第37話 海よりも深い愛を探して 白馬の王子様の秘密

 愛海は喫茶店にいた。そわそわしている。人を待っているのだ。といっても、まだ約束の三十分前である。いくらそわそわしてもそうそう来るものではない。


「お待たせしたみたいね。ごめんごめん」


 と、思っていたらお目当ての相手が現れた。約束の三十分前に現れるなんてなんとも律儀な人である。しかしその律儀さに反して見た目はチャラい。ピンク色のシャツに高そうなジャケット。そして何よりその銀髪が反射して人の注目を集めるようになっている。ここにサングラスでもつけたらどう見てもホストかアチラ側の人にしか見えない。しかし、今日はそのサングラスをつけていなかった。


「ううん。今来たところだから」


 初々しい恋人なような文句をたれて愛海は応える。


「早いんだね。びっくりしちゃった」

「そちらこそ、こんなに早く来るとは思いませんでした」

「気合い入れてきたんだけど、負けちゃったみたい。ほら、席がないと困るでしょ」

「私もです。席のことが気になったので早めに来ました」


 昼間とは言え、繁華街の喫茶店はいつでも混むイメージだ。愛海は一時間前から待機している。


「ありがとうございます」


 そう言って男は座った。


「改めまして、白馬龍と申します。仙人様にはお世話になりました」


 男は白馬龍というらしい。白馬・・・・・・そのままだなと愛海は思った。


「月城愛海です。おじいちゃんの孫にあたります。あの、おじいちゃんとはどういう関係で」

「はい。仙人様には今やっている店を出す時に出資して頂きました。まだ恩を返せてない時にお亡くなりになられて正直、どう返せば良いのか・・・・・・」


 白馬は沈んだ声でそう言った。


「その、どうして出資することになったのですか」


 愛海の知る仙人はいつも山の上にいた。脱出ゲームのゴール地点だ。愛海の王子様を探すために考案された脱出ゲーム。その創始者にして管理人なのだ。

 見たところ白馬もそう年を取っているようには思えない。自分のと同じか、その付近だ。つまり、晩年老人ホームに入れられた辺りで会ったか、一時的にいた病院で会ったか。あるいは・・・・・・。


「リアル脱出ゲームって知ってますか。仙人様とはそこで会いました」


 ドキッと愛海の心が跳ねる。まさかここであのゲームで繋がるとは思わなかった。


「そこのクリア特典としてお店を出したい旨の相談したら、出資して下さったんです」

「ああ、なるほど」


 確かにクリア特典ということならあり得るのかと愛海は思った。仙人は資産家だったし、それもあり得るのかなと。それに、脱出ゲームクリア者なら愛海のおじいちゃんを仙人と呼ぶのも納得出来る。


「おかげさまで店を持つことが出来たのは良いのですが、恩を返そうとした時にはお亡くなりになってしまい、本当に悲しいです」


 白馬はあからさまに肩を落とす。


「それで、どうして私に接触を」


 愛海は一抹の不安を抱えながらもそう聞いた。


「仙人様への恩を返すためです。仙人様はお孫である愛海さんのことをよく話していたので、愛孫に返すのが筋かなと。何か望むものはありませんか。僕が出来る範囲で叶えて差し上げますよ」


 白馬をそう言ってにっこりと愛海に笑いかけた。愛海はその笑顔にドキッとする。そして言った。


「私が求めるのは白馬の王子様だけよ」


 その言葉を聞いて白馬はきょとんとする。普通の人なら次に笑い出すのだが、白馬は違った。


「なるほど、白馬の王子様ですか。これはまた難しい注文ですね」


 真剣に悩んでくれたのだ。


「その、愛海さんの言う白馬の王子様とは一体どんな人なんですか」


 聞かれて愛海は目を丸くする。そう言えば具体的に考えたことはない。


「白馬の王子様は白馬の王子様よ」


 愛海はぶっきらぼうになって答える。


「具体的な像がないのか。じゃあまずはそれをはっきりさせよう。まず見た目は」


 愛海は感心した。呆れられると思ったからだ。それどころか白馬は真剣に話を聞いてくれている。


「そうね。太ってたり痩せすぎてたりしてなければ良いわ」

「なるほど、中肉中背ね。性格は」

「うーん。嫌な性格でなければそれで良いわ」

「嫌な性格というと」

「犯罪に手を染めたり、人を陥れるような性格でなければ良いわ」

「ふむふむ、なるほど。嫌な正確はNGっと」

「後は王子様にふさわしい行動が出来る人ね」


 白馬が聞き上手だからか、愛海も調子に乗ってドンドンしゃべった。


「王子様にふさわしい行動か、ふむふむなるほど」

「言ってみれば私はヒロインになりたいの。だから白馬の王子様にはヒーローになって貰うわ」

「なるほどね、ヒーローっと。なんか聞いてると、ストライクゾーン広そうだね。これなら僕も当てはまりそうだ」


 何気ない風に言った白馬の言葉だったが、愛海の心には深く刺さった。


「僕も」


 愛海は白馬の言葉を聞き返す。


「えっ、あっ、うん。愛海さん素敵な人だし、僕で良ければ僕が白馬の王子様になってあげられるのになって。名前も白馬だし」


 そう言いながら笑う白馬の顔は少し照れていた。

 愛海はなんて返して良いかわからずに黙ってしまう。


「ごめんね、気にしないで。もし僕が愛海さんのストライクゾーンならって話だから」


 愛海は柄にもなく心がドキドキしていた。あまりこういうドキドキは経験したことないので戸惑ってしまう。それでも、これが好きになることなのかなと時間と共に理解してきた。そして、言った。


「いいわよ。貴方で」

「えっ」


 白馬がその言葉にびっくりして聞き返す。


「ストライクゾーンよ」


 愛海は顔を逸らしながらそう言った。まだドキドキしている。


「じゃ、じゃあ、僕が愛海さんの彼氏でもいいの、かな」

「もちろん」


 愛海はニヤつきたくなる気持ちで一杯だったが、何とか抑える。


「そっか、じゃあよろしく。精一杯白馬の王子様やらせて貰うよ」


 白馬がそう言って、ニカッと笑いかけてくる。愛海はそれを少しもじもじしながら受け止めた。

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