幕間 思惑

 八月三十一日金曜日、午後十一時五十分。

 バッキンガム宮殿の門前でひとり待つ女性の姿があった。時折吹く風で、ウェーブのかかった茶色の髪がなびいている。

 そこへ、一輌の四輪馬車ブルームが停車し、馭者が扉を開ける。中には二十歳ぐらいの青年が黒服に身を包み、座っていた。


「迎えが来るとは聞いていたけど、手紙をくれたのはあなただったの?」


 馬車に乗車していた青年は懐中時計を手に、淡々と答える。


「そんなことよりミランダ嬢、時間だ。早く乗られた方が良い。直に警官が来るだろう」


 青年に言われるまま馬車に乗ったミランダは、得意げに話し始めた。


「言われたとおりにして来たわ。私の顔を見てあんなに動揺するなんて、何かあったのかしら」


 青年は無言のままだ。

 数分後、ビッグベンの鐘の音がロンドンの街に響き渡る。

 青年は窓の外を眺め、こう言い放った。


「父上が天に召されたことを知らせる鐘の音。これで、我が家にもようやく朝日が昇ることだろう」


 懐中時計に刻まれた‘H.Jenkins’の文字を指で撫でる。時計の針が刻々と動くさまをしばし見つめてから、懐へゆっくりとしまった。


「さて、約束の報酬だ」


 青年は、膝の上に置いていた袋をミランダに差し出した。

 ミランダは、いそいそと袋を開け、中身を確認する。金貨の枚数を数えると、口角を上げた。


「ええ、確かに受け取ったわ」






 事件からおよそ一週間後の九月七日金曜日、イーストエンド・オブ・ロンドン――。

 ゴミの回収に訪れた男性二人が、作業にあたっていた。


「おい、何だか臭わないか?」

「臭いのはいつものことだろう。ゴミだし」

「……いや、今日のはそれの比じゃない」


 二人は顔を見合わせながらも、ゴミの回収を続ける。


「確かに臭うな……何だ?」


 何かが腐ったような、鼻につく臭い。二人は顔をしかめた。

 やがて、臭いの元と思われるものに辿り着く。触れた瞬間、作業員の男性は凍り付いた。


「お、おい……どうした」


 もうひとりもそちらへ目を向ける。


「……女の、死体だ」

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