思うがその内に落ち着いてくるから」と励まされた事で一瞬で心が折れ、前世のカミングアウト路線を諦めることになった。

 そして、その日はいきなり躓いたショックと明らかに前世の私より年下だろうクロード神父に話しを信じさせることが出来なかった恥ずかしさからまともに話しを続ける事が出来ず、ほぼベッドから起き上がることも無く(と言うか、体の痛みで付き添い無しではまともに動けなかっただけだが)一日が終了してしまった。


 だが、何時までもショックを引き摺る訳にもいかないため、私はとりあえず『昨日の発言はおかしな夢を見た影響』だと言う事にし、『実は目が覚める前までの記憶が無い』って路線で情報収集を行うことに決めた。

 結果、クロード神父の証言によって私の置かれた現状について色々と把握する事が出来た。


 先ず、私はアイリスと言う名の5歳の少女に転生しており、両親は3年前に起こった大型魔獣の襲撃により命を落としており、今は孤児院で過ごしていると言う事が分かった。

 この3年前の事件で孤児になった子供は多く、孤児院に引き取られた歳の近い子供は30人以上いるらしいが、今世の私も周りとコミュニケーションを取るのが苦手だったらしく、1人で遊んでいることが多かったのだと言う。

 しかも、ここ半年くらい(今が11月なので5月の終り頃の事らしい)は1人で何処かにふらっと消えたかと思えばいつの間にか戻って来ていると言う事が増えたらしく、今回の事で初めてこっそりと村から抜け出して魔獣が出る危険な森へ入り込んでいたと言うのが発覚したのだとか。


 そして次に、今いるのがカルメラ王国のエルム領と言う領地の端にある人口数千人程度のブルーロックと言う村である事も分かった。

 このエルム領を治める貴族はかなり位の高い貴族で、特に現領主の娘が数百年振りに生まれた高い闇魔力の適性者で、私と同じ歳でありながら既に第1王子の婚約者として内定しているなど今後の更なる地位向上が見込まれる優良貴族なんだとか。

 因みに、この世界の魔力属性は火、水、風、土、光、闇の6つが有るが、その中でも光と闇は上位属性と呼ばれており、光属性の高い適性者は王族以外にはほぼ生まれる事が無く、闇に至っては高い適性者が生まれてくるのは非情に希なのだという。

 そして、これまでの闇属性の高適合者はほぼ例外なく歴史に名を残す偉業を為しており、王族と結婚することで次代に強力な魔力を持つ世継ぎが生まれて来た事から濃い黒髪の子供(普通は黒色よりも白色が強い場合がほとんどなんだとか)が生まれた段階で直ぐに本人の意思などお構いなしに王族の誰かと婚約関係にされるのだとか。

 そのため、生まれたエルム領主の娘がまるで闇夜を凝縮したかの如き漆黒の髪を持つと判明した瞬間、既に別の婚約が決まっていた第1王子の婚約を解消してでも直ぐに婚約者の地位に迎えられとかなんとか。

 あと、この婚約解消騒動が起こった時点で第1王子の年齢は2歳で、婚約者に決まっていた比較的濃い黒髪の少女が7歳だったと聞いてちょっと引いたのは内緒だ。


 それと、魔力やレベルについてもある程度の知識を得ることが出来た。

 昔々、数千年前まで人類は魔力もレベルも持っていなかったらしいのだが、同族間での争いを続ける人間に見切りを付けた神々が人類を滅ぼすために魔獣を世界に溢れさせ、非力な人類は次々と魔獣の脅威によりその数を減らしていくことになったそうだ。

 だが、そんな人類を哀れに思った女神アルテミスにより人類は戦うための力、魔力とレベルを与えられたのだという。

 そして、世界の法則を書き換えて奇跡を具現化する魔法を駆使して魔獣を倒し、その魔獣の死体から溢れ出した魔力を体内に一定以上吸収することで肉体に変化が起こり、より強靱な肉体と強大な力を得られるのだが、その変化が起こるラインを何度超えているかを数値化した物がレベルなのだと言う事らしい。

 因みに、この話しを聞いた時にクロード神父にステータスについては詳しい話しを聞いたのだが、肉体年齢に思考力が引っ張られているのか、それとも元々記憶力の悪いせいか『活性魔力と常駐魔力の違い』や『攻撃力や防御力の肉体練度と魔力の関係性』、『ステータス上での魔力とエネルギーとしての魔力の違い』などの難しい話をされても全然覚えることが出来なかった。

 それと、話の最後の方で『スキル』と言う重要な項目についても語られていたような気がするが、その頃には既に私は半分夢の中にいたので残念ながらその項目については完全に聞き逃してしまった。


 あと、何故かこの世界の共通語は日本語で、使われている文字も普通にひらがなやカタカナ、漢字やアルファベットだった。

 更に言えば通貨も普通に円だし、名前も一見外国っぽいのに平民には名字ファミリーネームを付ける習慣が無く、名字を付ける貴族も名字・名前の順で表記する日本式だ。

 そもそも、『歴史上漢の国が存在しないのに何で漢字?』と疑問に思わなくも無いが、考えても答えが出る気がしないのでこの疑問はそっと頭の片隅に追いやることに決めた私だった。


 こうして、口下手な私がこれだけの情報を集めるために10日(目が覚めて10日なので、正確には喋れるようになってから情報収集を始めて8日間か)と言う時間を要し、その頃には私は起き上がって自由に歩ける程度までは回復していた。

 本来、回復魔法が得意な光属性の適合者がいればもっと早く治療出来たらしいのだが、残念ながら希少属性である光属性の適合者はこんな田舎にいるわけが無いと言うことで通常通りの薬草から作成した薬(結構苦くて飲むのが苦痛だった)での治療になってしまったらしい。

 だが、おかげで色々な情報と共に考えを整理するだけの時間を確保することが出来たのはラッキーだったのだろう。


(一先ず、これまでの情報を総合すると何かのRPG世界に転生した、って事とで良いかな? でも、問題は私が今までプレイしてきたゲームで思い当たるやつが無いんだよね……)


 私はゲームも漫画もアニメもそこそこ好きな方だと思う。

 だが、そこまで知識が豊富だと胸を張れるほどでも無ければ、ましてや良くある展開のように神話や雑学に詳しいと言った特殊な知識も持ってはいない。

 よく漫画やゲームで見る展開として、現代日本の知識を元に技術革新を起こしたりと言ったのが定番だとは思うが、私は無人島に放り出されればまともに生活基盤を確保する事も出来ないまま野垂れ死ぬ自信が有るし、1から味噌やマヨネーズを作り出す事が出来るほど豊富な知識を有しているわけでは無い。

 強いて言えば実家が農家だったので多少営農についての知識は有るが、私がやっていた農業はほとんど機械任せの農業なのでトラクターやコンバインがあるのかも分からないこの世界でまともに営農をやっていけるかは自信は皆無だ。

 ついでに、父親が狩猟免許を持っていて猟期になると猟友会の活動で撃ったイノシシやシカを時々持って帰って来ては解体を手伝わされたので、ある程度動物を捌くことも出来るだのが、それでも1から自分1人で出来る自信は当然ながら無い。

 それと、行政職にいた経験などは全く世界観が違う、つまり常識が違う異世界で通用する気が全くしない。

 そんな状態で、この世界に関する知識が有るか無いか、そもそも本当にこの世界が何かのゲーム世界なのかどうかはっきり分からないと言う状況は非常にマズい。


(基本的に強い魔力を持って生まれることが珍しい平民の出で、これまで確認されていない未知の属性に目覚めた少女って、よく悪役令嬢転生系で見る乙女ゲーム主人公の特徴っぽいよね。それに、位の高い貴族の娘が私と同じ歳で王族の婚約者。その王族も第1王子が私の二つ上で第2王子が同じ歳……。これって、明らかに漫画で見るような乙女ゲーム的設定だよね!? って事はいずれ何処かの学園に入学してイケメンの攻略対象を攻略しないとゲームオーバーって事!? ムリムリムリムリ!! それに、もしもこの稀有な能力を使って魔王を倒せとか言われても人見知りの私が仲間を集めるなんて出来る気がしないよ!!)


 『情報を制する者は戦いを制する』などとよく言うが本当にその通りだと思う。

 現状、何の情報も無い私の人生は既に積んだようなものだ。


(どうしよう! どうしよう!! どうしよう!!! せめてこれから何処で何が起こるのか知ってれば対策しようがあるけど、それも分からないんじゃいったいどうすれば……)


 そもそも、私はどちらかと言えば育成ゲームとかの方が好きであまりRPG系統のゲームをやったことが無い。

 何故かと言えば、そう言う系のゲームではほぼ確実に途中でキャラのレベル上げやスキルや術の熟練度を上げるのにハマり、気付いた時には記憶力の悪い私はシナリオを何処まで進めたか忘れてしまうからだ。


(そんな私がリトライ無しで正解ルートに行けるわけ無いじゃん……)


 そうやってしばらく頭を抱えていると、ふとある考えが私の脳裏を過ぎる。


(そう言えば、レベルや魔法があるって事はここがゲームの世界なら間違い無くボスを倒してシナリオを進めるタイプのやつだよね? だったら、仲間とか関係無く限界までレベルを上げればゴリ押しでどうにかなるのでは?)


 一条の光を見出し、私の瞳に希望の光が宿る。


(そうだ、そうだよ! これだ! これしか無い!!)


 この時の私にはこの希望に縋る以外の選択肢など無かった。

 だから、『もし特定のキャラがいないと突破出来ないイベントが有れば積む』とか『レベルが高すぎることでシナリオが大きく変わってより厳しいシナリオに変化する危険性が有る』と言った考えは微塵も浮かんでいなかった。


「そうだ、レベルを上げよう!」


 期待と決意を胸に、私は決意するようにそう力強く言葉を呟いた。


 その決定が、決定的に本来のシナリオから逸脱する最初の一歩である事も知らないままに。

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