第15話 ライバル

石神恵美


 誤解が解けて、嵐のような時間が終わった。百華ちゃんは店長みたいな人と一緒に、カウンターの方で作業をしている。そのため、この静かな空間には、私と矢島の2人しかいなかった。

 矢島はずっと、壁に並んでいる本に目をやっている。本が好きなのだろうか。


 そもそも、ここに来たのは矢島が誘ってきたからだ。でも、矢島の様子を見るに「私に話がある」という訳では無いと思う。


「ねぇ、どうして私を誘ったの?」


 特に話すことがなかったので、矢島に何気なく聞いてみる。聞こえていなかったのか、矢島は「え?」と言ってこちらに顔を向けた。


「はぁ…私に話があるわけでも無いんでしょ? 何で誘ったのよ」


「……理由がなくちゃダメなのか?」


「えっ?」


 今度は私が聞き返してしまった。

 矢島にからかっている様子はなく、至って真面目な顔をしている。

 間抜けな顔で変なことを言うので、つい体が火照ってしまった。東京の平野部に降る初雪なんて簡単に溶かしてしまうほど、私の身体は温かくなっているかも知れない。


「まぁ強いて言うなら、石神さんがコーヒーこぼしちゃったからかな」


「そ、そんな事のために?」


「そう言うことにしといてよ。特に理由なんてないんだし」


 矢島は恥ずかしそうにして、頬を人差し指で掻きながらはにかんだ。矢島が恥ずかしがるから、私も彼と目を合わせづらい。

 何故だろう……さっきから矢島に振り回されてばっかりだ。

 私の身体は、思うように言うことを聞かない。なかなか制御ができなくて、それを抑え込もうとしている自分を認識するたびに、また余計に恥ずかしくなる。


(はぁ…どうしたのかな、私)


 矢島の前では、私は私らしくなってしまう。いつものように適当なことを言ったり、冷静な対応ができないのだ。どうしてそうなってしまうのか、理由はわかってる。でも、それだけは認めたくなかった。


「あのさ、でも…少しだけ話したいことはあるんだ」


 そんな私の異変に気がつくこともなく、妙に神妙な面持ちで、矢島が話を切り出した。さっきとは違って不安そうな顔色をしている。


「…何よ」


「西宮の事だけど…多分、修学旅行の日に何かあったんだと思う」


「何かって…何?」


 美優とは親友だけど、そんな話は聞いていない。そもそも修学旅行中に何かあったような素振りはなかった。でも、矢島は何か確信を得ているように見える。


「2日目の夜、コンビニに行ってさ、その帰りに西宮と会ったんだ。そん時西宮は怪我してて、俺がタクシー呼んで一緒に宿舎に戻ったんだけど…」


 その時の事は私もよく覚えている。コンビニから帰った美優は、強引に私と由里香の手をとると、多目的ルームまで凄い勢いで引っ張っていた。だから、あの時の美優が「怪我をしていた」というのは信じられない。


「そう言えば…、怪我をしてる素振りは無かったわね」


「…うん。それに、一回俺の様子を見に養護教諭の坂本先生の部屋に来てたけど、その時にも怪我の話はしてなかった」


「ふふっ…単に、あんたと一緒に居たく無かったんじゃないの?」


 私が笑いながら冗談でそう言うと、矢島は尚も真剣な面持ちで答えた。


「それなら…それなら別にいいんだ。でも、もし何かあったんなら、誰かが力にならなきゃいけないと思う」


 矢島は本気だった。

 ほんの些細な…、矢島からすればどうでも良い赤の他人の、ほんの些細な出来事なのに、どうしてこうも本気で考えられるのだろう。見ないフリなんていくらでも出来るのに、彼にはその選択肢がないみたいだ。

 矢島は美優の安全を真剣に考えている。それは、親友として喜ばしいことで良いことのなずなのに、なぜか私は、それが少し悔しくて…少し、羨ましかった。


「俺はあの日、コンビニに行く途中で西宮とすれ違ってないんだ。でも、確かに西宮はコンビニの袋を握ってた。宿舎からコンビニまでは一本道だから、途中ですれ違わないのはおかしいんだよ」


「じゃあ…何処かに隠れてたってわけ?」


「うん、それか誰かから逃げてたのかも…。もしそれがうちの生徒だったら、西宮が危ないよ。でもさ、俺は西宮の友達じゃないし、学校での関わりなんて何もないし…。結局何もしてやれないから、石神さんが気にかけてやってよ」


 そんな事、言われなくてもやるに決まってる。だって…だって美優は私の親友なんだから。今更矢島に言われるまでもない。でも…。


「当たり前のこと言わないで。あんたなんかに言われなくても、美優とは親友なんだから…何がなんでも守るわよ」


「そっか。それじゃあーーー」


「ーーーでも」


 でも、私だって本当は少しだけ怖い。守ってほしい。


 もしかしたら守れないかもしれない。相手はどんな奴かもわからない。何をしてくるのかも、もしかしたら勘違いかもしれない。

 いつ、どこで、誰が、何をしてくるのか、それがわからないのは、もの凄く怖いことだ。

 だからーーー。


「どうかしたのか?」


「…ううん。ねぇ矢島、私と友達になってよ」


「えっ⁉︎」


「そ、そうしたら…私のこと守ってくれるんでしょ?」


「え? いや、でも西宮を…」


「美優は私が守るわよ。だから、あんたが私を守りなさい! わかった⁉︎」


 私は多分、随分と無茶苦茶なことを言っているんだと思う。

 美優が危険な目に遭うかもしれないのに、それを利用する感じになっちゃうけど…。でも、矢島は…冬夜にはこれくらいじゃないと、駄目だから。



 多分だけど、私は冬夜が好き。

 それはきっと、お兄ちゃんに似てるからじゃない。矢島冬夜が好きなんだ。理由なんてわからない、そんなの後から見つければ良い。





 だから美優、私は負けないよ。

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