第6話 会話の極意 リアルすぎるゲームに危険はつきもの2

 さてしばらく行くと、今度は岩に問題が書いてある場所に辿り着いた。


「三角形があります。直線を一本入れて、三角形を3つにしなさい。私数学苦手、パスッ」


 愛海が読み上げるなり、問題を放り投げる。


「理系だけど、解けない時計ない」


 そして、達彦も値を上げる。昴は肩を落として突っ込んだ。


「おい、これ小3の問題だぞ」

「こうじゃない」


 と、突っ込んでいる間に青年が線を引いてしまう。


「バカ、違っ」

「ふふふふふ、この程度の問題も解けずに仙人に会おうなんて百年早いわ。お前は出直してこい」


 すぐに消して正しい線を書こうとしたが、時既に遅し。どこからともなく仙人の声が聞こえてくる。と、同時に巨大な丸太が飛んできた。ぶつかったらただ事じゃ済まない。どうやら愛海の方に向かっている。


「危なインコ」


 達彦がすぐさまに愛海を突き飛ばした。


「ひゃっ」


 愛海は尻餅こそついたが無事なようだ、しかし


「あっ、達彦くん」

「あーれーんがー」


 達彦が飛ばされ、崖の下に落ちていった。そう、落ちていった・・・・・・。


「嘘だろ、おいっ。落ちてった。あいつ、死んだんじゃ」


 そう、崖は高い。それは周りの景色を見ても明らかだった。無事で済むわけがない。


「達彦くん……」


 愛海もこの状況に放心している。


「いや、いやいやいや、やっぱりおかしいよこのゲーム。大岩もそうだったけど、人殺す気満々じゃねえかこのゲーム」


 そうだ、明らかにおかしい。リアルなのは良いが、一歩間違えれば、大怪我や死すらあり得るこの状況。脱出ゲームの域を超えていると言っても過言ではない。


「旅に、犠牲はつきものよ」


 と、放心していたはずの愛海が立って埃を払いながら次に進もうとする。これには昴もぶち切れた。


「おい、いい加減にしろ愛海。お前、今の見なかったのか。お前を守るために達彦が死んだんだぞ。いいか、死んだんだぞ」


 ヒロインか何かが知らないが、無感情にもほどがある。少なくても昴の知っているヒロインはこういう時、涙する。緊張した空気が流れた。


「おーい、みんなー名無しの権平」


 と、達彦の声がした。


「あれ。達彦くんの声だ」

「えっ」

「クッションがありましたー。僕は大丈夫です。先に行っててくださーいはくさーい、ごめんくださーい」


 達彦が言い終えると途端、間の抜けた空気になる。


「・・・・・・」


 昴は抱えていた怒りをどこに向けて放てば良いかわからずにもぞもぞする。


「さあ、行きましょうみんな。達彦くんは無事だった。それで良いじゃない」

「うん、そうだね、行こう」


 そう言って、愛海と青年が脳天気にその場を後にしようとする。


「納得出来ねぇ」


 もはや青年のそれは病気だからいい。ただ、愛海のそれは許せなかった。


「昴」


 青年が昴の様子を鑑みて、心配そうに見つめる。それには構わず昴は言った。


「愛海、お前ヒーローが欲しいんだよな」

「ええ、それがなに」


 さもなんともないといった愛海の態度が更に昴の怒りを増長する。


「達彦はヒーローじゃねえのかよ」

「残念ながら、ヒーローじゃないわね。ヒーローは死なないわ」


 さも当然といったように言う愛海。ここは一つ、話を合わせてみることにする昴。


「なるほどな。でもお前はヒロインだよな」

「それがなに」

「人が死んだかもしれないって時に平然とし過ぎじゃないのか」


 溢れる怒りを抑え付けて、冷静を装って昴は語りかける。


「……どういうこと。さっき言ったでしょ、旅には犠牲はつきものよって」


 本当にわからないのか、このアマは。昴は心の中で舌打ちをつく。


「ヒロインなら、人の死を労るもんじゃないのか」


 その言葉は叫ぶかのように発せられた。


「私、思ったの。もし本当に仙人が何でも叶えてくれるなら、達彦くんを生き返らせてくれるかなって」

「それ僕も思った」


 青年が青年なりに場を紛らわそうとして話に乗ってくる。しかし昴は、青年と愛海が同類だとは思っていない。愛海はまだまともな思考を持ち合わせているはずだと思っている。だから、こう言った。


「おい、それまじで言ってるのか。俺言ったよな。小さくだけど仙人にも出来ないことはありますって書いてあるって。それにそもそもこれは所詮は脱出ゲームで、よた話の類いとは違うんだぜ。まともな人間なら仙人なんて信じない。仙人が何でも叶えてくれるなんて信じない」


 この言葉を経て、まだ青年と同じ側なら、認識を変えなければいけないなと昴は思う。


「そうなの」


 青年が無垢な様子でそう聞き返す。


「ああ、そうだ」


 昴は青年には比較的優しくそう言った。


「やーね、変に大人っぽい人って。私は信じるは。まともじゃないって言われても。私はヒロイン。そしてヒーローはいる。だから仙人だっているのよ」


 愛海はどうやら青年と同じらしい。


「……美佐雄はちょっとずれてるのわかってるから良いけど、お前は違うと思ってた。……俺から言えるのはそれだけだ。もう良いよ。それだけだ」


 昴の怒りはどこかにかき消えていた。心持ち少し残念な気持ちである。ひどく、傷付いているのがわかった。


「さあ、みーちゃん行きましょ」

「う、うん。昴も行くよね」


 青年が気を遣っている。


「二人だけにはさせられないからな。勿論だ、行くよ」


 昴はくたびれた老人のような調子でそう言った。


「よし、じゃあレッツゴーだね」


 その言葉に青年は張り切り出す。


「ゴー」


 愛海がそれに続き、


「ごー」


 昴も笑いきれない道化師のように手を上げた。

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