謎スキルを持つ底辺冒険者は、亜種族パーティーと共に成り上がる。~『サブスクリプション』って名ばかりのスキルだけど、開花したら実は凄い?~

あくがりたる

第1話 弱虫アントン

「あんな奴、とっとと捨てちまいな」


 女を口説くような言い草で、緑色の長髪の胡散臭い男は言った。現に女を口説いているのだから僕の説明は間違いではない。


 人間の国『エザフォス』の田舎町『ポリティア』にある、夕食時の冒険者ギルドの集会所。

 周りには大勢の冒険者たちが依頼をこなして疲れ果てた身体を癒す為に酒や食事を貪っている。酔って歌や踊りを披露する者までいてとても賑やかだ。


 そんな中、くすんだ緑色の髪の男・ヴィンセントは集会所のテーブル席で仲間と酒を呑みながらのほろ酔い状態で、僕、アントン・アルヴァレズのパーティーメンバーである魔法使いの女性・レイラーニに執拗に声を掛けている。


 レイラーニと僕は、明日の依頼を受注しにギルドに寄ったところを、この酔っ払いに絡まれたというわけだ。

 咄嗟に僕はレイラーニの背後に身を隠すように立ってしまった。

 ……なんて情けない男なんだ、僕は……。


「そのお話なら、いくら言われても答えは変わりません。私はアントンを捨てたりしません」


 Eランク冒険者の魔法使い、レイラーニは綺麗な声色で応えた。

 レイラーニは頭に薄汚れた紺色の三角の帽子を被り、少しくたびれた紺色のローブを身に纏い、そして、手にはかなり年季の入った木製の杖を持っている。杖の先端には大きな魔法石が埋め込まれていて、それはいつも怪しく微かに白く輝いていた。


 雰囲気だけならレイラーニは相当熟練の魔法使いの様相だが、彼女自身は16歳の僕よりいくらかお姉さんのような若さで、オマケに銀髪に碧眼の美女だ。


 そんなレイラーニを女として口説きたい気持ちは、男である僕にも分かる。しかし、ヴィンセントという男はギルド内でも素行が悪い。事ある毎に他の格下冒険者に絡んでは憎まれ口を叩き揉め事を起こす。そんな男に、仲間のレイラーニが言い寄られるのは正直面白くない。

 しかも、レイラーニが絡まれるのはこれで5度目だ。流石に僕もレイラーニ自身も、ヴィンセントにはウンザリしていた。


「前も言ったがな、レイラーニ。お前の連れのアントン・アルヴァレズはFランク。冒険者になって1年経つのに未だにランクが上がっていないってのは、どう考えても冒険者としての才能がない。普通の人間なら、DかEに上がってるのが自然だ。そうは思わないのか?」


「思いません。そういう子もいます」


 レイラーニはキッパリと応えた。


「そういう子はいちゃ駄目なんだ、レイラーニ。何故なら、冒険者としても役には立たないどころか、お前たちパーティーのメンバーの足を引っ張る疫病神にすらなるんだぜ?」


「そんな事はありません。アントンは──」


 レイラーニの言葉が終わらぬ内に、ヴィンセントは話を進める。


「いいか? Fランクの冒険者がいるパーティーはFランクの依頼しか受けられない。そうなれば、必然的に狩れる魔物のレベルも低いからゴミみたいな素材しか手に入らず、討伐報酬だって雀の涙ほどしか手に入らない。そんなお荷物冒険者を、義理だか何だか知らないがいつまでも甘やかして連れ回ってたら、お前自身の将来も危うくなるんだぞ?」


 ヴィンセントの言っている事は正しい。

 Fランクの冒険者がいるパーティーは、Fランク限定、つまり初心者用の依頼しか受注出来ないよう冒険者ギルドのルールで定められている。

 例えパーティーにAランクやSランクの冒険者がいてもその制約は変わらない。

 Fランク冒険者はいわば試用期間中の冒険者。Eランク冒険者に昇格して初めてギルドや世間から冒険者として認められるのだ。


 故に、2年以上Fランク冒険者のままでいると、ギルドから一方的に契約を解除される。つまるところ、クビになるという事だ。


 僕は15歳で冒険者登録してから既に1年経過している。あと1年以内にEランクに昇格しなければ、例えレイラーニに捨てられなかったとしても僕はどの道冒険者をクビになる。


 クビまでのカウントダウンが始まっているこんな無能な僕を、レイラーニが何故パーティーから外さないのか理解出来ない。レイラーニの事を考えるなら、僕を捨てた方がいいのだが……ヘタレな僕はそんな事を言う勇気もない。

 現に今、何も言えずにレイラーニの後ろに隠れるように突っ立っているだけなのだから。


 不意にレイラーニは杖で木張りの床をカツン叩くと、また静かに口を開いた。


「私の事はどうだっていいでしょう。私はアントンを信じています。彼のスキルが発現すれば、Eランク昇格なんてあっという間です」


『スキル』という言葉を聞いたヴィンセントは、隣で呑んでいた仲間の黒髪のイケメン、ゲイブと一緒になって声を出して笑う。


「聞いたぜ? アントンのスキル。『サブスクリプション』てんだろ? 何だかカッコ良さそうな名前のスキルだけどよぉ、発現してないんだろ? なら意味ないんだよ。しかも能力も分からないらしいじゃないか? いつ発現するかも、発現した能力が何なのかも分からないんじゃ、それは“ない”のと同じだぜ」


 ゲラゲラと大笑いするヴィンセントとゲイブ。

 レイラーニの背後にいる僕には、彼女がどんな表情をしているのか分からないが、彼女の背中越しに伝わる不思議な力を、僕はヒシヒシと感じた。


「能力に恵まれた貴方たちには分からないかもしれませんが、努力すればスキルは発現しますし、それに、役に立たないスキルなんてこの世にはありません」


 毅然とした態度で言い切るレイラーニに愛想を尽かしたのか、ヴィンセントは両手を広げ、首を横に振るとゲイブと共に立ち上がった。


「まあ、いいさ。時が経てば考えも変わるだろう。で、今日受けたのもFランククエスト?」


 ヴィンセントはレイラーニの左手に握られていた紙を指さして言う。


「ええ。スライムの幼生の駆除です」


「そうか、ま、頑張れよ。1年後にまた誘うわ、レイラーニちゃん。それまで後方支援の枠は空けとくからさ。……それと、ずっと隠れてるだけの弱虫アントンは、せいぜい死なないようにな! Fランクじゃそれも難しいとは思うが」


 そう言って僕を一瞥してニタニタとニヤけるヴィンセントは、レイラーニの肩を気安くポンと軽く叩くと、ゲイブと共に部屋の奥の通路の方へ行ってしまった。


「レイ……僕……」


 ヴィンセントとゲイブがいなくなると、ようやく僕は口を開いた。言われっぱなしで悔しかったのに、何も言い返せないのが情けない。でも無理もない。ヴィンセントの正論に返す言葉はないし、喧嘩しても大柄なヴィンセントやゲイブに勝てるはずがない。

 確か2人は僕より歳は一回りくらい上でCランク冒険者だったはずだ。どう考えても逆らうべきではない。


「気にしないでください、アントン。私は貴方を見捨てたりはしません。必ず1年以内にEランクに上がりましょう。メリッサもダミアンも皆協力してくれますよ」


「うん……ありがとう、レイ」


 レイラーニの優しさの理由は分からない。

 仲間だからという理由だけで、彼女の大切な時間を僕に割いてくれるのはきっと別に理由があるのだろう。

 まあ、理由はどうであれ、彼女がここまでこんな僕を庇って支えてくれるのなら、必ずこの人に恩を返さなきゃならない。

 そう心の中で決心した僕の頭を、レイラーニは優しく撫でると、ただ黙ってニコリと微笑んだ。

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