第18話 無常の風

 東の回廊を抜けて、広間を歩いているところ王子に呼び止められた。

 その姿を一目見るだけで、一瞬にして世界が明るくなる。


「祈祷帰りか?ご苦労だった。ちょうど今お前の部屋へと向かおうとしていたのだよ」


「はい、祈祷の帰りにハーブ園で一緒に頂こうとエイプルを摘んでまいりました。クチナシはまだ時期が早いですが、初夏には美しい花を咲かせるかと」

「うむ。オーロラの管理がいいからだろう。花を咲かせたら一緒に鑑賞も雅だな」


 目と目が合う。

 優しげな瞳に心が通じ合うような気がした。


「さて、立ち話もなんだ。部屋で約束のお茶を飲もう」


 王子がスッと俺の腰に手を回す。ごくごく自然な仕草だった。

 不思議と嫌な感じがしなかった。

 今まで寄ってきた男たちには触られると感じていた嫌悪感がない。

 むしろどこか嬉しいとさえ感じていた。

 その穏やかな空気を甲高い金切り声がつんざいた。


「リース様!!!!」

「ん?フェリナとマリアナではないか。そんなに慌ててどうしたのだ?」


「王子!!スパイダーエイプルが宮殿で見つかりました」


 また妙な名前だなと呑気に笑っていたのは俺だけで、広間にいた皆の空気がピリッと張り詰める。

 王子の顔色がさっと変わり、頬がひきつる。


 二人の後から初老の男が走ってきて、リース王子の前にひざまつき挨拶を述べようとした。


「挨拶はいい。立て。スパイダーエイプルだと?まさか、ただのエイプルの間違いではないのか?」

「はい。私も誤りがあってはいけないとこの目で確認して参りました。確かにスパイダーエイプルでございます」


 恐る恐るといった様子で手にしていた手ぬぐいをそっと開く。

 そこには先ほど摘んだエイプルと同じ花があった。


「リース王子、ご存じでしょうがスパイダーエイプルはエイプルは非常によく似ており、違いはわずかに花の縁がオレンジ色をしている事と香りがないこと。摂取すると吐き気、呼吸困難、意識の喪失、そして民間ではーーー」


「媚薬・・・ですわ」


 フェリナが丁寧な口調でわざとらしくゆっくりと言葉を言った。


 媚薬だと?


「エイプルは栽培も持ち込みも国内では禁止されている!それがなぜよりにもよって宮殿で見つかるのだ!!どこにあった!!」


 しばらくの沈黙の後、男は「それは・・・・」と口ごもり、静かに俺の方に視線を送る。

 なんだ。なぜ俺を見る?


「恐れながら申し上げます!スパイダーエイプルはオーロラ様のハーブ園で見つかりました」


 なんだって?

 

 禁止された植物が俺のハーブ園で?

 そんな、ありえない。


「宮殿の庭園で栽培するとはなんと大胆な・・・」


 マリアン王女は顔に怒りをにじませる。


 違う!何かの間違いだ!

 俺が弁明するより早く、ラベンダーが膝をつく。


「何かの間違いでございましょう。あのハーブ園にあるのはエイプルでございます。間違ってもスパイダーエイプルなどではございません」


 後に続いて、膝をつき弁明しようとしたが、それより早く王子が従者をどなりつける。


「無礼者!!聖女に向かって何を言う!!おい、誰かこの者をつまみだせ!!」


 王子の後ろに控えていた騎士がさっと歩み出て男の両腕を掴む。


 その時フェリナが冷ややかに俺の籠に視線を送る。


「あら、聖女様が手にしているのはエイプルではございませんか」


 マリアン王女が素早く先ほどの男に籠の中身を確認するように指示を出す。


 男は王子に向き直り二つの花を差し出す。


「淡いピンクの花びらがエイプルでございます。そしてこちらのわずかに花の縁がオレンジがかっているのがスパイダーエイプルでございます」


 王子に差し出された小さな花びらは言われないと気づかないぐらいわずかに花の縁が色づいていた。


「ええい、次期国王である余に媚薬入りのハーブティを飲ませようとは・・・・」


「何かの間違いでございます。オーロラ様に限って媚薬など」

「黙れっ!!!」


 卑しい物をみる目つきで睨みつける。


「聖女いや、この女に謹慎を命じる。この二人を部屋に閉じ込めておけ。誰一人入れてもならんぞ。破ったものは死罪を命じる」


「そんな・・・」ラベンダーが震える。


「リース様・・・」


 俺は縋るように手を伸ばしたが、王子は一瞥しただけでその場を去ってしまった。

 どうしよう。どうすれば。

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