第13話祈り

「着きましたよ」


 宮殿から舗装された庭を抜け、林の中を歩いた先に礼拝堂はあった

 許可のない者は貴族であっても立ち入りを許されない場所だとラベンダーは言った。


 重い木の観音開きの扉を開ける。

 がらんとして何もない。

 黒い大理石が一面に敷き詰められ、その先には祭壇があり金色の蓮の花の彫刻が飾られているだけだった。

 ステンドグラスか。

 もちろん奈良にそんな物はない。だが俺は知っていた。

 青い獅子と、七色の鳥と太陽が描かれていた。

 正午の日の光が降り注ぎ、鮮やかな色を浮かび上がらせていた。


 綺麗だなラベンダー、と振り返るとラベンダーがいない。

 入口に立っていた。


「どうした?こっちへ」


 手招きをする俺に、いえと首を振る。


「ここは聖域でございます。入れるのは聖女様だけです。ではお祈りを」


 え?そうなのか。

 てか祈りって何を祈るの?

 民の平和や、五穀豊穣、天下泰平か。

 とりあえず床に星の印のあるところで座っているとと焦った声でラベンダーが叫んだ。


「オーロラ様・・・なんて格好を・・・」


 なんて格好って、座禅だけど?

 え?だって祈るんだろ。この格好が1番瞑想にはいいんだが・・・。

 うーん、神仏の御前だから正座の方がいいのか?

 よっこらせと座り直すと、ラベンダーはまたしても「違います!!!」って。


 何が違うんだ。


 困り果てた俺は五体投地でも始めると、ラベンダーの悲鳴が聞こえた、

 見かねたラベンダーが入り口で床に膝をつき、両手を合わせた姿をした。


「聖女様、差し出がましいですが、この様に」


 これが聖女の祈り方なのか。

 よくわからんが、郷に入れば郷に従え、だ。

 膝をついた。

 のはいいが、この後どうするんだ?

 祈りってどれくらいの時間するのだ。一刻か、それとも半日??


 礼拝堂をでると「お疲れ様でございました」とラベンダーが駆け寄ってきた。

時間は半刻もかかってないが、ラベンダーは特に何も言って来なかった。 


「聖女様の心を込めた祈りが通じますわ」


 うーん。いいのかなー、俺が唱えたのは般若心経なんだけど。

 祈りの仕方など知らなかったのでやや場違いな感じは否めなかったが、とりあえず経を上げた。

 心を込めたから、まあいいだろう。


 病み上がりのかよわい女の身体のせいか、ちょっと疲れてしまった。

 ラベンダーを誘い、庭の端にある憩いの場に腰掛ける。

 中央にある噴水の音が心地よい。


 はー休憩休憩。足が痛え。

 このハイヒールと言う靴を脱いで、早く裸足になりたいもんだ。


 「ごきげんよう」その言葉と共にどこからともなく男が現れ、前髪をかき上げながら柱に寄りかかっていた。

 若い貴族の男だった。


「オーロラ聖女、今日はお目にかかれて幸運でございます。私が送ったショコラは届いておりましたでしょうか」


 ショコラだ?

 あの甘い菓子か。そういえばラベンダーが届け物と部屋に置いてくれていた。


「確か赤い薔薇と一緒に・・・」

「そうでございます!!!」


 俺が受け取ったと知るや顔を輝かせて、マルタ同様にスッと隣に座る。

 う、こいつも近いな。

 この世界の住民は距離感が近いのか。これが普通なの??


「ああ、今日もまたなんとお美しいお姿。あなた様ほどこの緑のドレスを美しく着こなせる者はおりません」


 目にお星様を浮かべながら、俺の手を取る。

 うざい。


「薔薇とショコラありがとうございました」


 ではこれで・・・と部屋へ戻ろうかと思ったが、奴も慣れたものである。


「薔薇なんぞ、オーロラ様の美しさに比べたら・・・」

「ああ、全く。オーロラ様にはこのサファイアこそ似合う」


 別の男の声がした。


 気がつくと、また別の男が箱に入った宝石を持っていた。


「このサファイアであなた様への贈り物を作ろうかと思います。ネックレス、イヤリングがよろしいでしょうか。それとも指輪・・・ああ、いっそ婚約指輪でも・・・」


 キラキラと輝くそら豆くらいの宝石を見せながら自分の世界へと入っていく。

 こいつら全員口に蜜でも塗ってんのか。


 宝石を見せながら、頬と頬が触れ合うぐらい近づく。

 近いんだよ!


 またしても別の男が現れてた。


「貴様、気安く聖女様に触るな」


 おお、救いの男か。

 と、思ったのも束の間。

 そいつも他の男たちと同じように「こんな奴は放っておいて、私の館でお茶でもいかがでしょうか。東国の国より仕入れた珍しい茶がございますよ」

 私の髪を数本すくうと、うっとりとつぶやく。


「おい、邪魔するな。貴様こそ、聖女様の美しい髪に触るな」

「何を、お前こそ宝石なんぞで気をひこうと!!」


 私のことで争わないでと言いたいところであるが、俺たちはこれ幸いと男が言い争っている間に素早くその場を後にした。

 後ろでオーロラ様!!と男の切ない声がしたが、振り返ることもなく大股でダッシュした。


 全く美女すぎるのも大変だな。

 額の汗を手の項で拭う。

 が、男たちの声がすぐ後ろでする。女性の脚とこのやたら機能性のない靴であっという間に追い付かれたらしい。

 やばっ。


「おいっ」

 前方から声がしたが、それはとても近かった。

 というか、目の前で、どんっと勢いよく誰かにぶつかってしまった。


「うわっ、すみません」 

 かなりの勢いでぶつかったはずな

のに、痛くはない。

 相手が抱き止めてくれていたのだ。


 顔を上げると、そこには輝くような男がいた。

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