4-4 再会

「君が、前に論文を読んだと教えてくれた時のことを覚えているかい?」

「はい、覚えています」


 エドワードの問いかけに対し、夏目は首肯した。


「タイプライターのすり減った字の特徴が、予告状のものと酷似していたんだ。おまけに、学会の日付も矛盾していたことが分かってね」

「ヤードには言ったのですか?」


 エドワードは首を横に振った。


「何しろ、証拠がないからね。ましてや、迷宮入りで処理をしようとしている事件を掘り返すことになれば、混乱を招くことになりかねない。僕としても、もう少し情報を集めたい。彼が今、どこにいるのかさえも分かっていないからね」


 エドワードは、テーブルの上に置かれたティーカップを手に取り、口をつけた。


「その人物は、教授の知り合いですか?」


 夏目の問いで、ゆっくりとティーカップを口から離す。


「ああ、君も会ったことのある人物だよ」

「皆目見当がつかないのですが。とはいえ、渡英してから面識のある人物となると、だいぶ絞られることになりますね」


 エドワードはティーカップをテーブルの上に置き、夏目の耳元でその人物の名を小声で伝えた。

 夏目は目を大きく見開き、エドワードの顔をまじまじと見つめる。


「だとしたら、そう考えるに至った理由が、タイプライター以外にあったということですか?」


 エドワードは頷いた。


「ああ、いくつかある。でも、ひとつだけ分からないことがあるんだ。バッキンガム宮殿を舞台にした理由。陛下が臨席する場をあえて犯行現場にするということは、それ相応の理由があるはずだ」


 夏目は前のめりにしていた体勢を戻し、背中を椅子の背もたれにつけた。腕を組み、「うーん」と唸る。


「王室に何か恨みごとでも?」


「その可能性は高いね。しかし、よほどのことがない限り、考えにくいと思うんだ。その理由が分かれば、もう少し真相に近づけると思うんだけど」

 エドワードは、店内にかけられた時計に目をやった。

「すまないね、すっかり長くなってしまった。まずは舞踏会当日、宜しく頼むね」


「承知しました」


 夏目は力強く頷いた。






 十二月二十一日金曜日。

 エドワードは、ジェームズとともに屋敷の馬車に揺られていた。

 馬車は大学の前で一人の男を認めるや否や止まった。


「わざわざ迎えに来ていただきまして、感謝いたします」


 男は深々と頭を下げた。


「夏目と言ったな。事件の時以来か。宜しく頼むよ」


 ジェームズは、エドワードの隣に座るよう夏目に促した。夏目が腰を下ろしたのを確認すると、

「むしろ、君には面倒をかけさせてすまない。服も前回に続いて私のお下がりを着させることになってしまった」


 これに対し、夏目は首を横に振った。


「教授のお役に立てるならば光栄です」


 三人を乗せた馬車は、やがてバッキンガム宮殿の前に到着した。宮殿の前はすでに多くの馬車で賑わっていた。


「今回もまた時間がかかりそうだ」


 ジェームズの言葉に対し、二人は苦笑いを浮かべ頷く。

 三十分ほどかかって、会場前の受付へとようやく辿り着いた。


「ジェームズ・マイヤー様、エドワード・マイヤー様ですね。そちらの方は?」


 受付の男性に対し、夏目は会釈をした。


「夏目総十郎と言います」

「夏目様ですね。ソールズベリー侯爵から伺っております。では、皆様どうぞ中へ」


 男性に促され、中へ入ろうとしたところで、

「……エドワード様?」

 女性の声が耳に入る。


 エドワードは慌てて振り向くと、ウェーブのかかった茶色い髪をした女性がこちらを見つめ立っていた。


「ミランダさん!」

「覚えていてくださったのですね」


 ミランダ・ノエルが安堵の表情を浮かべるのに対し、夏目は警戒心をあらわにする。


「教授、彼女は前の事件で……」


 エドワードに小声で耳打ちする。

 ジェームズは咳払いをした。


「今夜はノエル卿もこちらにお越しで?」


 ジェームズの問いに、ミランダは首肯した。


「はい、父は二十分ほど前に会場へ」

「左様ですか。では、挨拶をさせていただこう。夏目、君も一緒に来たまえ」

「わ、私ですか?」


 夏目は少々面食らった顔でジェームズの顔を見た。


「しかし、彼女は……」

「大丈夫だよ、夏目。僕も彼女に聞きたいことがあったんだ。兄さん、また後ほど」


 ジェームズは頷き、夏目を連れて会場に向かった。

 二人を見送ったエドワードは、柔らかい笑みをミランダに向けた。


「では、僕たちも参りましょう」


 やや緊張した面持ちのミランダだったが、ゆっくりと頷く。

 会場に足を踏み入れて、まもなく舞踏会が開始した。

 開会の挨拶で、辺りは静寂に包まれる。女王の王冠についたレッド・スピネルが暗がりの照明の中で強い輝きを放っていた。

 貴族たちは各々、身に着けた赤いものを女王に見えるよう胸元のポケットから出したり、掲げて見せるなどしてアピールをした。

 女王は満足げな表情を浮かべる。


「では、始めましょう」


 カドリール、ポルカ、ワルツの順で音楽が流され、男女が次々に相手を変えながらダンスした。その中で、エドワードはミランダとずっと踊っていた。

 ワルツが終わると、ミランダから溜息が漏れた。


「次で四曲目。楽しかったですわ」


 四回連続で同じ男性と踊ることがタブーとされている舞踏会。

 エドワードは首肯した。


「僕も楽しませていただきました。ミランダさん、宜しければあちらで軽食でも」

「宜しいのですか? では、ぜひ」


 二人は軽食の置かれたテーブルの方へと向かった。

 シャンパングラスを片手に飲み交わす二人。

 エドワードは周囲に人がいないことを確認し、小声で言う。


「ミランダさん、再会したばかりで大変恐縮なのですが、あなたにお伺いしたいことがあります」


 ミランダは瞠目したが、やがて頷いた。


「……覚悟はできております」

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