第45話 その人

 え?お茶飲み仲間のおっちゃんではなかったのか。

 あれだけ何度も顔を合わせていたのだ。流石に見間違えることはない。

 いつもの能天気さは薄れ、少しだけキリッとしてるけど。


「あっ」と声を出した俺に、ハラヘリーナさんはこっそりと口元に人差し指をたて、ウインクした。


「お久しぶりです王子」

 胸に手を当ててハラヘリーナさんは丁寧にお辞儀をした。


「アイザック、いつ戻っていたのだ?戻っているなら余に知らせてくれても良いだろう」

「ご挨拶が遅れまして申し訳ございません。色々と個人的に調べておりまして」


 俺達の動揺をよそにハラヘリーナさんは王子と悠々と話し始めた。

 流石の将軍も三代魔導師を前には一歩下がった様子で見守っていた。


「で、何を調べていたのだ?」

「今回の事件でございます」


 王子はピクっと反応して前のめりになる。


「なぜお前が調べておるのだ」


 その通り。

 なぜハラヘリーナさんが今回の事件を調べるんだ?

 そして何がわかったのだろうか。

 馴染みの顔にホッとしたのも束の間、内心は穏やかではなかった。

 この人は味方なのか、それとも・・・。


「万病を治す魔法の薬ときいて興味が湧いたんです。リース王子、彼らは今回の事件とは無関係です」


 床から伝わる冷たさに体の芯から冷え切っていた体にわずかに希望のぬくもりを感じた。

 この方は俺たちの菩薩なのだろうか。

 そう信じていいのだろうか。

 大人しく見守っていた将軍は意義を唱え、部屋の中がざわつく。それを遮るかのようにハラヘリーナさんは、ばさっ!

 わざとらしく両手を広げ、舞台俳優さながら王子達に向かって声高らかに言い放つ。


「そう、この事件はこの三人の善意が、具現化され、そして彼らの知らぬところで利用されてしまったまことに不思議な出来事なのです!!」


 決まった・・・ハラヘリーナさんがぼそっと呟くのが聞こえた。

 シーンと静まり返る場内。皆唖然としていた。俺と将軍が思わず数秒顔を見合わせるほどだった。何この空気??

 そんなことはお構いなしにハラヘリーナさんもといアイザックさんは語り続ける。


「あの仏像と呼ばれる像には魔法が使われておりますが、オーロラには無理です」

「なぜだ?」

「特定の病どころか万病を治す薬など大魔導師クラスしか使えません。そして彼女は聖女ではないのですよ」


 その言葉に王子は言葉を飲みこむ。


「聖女の魔力は大魔道士に匹敵すると言われています。しかしオーロラは聖女でなかったと廃されたのです。つまりそこまでの魔力がないと正式に証明されたのです」


 ハラヘリーナさんは正式にという部分をやたらと強調していた。そうオーロラは王室によって正式に聖女ではないと廃されたのだ。


「聖女でない彼女にどうやってそんな高等な魔法を使えますか。この侍女?それともこの頻尿の兵士?」


 頻尿は余計だろ。

 グナシの顔が真っ赤になる。


「答えは簡単です。誰も魔法を使っていないのです」

「アイザック殿、その説はよくわかりました。しかし実際に魔法の薬は仏像から現れているのです。それはどう説明されるのです。魔法でなくてなんだというのです?集団幻覚とでも?」


 将軍の挑発的な口調にも全く乗らずに、ハラヘリーナさんはどこか楽しそうに答える。

 謎解きをしている子供のように。


「彼らが幽閉されていた場所をご存じで?」

「眠りの森だろ、それがどうした」

「いえ、彼女らが幽閉されていた家の場所です。そこはかつて聖女の神殿だったのです」


 どこか苛立って話をきいていた王子が初めて反応する。


「眠りの森にはかつては神殿が建っておりましたが、地震による亀裂や老朽化により200年前に現在のところへ移りました。そして古い書物によると、彼女たちが住んでいた家はまさしくその神殿の跡地に建てられていたのです」


 それがなんだというのだ、そう言いたげな将軍を制するように言葉をつなげる。


「オーロラが彫っていた木とはその跡地に生えた木々です。強い魔力を使用した場所には魔力残ることがございます。長年聖女の祈りを捧げた場所です。魔力が宿っていてもおかしくはないでしょう。薪に宿った魔力がアルベルトの回復を祈って仏像に宿った。そしてオーロラとサワート夫妻の祈りに答えて薬を出した」


 横で震えていたラベンダーがスッと顔を上げる。その表情は救世主を見るかのようだった。


「私はそう判断しました」


 確かにそれであれば筋は通る、王子は弾んだ声でそういった。


「黒魔術を使用した土地には草木が生えなくなるという話はきいたことがある。そう考えれば十分可能性はあるな」 気のせいか、王子の表情は和らぎ、俺の知っている王子の顔になった。

 いつもオーロラを気遣い、優しい瞳で見つめるリース王子に。


 リース王子だけでない、ラベンダーもグナシの表情も生気が戻ってきた。

 ホッとしたからか。

 ずっと跪いていた脚の痛みを感じる様になった。

 痛いぞ。


 そろそろ座らせてくれないか。

 だが、俺たちを快く思っていない将軍は疑っているようで、針の様にちくちくとつつく。


「ですが、幽閉中の身で金儲けをしていた者を信じて良いものでしょうか。クリオン夫妻と共犯で私腹を肥やしていたとしか私には思えません」


 くっと顎を上げて、静かに見下ろす。


「その件であれば、ぜひご自身の部下に確認されてみては?」


 大魔導師の言葉に将軍は厳しい顔で眉を寄せる。


「オーロラは生きるために金が必要だったのです。彼女たちに配給される食事を確認しましたがそれは粗末なものでした」


 粗末という言葉に王子と能面が鋭く反応した。 

 王子の視線を感じ、将軍が強い口調で反論する。


「アイザック殿、御言葉ですが幽閉中とは二人には十分な量の食事、そして物資などを手配しております」

「王子の優しい配慮だったのかもしれませんが、残念ながら末端の兵士や使用人には通じてなかった様ですよ」


「と、いうと?」

「配られる内に兵士が一人林檎を一つポケットに入れ、次のものが質の良い野菜をそっと抜く。残るのは質の悪く量も少ない食材だけです。あ、最初の担当者が予算を一部懐へ入れているのもお忘れなく。そうですよねグナシ」


「え・・・あ、食材は確かに痛んでいる野菜も多かったです」

「それだけではありません。ラベンダーが毒虫により高熱を追った時も懇願しても薬の手配をしてもらえなかったと」


 あっと短い声を出すラベンダーの手を握る。グナシはあの日を思い出したのか、静かに目を瞑った。 

 あの日は本当に心細かった。

 ラベンダーが死んでしまうのではないか、俺のせいで若い女性の命が失わるかもしれないとう現実に生きた心地がしなかった。


「幸い私が二人にポーション入りのタルトタタンを差し入れてことなきを得ました。ただあのまま放っておけば、毒が体中を巡っていたでしょう」


 あのタルトタタンって、ポーション入りだったのか。

 ぜひラベンダーに食べさせてあげてねと言われたのでその通りにしたんだけど。そーえいば翌日ラベンダーはケロリとしていた。今思えば、一切れ頂いたからか、貧血気味だったのもすっかりよくなっていた。

 全てはハラヘリーナさんのポーションのおかげだったのか。

 命を救ってくれた、まさに人々を救ってくれる菩薩だ。


「二人の暮らしぶりがお分かりになりましたか。元聖女様はラベンダーと二人生き抜くために、賄賂を払う必要があった。彼女が彫刻を彫ったのはそのためです」

「オーロラは食事に困っていたのか・・・・」


 王子の顔が曇る。声が震え、瞳の芯が揺れる。

 美しき王子は思いがけない言葉に声を失っていた。

 なおもハラヘリーナさんは飄々と言葉を続ける。


「王子が影で指示を出していた果実も、衣服なども一度も二人には渡ってません」


 ご覧の通り、ボロい服を着ております。

 物置から見つけた古い服に、ラベンダーの特大の継ぎはぎなどで一層見窄らしい格好に見えている事でしょう。

 ガタッと大きな音を出して王子が勢いよく立ち上がる。

 怒気を含んだ声でその場にいない兵士に怒りを露わにする。


「たわけ者目!!オーロラにはぐれぐれも生活に苦労をさせるなとあれだけ命じていたのに」


 その言葉に思わず反応してしまう。 

 王子が特別に計らいをしてくれていたのか。

 聖女を廃され幽閉される身分であるオーロラに対しての配慮とすれば大きすぎる配慮だ。

 王子の真剣な眼差しに心が和らぐ。淡い色にゆっくりと塗られていくような、そんな優しい暖かさだ。

 ドキドキドキドキ・・・・。

 心拍数が速くなる。

 オーロラの魂がまたしても目覚めていく。


「王子、これが私が独自に調査した全てでございます」

 


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