第13話 古本屋『本の繋ぎ手』

  矢島冬夜


 目的地までは少し距離がある。

 その移動時間に、今回の件で少し気になった事を聞いてみることにした。


「それにしても、俺と裕樹が早く着いてなかったらどうするつもりだったんだ? 遅かったら、俺が他の実行委員と会う可能性もあっただろ?」


「ああ、そのことね。染野とは協力してたから、早く来るように言っておいたの」


 やはり、裕樹は石神さんの協力者だった。今日の昼頃、裕樹が「早めに行こう」と突然言ってきたので、何かあるのではと不審に思っていた。


「ふーん。そんな面倒くさいことしなくても、西宮が俺を誘うのを止めればよかったんじゃない? そもそも、俺に相談してくれればカラオケなんて行かなかったのに」


「それは1番始めに考えたわよ。でも美優が「矢島は絶対誘う」って聞かなかったの。それに、あんたが来ないと美優が落ち込むでしょ? だからあんたには時間よりも早く来てもらって、美優と顔を合わせてから抜け出して欲しかったの」


 なるほど…そういうことだったのか。

 結局、石神さんの全ての行動は、親友である西宮のためのものだった。やっぱり石神さんは優しい、素直にそう思った。

 そして、そこで俺はまたあることを思い出す。そう言えば、抜け出す理由はどうしたのだろうか。


「そう言えば…カラオケから抜け出す理由はどうしたの?」


「ついついムカついて思いっきり顔を殴ってしまった。怪我をさせたので、病院の付き添い行ってきます。…って送っといた」


「あははは…」


 石神さんらしい嘘だった。

 俺のせいではなく自分のせいで抜けるという嘘が、実に石神さんらしい。でも、それだと…。


「あのさ、石神さん。それだと俺、顔に怪我してなくちゃいけないよね?」


「あっ…。ごめん、盲点だった」


「お、お願いだから、本当に殴らないでくれよ?」


「な、殴らないわよ……多分」





 それから、たわいもない会話をして数分歩くと、目的地に着いた。


「ここ。俺が来たかったとこ」


 そう言って俺が指を差したのは、趣のある一軒の古本屋だ。名前は『本の繋ぎ手』という。

 全体的に古い建物だが清潔感があり、周りと比べると、このお店だけ時間が止まっているように感じる。

 そして、ここは古本屋なのに、店内でカフェもやっている。そのため俺は、ここを古本屋だと思ったことが一度もない。今では本よりもカフェの方がメインになっているのだ。


「ここって…ただの古本屋じゃん。何がしたいの?」


 外観だけ見れば、石神さんの言う通りただの古本屋だ。そう言われるのも仕方がない。


「まぁまぁ、そう言わずに。中に入るよ」


「えっ⁉︎ ちょ、ちょっと!」


 説明するよりも見せた方が早いので、俺は石神さんの背中を押して店内に入る。すると、すぐに聞き慣れた声が俺たちを歓迎してくれた。


「いらっしゃいませー。って冬夜さんじゃないですか⁉︎」


「いらっしゃい。冬夜さん」


 元気な挨拶をしたのは、後輩の染野百華そめのももかだ。彼女は裕樹の妹で、兄と同じく茶色い髪をしている。髪の長さは肩よりも少し上くらいで、いつも可愛らしい兎のヘアクリップを使い、前髪を左側に流して止めていた。

 後から聞こえた落ち着いている声の主は、店長の西田和夫にしだかずおさんだ。彼は、60代後半の痩せている男性で、いつも穏やかな優しいお爺ちゃんである。何故だかわからないが、西田さんはいつも俺のことをさん付けで呼んでいた。


「百華、西田さん、こんにちは」


 俺は2人に軽く挨拶をして、1番端の席に石神さんの手を引いて案内をする。今日は人が少なく、他にお客さんが誰もいない。だからだろうか、店内では本やコーヒーの匂いがほのかに香っている。

 他に誰も居ないので、俺と石神さんは3人掛けの丸いテーブルに腰を下ろした。


「本屋…というより、まるでカフェね」


 彼女の言う通り、古本屋の要素は壁一面に本が並んでいるだけで、それ以外はカフェである。


 通りに面している壁と開き戸はガラス張りになっていて、とても見晴らしが良い。床や壁は木材を中心とした作りになっており、長い年月のお蔭で良い味が出ている。ただ、木で作られた椅子や机、カウンターは、カフェを始めてから設置したのでまだ真新しい。それがこのお店の雰囲気と少しズレていて、新鮮な気分にさせられる。


「一応古本屋として営業してるんだけど、今はカフェの方が評判いいよ」


 説明をしながら、石神さんにメニューを渡した。俺はこのお店のメニューを全て覚えているので、それは必要ない。何故なら、俺が働いているバイト先がここだからだ。


「…迷う。おすすめは?」


「んー。ここのコーヒーは絶品だよ。最近はアイスコーヒーも評判がいいから」


「ん、じゃあそうする」


「わかった。ーーーおい、もも…か、注文しても良い…ですか?」


 注文するメニューが決まったので百華を呼ぼうとすると、何故か彼女が近くにいた。彼女の様子を、どんな言葉で表現すれば良いのだろう。俺にはわからないので、たった一言で言うと「怖い」それに尽きる。


「はい、聞いてあげます。仕事なので」


「え、えーっと…。ア、アイスコーヒーを2つ…お願いします」


 百華の発するあまりの迫力に、思わず敬語になってしまった。


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